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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
48/89

36-魔獣使いvs魔獣使い-3

 今回、最後近くにちょっと派手めな流血表現あります。ご注意ください。


 魔境とまで呼ばれる「魔獣の森」。そこに棲息する数多(あまた)の魔獣たちの頂点に君臨する、魔獣の森の長。

 その分類は亜竜の一種である飛竜。全長は15メートル以上にも及ぶ。

 赤褐色の鱗は強靭であり、その牙や爪は容易に金属製の防具を打ち貫く。

 しなやかで長い尾もまた恐るべき凶器であり、鞭のように振るわれれば大木でさえへし折れるだろう。

 そんな魔獣の森の長である飛竜に、リョウトはバロムという名前を与えた。




 バロムは、リョウトの最大戦力と言っていいだろう。

 巨大な身体と強靭な鱗を持ち、鋭い爪や牙はどんな名剣よりも鋭利な凶器となる。

 両の翼を用いて大空を舞い、その機動性はリョウトが縁を結ぶ魔獣たちの中でも最高を誇り、口から吐き出される炎に焼き尽くせぬものはないとまで思わせる。

 また、リョウトが一番最初に縁を結んだ魔獣であり、彼にとってローを除けば一番身近な存在であった。

 そのバロムが今、その縦長の瞳孔を持つ瞳をリョウトたちに真っ直ぐに向けている。


「くひひひひひひひひひひひひひひっ!! さあ、飛竜よ! 早くおまえの元主人を殺せ! これからはこの俺がおまえの主人だっ!!」


 キーグルスの高笑いが響く。しかし、アリシアとジェイクは、キーグルスの耳障りな高笑いよりも、じっと自分たちに視線を向けるバロムから目が離せなかった。

 アリシアはバロムの力を良く知っている。実際に、魔獣の森でバロムに襲撃された事さえある。

 あの時はリョウトが手加減するように言い含めていたと後から聞いたが、それでもあの時の恐怖は今でも忘れられない。

 その恐怖が再び目の前に現れる事になろうとは。

 愛用の棹斧(ポールアックス)を握る手や、大地を踏み締めている足が知らず震える。

 顔面から血の気が引いていくのを、この時確かにアリシアは自覚した。

 ジェイクもまた、飛竜の恐ろしさは耳にしていた。

 彼自身、飛竜と直接対峙した経験はないものの、その恐ろしさは魔獣の中でも最高峰に位置すると聞いている。

 巨大な身体は固く頑丈な鱗に覆われ、その高い膂力で振るわれる爪や牙は強力無比。そして何よりも恐ろしいのが、その口から吐き出される火炎。至近距離で火炎を吐きかけられれば、おそらくは骨も残るまいとまで言われている。

 その恐怖の具現が目の前にいる。その瞳を自分へと向けている。

 それでも尚、彼はその顔に笑みを浮かべた。

 にやりと口元を嬉しそうに歪め、全身の力を程よく抜く。そしていつものようにその手にした大剣を肩の高さで地面と水平に構える。

 強い相手と剣を交える。それこそが、彼が幼い頃から今までずっと感じてきた喜びなのだから。




 形容しがたい低音の咆哮が響く。

 それはキーグルスが操る大地竜(おおちりゅう)が上げる雄叫びであった。

 大地竜は、その巨大な頭部を大槌のように勢いよく振り下ろす。

 その目標は眼前にいる岩魚竜(いわぎょりゅう)

 水中ならばともかく、陸上ではそれ程素早く動けない岩魚竜は、その大槌の一撃を真っ正面から受けた。

 どがんという大音響と共に、吹き飛ばされて木々をなぎ倒す岩魚竜。

 大きな衝撃を受けながらも、岩魚竜は何とか身体を起こす。

 ガドンが体力の消耗から退場したため、この場で大地竜を相手どっているのは岩魚竜のフォルゼのみ。

 だがフォルゼにとって、この大地竜は難敵であった。

 単純に身体の大きさを比べても大地竜の方が遥かに大きい。しかも大地竜のぶよぶよとした表皮は、フォルゼの吐き出す水流を受けてもさほどの驚異とはならないらしく、先程から何度もフォルゼが水流を吐き出すものの、大地竜はそれを受けても平然としている。

 それどころか、水流を受けながらその巨大な頭部を打ち下ろしてくる始末だ。

 再びどがんという轟音が響く。

 振り下ろされた頭部を、フォルゼは何とか身体を捩じって躱したものの、大地竜の頭部が着地した際の震動で大きく体勢を崩してしまった。

 それを感じ取ったのか、大地竜は今までよりも一際高く頭部を持ち上げる。

 そしていまだに体勢の整っていないフォルゼに向けて、その鉄槌の如き巨大な頭部を轟然と振り下ろした。




 周囲に嫌な臭いが立ち込める。

 その臭いの元は、突然リョウトたちの目の前に出現した巨大な松明。

 フォルゼの水流をものともしない大地竜の体表。しかし、それは火には極めて弱かったらしい。

 今、大地竜は巨大な松明となって轟々と燃えていた。

 そしてその光景を、アリシアやジェイク、そしてキーグルスまでもが呆然と見詰めている。

 この場で平然としているのは一人と一頭のみ。


「な……なぜだ……?」


 そう呟いたのはキーグルス。しかし、その疑問は彼だけのものではなく、アリシアとジェイクもまた同様の疑問を感じていた。

 そして、そんな彼らの視線は二か所をしきりに往復していた。

 すなわち、左手にある縁紋(えにしもん)の一つを淡く輝かせたリョウトと、その縁紋の対象──飛竜のバロムを。


「なぜだっ!? なぜ、その飛竜は俺の支配下に置かれないっ!? 今まで俺の血を飲んだ魔獣は、全て俺の支配下に置かれてきたのにっ!?」


 不健康な血色で痩せ細り、目だけを大きく見開いたキーグルス。その姿は正に幽鬼の如く。

 そのわなわなと震える視線が、リョウトへと向けられる。


「何、それほど難しい事ではないぞ?」


 そう口を開いたのは、リョウトの肩にいるローだ。


「貴様の異能よりも、リョウトの異能の方が力が強い。実に単純な、たったそれだけの理由よ」


 詰まらなそうに呟く黒竜。

 もちろん、大地竜を松明と化したのはバロムが吐き出した火炎だ。

 大地竜の体表を覆う粘液は極めて燃えやすいようで、たった一度吐き出した炎で大地竜の全身が炎に包まれた。

 今、大地竜は全身をのたうたせながら、炎に包まれて苦悶の──いや、断末魔の咆哮を上げている。

 その巨体が単なる消し炭になるのは、もはや時間の問題だろう。

 この時になり、ようやく安堵の笑みを浮かべるアリシアとジェイク。

 一時はバロムが敵になったかと思った彼らだが、バロムは敵ではないという事実をようやく理解したらしい。


「ば……馬鹿な……俺の異能より、そいつの異能の方が強い……だと?」


 よろりと数歩後ずさるキーグルス。バロムを支配下に置く事に失敗し、彼の最大戦力である大地竜はそのバロムに倒された。それはすなわち、彼が支配する魔獣はもう残されていない事を意味していた。

 キーグルスはその後も一歩、また一歩と後ずさり、そしてとうとうリョウトたちに背を向けて森の奥へと駆け出した。

 その背中が森の木々に遮られて見えなくなっても、リョウトたちは誰一人としてその場を動こうとはしない。


「後は、おまえのもう一人の奴隷の仕事だな」

「ええ。ルベッタなら手筈通りに事を進めてくれる筈です」


 言葉を交わすジェイクとリョウト。アリシアはそんな二人を一瞥すると、その視線を先程キーグルスが消えた森へと向けた。

 そして、アリシアは彼女にとって同僚であり、友でもあり、そして最大の恋敵(てき)でもある黒髪の女性に、心の中で声援を送った。




 恐怖にかられ、森の中を走るキーグルス。

 彼を襲っている恐怖は、普段よりも容易く彼の体力を奪って行く。

 森の中を闇雲に駆けるキーグルスだが、その足並みはすぐに衰えてふらつきを見せ始めた。

 ばくばくと耳の奥で響く自身の心臓の音を聞きながら、キーグルスがその音に気づけたのは奇跡にも等しいだろう。

 それは極僅かな風鳴りの音。

 それが何を意味するのか、理性よりも本能で悟った彼はその場に倒れ込む。

 そして、それまで彼の頭があった場所を、一本の矢が正確に射抜いて行った。

 キーグルスは傍らの木の幹に突き立つ矢を目視し、背中を冷たいものが流れ落ちるのを感じた。

 そんな彼の耳に、二度目、三度目の風鳴り音が響く。

 身もふたもなく、慌ててその場で転がる。ほんの数瞬前までキーグルスの身体があった場所に、矢がたんたんと単調なまでに突き立つ。

 どうやら木々に紛れて凄腕の射手がいると悟ったキーグルスは、一本の木の幹の影に慌てて入り込む。

 期しくもその木は最初の矢が突き立った木であり、彼の目の高さに丁度その矢があった。

 キーグルスはその矢の矢尻が赤く染められているのを見て、再び驚愕に目を大きく見開く。


「る……ルベッタ……? ま、まさかルベッタなの……か……?」


 矢尻を赤く染めた矢。それはかつて彼が愛した女性が使用する矢に施す細工であった。

 それは以前、寝物語に聞かされた彼女の話。


「どうして矢尻を赤く染めるのか、だと? 決まっているだろう。こうすれば、その矢が誰が射たものかすぐ判るじゃないか。こうすれば、誰の矢がどの敵の御首(みしるし)を射止めたか一目瞭然だからな」


 敵を多く倒せば報奨金も上乗せされるってもんだ。と、その時の彼女はキーグルスの胸に甘えるように頬を寄せながら語っていた。

 かつての思い出に囚われている彼の耳に、再び異音が響く。

 だが、それは先程のような風鳴りではなく、木の葉や落ちた小枝を踏み締める足音だった。

 キーグルスがその音の方へと目を向ければ、油断なく弓に矢を番えたまま、一歩一歩近づいてくる黒髪の女性の姿があった。


「ルベッタ……本当に君なのか……?」


 かつて愛し合った女性。いや、今でもキーグルスが心のどこかで愛している女性。

 その女性の姿は、彼が彼女を奴隷として売り飛ばした頃と大差ない。いや、それどころか、当時と比べて一層女性的な魅力が増しているように思えた。

 ルベッタは一切表情を動かすことなく、ぴたりと矢をキーグルスへと向けたまま、10メートル程の距離を開けたところでその歩みを止めた。


「は、はははははは。ルベッタ……ま、またこうして君に会えるとは思わなかったよ……。やっぱり、あれかい? 君を売り飛ばした俺を怒っているのかい? でもね……」


 愛想笑いを浮かべながら、木の幹から慎重に姿を現すキーグルス。この距離でルベッタが目標を外すことはまずないと知っている彼は、殊の外慎重になりながら言葉を続ける。


「……俺もあれから死ぬほど後悔したんだよ。やっぱり、君は俺の手元に置いておいた方が良かったってね。うん、そうだ。君とこうして再会して俺は確信したよ。俺は今でも君を愛している、と」


 幽鬼の如き容貌に引き攣った笑みを張り付かせ、キーグルスはルベッタを迎え入れるかのようにその両手を広げる。


「もう一度やり直さないか? 君が望むのなら、俺は再び傭兵稼業に戻ろう。君と俺で、もう一度『銀狼牙(ぎんろうが)』を立ちあげようじゃないか。それに君も覚えているのだろう? あの、互いに互いを求め合っていた頃を。あの頃は楽しかったよ。君は俺の知識に大いに興味を持っていて、あれこれと俺に聞いたものだよね? そうそう、君に文字の読み書きを教えたのも俺だ」


 彼自身、過去の幸福だった頃を思い出したのか、恐怖が少しずつ払われるとそれに比例して饒舌になっていく。


「君の弓の腕なら、最初の一撃で俺を殺せた筈だ。だが、君はそれをしなかった。それはすわなち、君も俺を望んでいるって事じゃないのかい?」


 ひひっと笑い声を上げながら、キーグルスは徐々にルベッタへと近づいていく。対してルベッタはといえば、その表情こそ変えないものの、構えていた矢が段々と下がっていった。


「俺にとって君は最高の女だ。他のどの女も、君ほど俺を満ち足りた気持ちにさせてくれない。さあ、ルベッタ。俺ともう一度やり直そう」


 ルベッタの構えた弓が完全に降ろされた。そして今、キーグルスとルベッタの距離は、腕一本分のところまで近づいている。

 そして、ルベッタの弓が完全に降ろされたのを確認したキーグルスの両手が霞む。次の瞬間、ルベッタの両の太股にそれぞれ投擲用の短剣が突き立っていた。


「く、くひひひひひひひひひひっ!! まさか忘れたわけじゃないよねぇ? 俺の投擲剣の実力を!」


 キーグルスは袖口に仕込んでおいた短剣を、抜きざまにルベッタに向けて放ったのだ。

 ルベッタの太股に深々と刺さった短剣を確認しながら、キーグルスは無警戒に彼女へと歩み寄る。


「ひひひっ、君らしくない詰めの甘さだ。いいよ、そんな君も嫌いじゃない。さっきも言ったように、君はこれからずっと俺のものだ。手足を切り落とし歯も全部抜いてしまえば、如何に君でも何もできまい? さあ、これからはずっと一緒──」

「残念ながらそれは御免蒙(ごめんこうむ)る。今の俺は、あの人の奴隷だからな」


 自分の言葉を遮った言葉に驚くより早く、キーグルスは背中に灼熱感を覚えた。


「くひ……ひ?」


 ゆっくりと肩越しに振り返った彼の瞳に、黒髪で蒼い眼の女性の姿が映る。


「ルベ……タ? あ、あれ?」


 再び前方に向けられるキーグルスの目。そこには、ぐにゃぐにゃと形を崩す、ルベッタの姿をした何かがあった。


「永遠にさよならだ、キーグルス。確かにおまえの事を愛していた時もあったが、今ならはっきりと言える。あれは若気の至りに過ぎなかった、とな」


 ルベッタはキーグルスの背中に突き刺した短剣をえぐるように捻って引き抜く。

 そしてキーグルスの肩を掴み、引き寄せて彼の身体を回転させて自分へと向けると、再びその短剣を閃かせる。

 一瞬遅れ、キーグルスの喉に真横に赤い線が走り、そこからとろとろと赤い液体が溢れ出す。

 がくん、とキーグルスの頭部が後ろへ傾ぐ。

 その断面から噴水のように赤い液体が吹き出すが、その時にはもうルベッタの姿はキーグルスの傍らには見られなかった。



 『魔獣使い』更新しました。


 今回をもちまして、ルベッタ編とも言うべき一連の話は一応完結です。とは言え、この一件の後始末やリョウトたちへと支払われる報酬などを次回に描写して、そこで本当の完結となります。

 その次に、ちょっとした閑話的な話を差し込みまして、第二部は完結となります。

 そして第三部。こちらは『辺境令嬢』とより密接にリンクし、双方とも物語の山場へと差しかかっていく予定です。

 では、次回もよろしくお願いします。



※当面目標である「総合評価10,000超」まで後662。


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