01-招待
「『魔獣使い』リョウト・グララン様とお見受け致しますが、いかがでしょうか?」
突然かけられた声に、リョウトは「轟く雷鳴」亭の一階の酒場のテーブルで、本日の唄の上がりを数えていた手を止めて振り返った。
そこにはどこぞの家に仕える執事か家令と覚しき、身なりの整った中年の男性の姿があった。
「確かにリョウトは僕だけど……あなたは?」
にこやかにその男に応えるリョウト。しかし彼の背後では、彼の所有する奴隷たちが、不審そうな視線を男へと向けている。
当然、奴隷たちの視線にも気づいているだろうが、男はその事に触れもせず慇懃に頭を下げた。
「これは申し後れました。わたくしはランバンガ伯爵家に仕える者。本日は当ランバンガ伯爵家当主、ボゥリハルト様の名代としてまかり越した次第です」
そう告げると、男は懐より封蝋の施された手紙を取り出し、それを恭しくリョウトへと差し出す。
「我が主より、リョウト様への招待状にてございます」
封筒を一瞥したリョウトは、目の前の使用人に開けてみても構わないかを尋ね、了承を得てからアリシアが取り出したナイフで手紙を開封する。
その手紙には後日ランバンガ伯爵邸てに、最近街でも噂になっている彼の唄を披露してもらいたいとの旨が記されていた。
確かに名の売れた吟遊詩人が貴族や裕福な商人などの屋敷に招待される事は多々ある。
それは貴族や商人が個人や家族でその唄や演奏を楽しむ場合もあれば、宴や夜会の余興として呼ばれる場合もある。
その手紙によると、当主であるボゥリハルト・ランバンガ伯爵が、個人的にリョウトの唄を聴きたいために呼び出しに応じて欲しいとの事だった。
「正確な日付はいつでしょうか?」
「日付の方はリョウト様のご都合もございましょうから、お互いの都合を照らし合わせてからにしようと、我が主は仰せです」
「それは、なかなかの好待遇ですね」
と、リョウトは微笑む。
普通、貴族たちが吟遊詩人を招聘する場合、吟遊詩人の都合など関係なく一方的に日付を指定する。
それは当然、貴族という身分に平民でしかない吟遊詩人は逆らえないからだが、このボゥリハルトという人物はよほどリョウトを良く思っているのか、こちらの都合も考慮してくれるという。これは普通ではありえない程破格な待遇である。
「僕はしばらく王都にいる予定なので、伯爵様の指定された日付でお受けできるでしょう。しかし、二日後だけは先約がありますので、できればそれ以外でお願いしたいのですが」
「おお、当家の招待に応じていただけますか? ありがとうございます! リョウト様のご意向を必ず主に伝えまして、改めて日付をお知らせに参ります」
使用人の男は再び慇懃に頭を下げると、後日詳しい日程を知らせると告げて「轟く雷鳴」亭を後にした。
リョウトは男の背中が「轟く雷鳴」亭の扉の外に消えるまで見送ると、身体を回して同じテーブルで豪快にエールを煽っている男に話しかけた。
「先程のランバンガ伯爵という方をご存じですか?」
「ランバンガねぇ……悪ぃ、知らねぇわ」
エールを煽りながら男──ジェイク・キルガス伯爵がそう答えると、その男の対面に座っていたもう一人の男が露骨に顔を顰めた。
「貴様もこの国の貴族なら、他の貴族の素性ぐらい覚えておけ」
「仕方ねぇだろ? 所詮俺は成り上がりだぜ?」
「それを言えば俺だって同じだろうが」
俺は殆どの貴族の顔と名前、そして素性を覚えている、という男に、ジェイクは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「それはおまえが宰相補という役職にいるからだろ、ケイル? そもそも、俺に頭を使うような事を求めンじゃねぇよ」
「開き直るな、馬鹿者め」
ジェイクと何とも仲良さそうに軽口を叩き合う男。ジェイクは彼をこの国の宰相補であり、彼と同じ伯爵であるケイル・クーゼルガンだと紹介した。
この二人、元は野童であり、現国王とは幼馴染でもあるという。
二人は先の『解放戦争』では幼馴染の国王に味方し、数々の武勲を上げて次代の新生カノルドス王国を担うと目されている人材である。
昨日、野盗壊滅の任を成し遂げ、リョウトたちは王都へと帰還した。
ジェイク他近衛の面々は、早速に任務達成の報告をするため王城へと向かった。
残るリョウトと二人の奴隷、そしてアンナは旅の疲れを癒すために馴染みとなった「轟く雷鳴」亭へと向かう。
「轟く雷鳴」亭で部屋を確保して荷物を降ろし、旅装を解いた四人は、今回の旅の目的を達成を祝して酒場で祝杯を掲げる。
そうやって久しぶりに「轟く雷鳴」亭の主人であるリントーの料理や酒を楽しんでいると、なぜか先程別れたジェイクが、一人の同じくらいの年頃の男性を連れて「轟く雷鳴」亭へと姿を見せたのだ。
「どうしたんですか、伯爵? 何やら気落ちされている様子ですが……?」
こう尋ねたリョウト。再び現れたジェイクは、誰が見ても気落ちしたかのように元気がなかった。
そしてリョウトの質問に答えたのは、ジェイク本人ではなく連れの男性だった。
「気にしなくてもいい。こいつが気落ちしているのは単なる失恋だ。私は以前の約束に従い、こいつの自棄酒に付き合うために来ただけだ」
そう答えた連れの男性は、自分がジェイクの幼馴染であり、彼と同じ伯爵であるケイル・クーゼルガンと名乗った。
そしてケイルは、あくまでもジェイクに付き合って来ただけだから、堅苦しい挨拶は不要だと告げる。
その言葉に、確かにジェイクの友人に違いないと判断したリョウトたちは、ケイルにもまたジェイクと同じような態度で接した。
その事に腹を立てた様子もなく、ケイルは静かにワインなどを口に運びながら、豪快にエールを煽るジェイクに付き合っている。
「……しかし、伯爵……キルガス伯が失恋ねぇ……キルガス伯ほどの身分と立場なら、言い寄る女性など大勢いるだろうに」
ジェイクとケイルはこの国の重鎮であり、将来この国の武と政を担う人物だと噂されている。しかも国王の両腕とも呼ばれており、更には二人とも現在独身。
そんなジェイクが失恋するなど、ルベッタには信じられないようだった。
「今回ばかりは少々相手が悪くてな。なんせこの馬鹿者が気に入ったのは、国王の側妃の一人。いくらこの馬鹿でも側妃には手が出せないからな」
「それは……側妃様が相手では、無理なのは最初から判っていたのでは……?」
アリシアの質問に、当のジェイクが苦笑混じりに答える。
「まぁ、な。それでも何とか最初のうちは俺が入り込む隙もありそうだったンだよ。だけど、今回の遠征から帰ってみれば、何ともまあ、いい雰囲気になってやがってなぁ。こりゃどう見ても俺の負けかな、と」
「仕方あるまい。おまえがいない間に、あいつが彼女に胸の内を告白したんだ」
「ありゃま。とうとう言っちまったのか、あいつ。じゃあ、仕方ねぇなぁ」
ジェイクは一頻り笑うと、国王陛下と将来の王妃陛下に乾杯! とエールの入った杯を高々と掲げた。
そしてその後は、身分などに関係なく酒と料理を楽しみ、日が暮れて酒場の中が程よく込み合って来た時、リントーに頼まれて久しぶりにリョウトの唄が「轟く雷鳴」亭に響き渡った。
その唄は馴染みの者たちは元より、本日初めて彼の唄を耳にしたケイルをも唸らせる。
そしていつものように投げ込まれた銀貨をアリシアとルベッタが拾い集め、その枚数をリョウトが数えている時、件の使用人が現れたのだった。
「しかし、先程の使用人とやら、この席にキルガス伯とクーゼルガン伯が同席していたのに、どうして気がつかなかったのだ?」
この国の重鎮である二人の伯爵と、その彼らに気づいた様子のないランバンガ家の使用人。ルベッタにはそれが疑問のようだった。
「今の俺たちは平民同然の格好をしているしなぁ。それに伯爵家の当主ならともなく、下っ端の使用人たちまで俺たちの顔を知っているとは思えねぇな」
ジェイクの言うように、今の彼らは目立たないように平民に扮している。
もちろん、使用人とはいえ二人の名前は知れ渡っているだろうが、王国の重鎮がこのような場所で酒を飲んでいるとは思いもしなかったのだろう。
「クーゼルガン伯は、先程のランバンガ伯爵という人物の素性をご存じですか」
リョウトはジェイクの言葉に頷いているケイルに尋ねる。先程の様子からして、彼なら何か知っていそうだと思ったのだ。
「ランバンガ伯……か。この国の宰相であるクラークス閣下によれば、機を見る目だけは確かにあるとの事だったが……」
「……それは誉めているわけではありませんね?」
「ああ。所詮は日和見の小狡い奴だそうだ」
リョウトとケイルの間で交わされる言葉に、アンナが嬉しそうな声を上げる。
「でも、リョウトさんの唄が評判なのは間違いないですよね! さすがです、はい!」
「いや、残念だが、単にこの『魔獣使い』の唄が聞きたいから、ではあるまいな」
「ああ。俺もそう思うぜ」
「はい? どういう事ですか?」
首を傾げて不思議そうにするアンナの様子に、二人の伯爵は含みのある笑みを浮かべた。
「おおかた、最近のリョウトの噂を聞きつけて、配下に抱き込もうってハラじゃねぇか?」
「おそらく、そんなところだろうな。巷で評判の『魔獣使い』の英雄を配下に抱えたとなれば、ランバンガ家の評判も上がるというものだ。ランバンガの屋敷に赴くのなら、十分に気をつけるがいい『魔獣使い』。どんな策略を以て、おまえを抱き込もうとするか判らんぞ?」
にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、二人の伯爵はリョウトへと視線を向ける。
「なるほど。古来より男を取り込む常套手段と言えば金と地位と名誉、そして女といったところか」
「……やはり、この招待には応じない方がいいのでは?」
ルベッタの呟きを聞いたアリシアは、何やら心配そうな面持ちでリョウトに提言する。
「しかし、もう招待を受けるという返事をしてしまったからね。それに貴族からの招待というのも、実を言えばちょっと興味がある」
悪戯っぽく笑うリョウト。
彼らの事を心配したのか、エールを喉の奥に流し込んだジェイクが口を開いた。
「ま、何かあったら、俺の名前を使ってもいいからな。こう見えてもジェイク・キルガスってぇ名前は、この国じゃあそれなりに知れた名前だからな」
「ご配慮には感謝しますよ、伯爵」
「まあ、おまえが魔獣を呼び出せば、大抵の場合はどうにかなっちまうだろうがよ?」
給仕の娘が新たに持ってきたエールに口を付け、ジェイクは楽しそうに笑う。
「だが、俺の先約だけは忘れんじゃねぇぞ? 二日後、こんなケチ臭い顔のケイルじゃねぇ、もっと豪勢な顔ぶれの友人たちを連れて来るからよ」
誰がケチ臭い顔だと反論するケイルに、おまえ以外に誰がいるかよと悪態を吐くジェイク。
そんな彼らに笑みを浮かべるリョウトを見ながら、アリシアは腕を組んで何やら考え込んでいるルベッタに気づいた。
「どうしたの?」
「いや、今のキルガス伯の言葉がちょっと気になってな」
「伯爵の? 一体何が気になるって言うの?」
「伯爵はさっき、『もっと豪勢な顔ぶれの友人』と言ったが……キルガス伯爵の友人で豪勢と言えば……なぁ?」
「ま、まさか……いくら何でも、そんな事があり得るわけが……そんな方がここに来るわけないでしょ?」
「俺もそうだとは思うが……まあ、確かに俺の考え過ぎだろうな」
アリシアとルベッタが脳裏に思い描いたのは、ジェイクの友人であり、この国で最も「豪勢」な人物。
まさかそんな人物がこんな場所に来るとはとても思えず、二人は単に考えすぎだとその時はそれを頭の片隅に追いやった。
だが後日、この考えが的を射ていたのを二人は知る事となる。
『魔獣使い』更新しました。
今回より第3部へと突入した当『魔獣使い』。いよいよ『辺境令嬢』よりあの人物たちが登場します。
とはいえ、『辺境令嬢』をお読みいただいている方にはお判りと思いますが、すんなりとあの人物たちがリョウトらと合流するわけではなく……。
さて、話はがらりと変わりますが、先日拙作の一つ『王子と付き合う魔法のコトバ』が完結致しました。
そして前々から活動報告などで告げていた新作を投降しようかと考えておりましたが、その前に少々やる事ができました。
先日、知人より今年の夏コミのスペースが確保でき、しかも配置がいわゆる「お誕生日席」なのだが、売る本が少ないので何か書いてくれと要請を受けました(笑)。
で、その「何か」を書く事にしたんですが、現在考えているのは、当『魔獣使い』と『辺境令嬢』を合わせたセルフ・パロディ。双方のキャラクターを性格や立場を変えて放り込み、合わせて煮込んだものを書こうかと考えています。
タイトルは題して『大魔王ユイシーク(仮)』(大笑)。はい、こいつだけは立場は変わろうが行動パターンに大きな変化はありません。
もちろん、リョウトたちも登場予定。こっちに登場するリョウトは随分とへっぽこになるかもしれませんが(笑)。
六、七月はこっちを書き上げるため、新作の投降はそれ以後となりそうです。
ちなみに、執筆:自分、編集:俺、製本:私という何から何まで全部自分でやりますので、発行部数は多くても五十部が限界。もちろん、オフセット本ではなくコピー本です。
もしもここをご覧の方で夏コミへ参加される方は、よろしければお手にとっていただけると幸いです。総ページ数などは今はまだ未定ですが、値段はおそらく200円ぐらいかと。
『魔獣使い』、『辺境令嬢』、『怪獣咆哮』と、夏コミ用のセルフ・パロディ。これらでしばらく手一杯になりそうな予感です。
では、次回もよろしくお願いします。
※当面目標達成まであと8980……本当に達成できるのだろうか? いや、絶対に達成させてやる!……うん、多分達成できるはず……いや……でも……と、とにかく頑張りますので、応援よろしくです。ではっ!!