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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
45/89

33-『銀狼牙』討伐戦-2

※今回、後半にちとグロい描写があります。ご注意ください。



 廃墟の外に二人の男がいた。

 彼ら『銀狼牙(ぎんろうが)』が根城にしている拠点の一つであり、現在は首領であるキーグルスが逗留している森の奥の廃墟。

 その廃墟の管理を任されている男──『銀狼牙』内では、各拠点の管理を任されている者を「副長」と呼ぶ──は、通りかかった廊下の窓から、廃墟の外に二人の男がいる事に偶然気づいた。

 一人は身の丈程の大剣を地面に突き刺し、その柄頭に両手を重ねて仁王立ちしている金髪の男。

 もう一人は、背後に巨大な白黒の毛並を持つ魔獣を従えた黒髪の男。

 よくよく見れば、黒髪の男の背後にいる魔獣の近くには、見張りを任せていた数人の団員が倒れているのが見て取れる。

 男──「副長」は即座に敵襲と判断、手近な部屋に控えていた数人の仲間を引き連れて、廃墟の外へと向かう。

 現在、この廃墟にいる仲間は二十人弱。『銀狼牙』の全団員の半数近くが揃っている。

 外の男たちが何者かは知らないが、相手は所詮二人のみ。十人も引き連れていけば簡単に討ち取れるだろう。「副長」はそう判断すると念のため首領へこの事を報告するために団員の一人を走らせ、残りの団員と共に不審者の討伐へと向かった。




「お、出てきた出てきた」


 廃墟の中から十人ばかりの野盗たちが姿を見せると、ジェイクは何とも楽しそうな笑みを浮かべた。


「僕たちは陽動ですからね。ガクセンたちが動きやすいように、派手に行きますよ、伯爵」

「おう。判っているって」


 ジェイクは大地に突き刺していた大剣を引き抜くと、軽々と一度横にふるって肩に担ぐ。

 リョウトもまた、腰の後ろに差していた紫水竜の剣(アメジストソード)と、パリィングソードを引き抜いてそれぞれ順手と逆手に構える。


「ほう、紫水竜の剣か。珍しいモン使うな」

「祖父の形見なんですよ」

「祖父……そうか、おまえは『双剣』の孫だったな」

「知っていたのですか?」

「ああ。ラナークのおっさんから聞いた」


 視線だけは野盗たちから話さず、ジェイクとリョウトは何とも緊張に欠けた会話を交わす。

 そんな二人に、廃墟から出てきた野盗たちの一人が、首を傾げながら誰何の声を上げた。


「これだけの人数を前にして緊張の欠片もないとは……一体、おまえたちは何者だ?」


 その問いかけに、ジェイクは再び面白そうに口角を釣り上げた。


「悪党どもに名乗る名前はねえっ!!」


 この返答に思わずたじろいだのは副長だった。

 誰だと聞いて素直に答えがあるとは思っていなかったが、ここまで真っ正面から名乗りを拒否されるとは。

 しかも、その台詞はどこか芝居がかっていて、それが更に『銀狼牙』の面々を苛立たせた。

 そんな野盗たちに、ジェイクは更に口上を切る。


「始めに言っておくが、俺は無駄な殺生は嫌いだ。だがな──」


 ジェイクは肩に担いだ大剣を縦横無尽にふるうと、肩の高さで水平にぴたりと構え、その切っ先を野盗たちへと向ける。


「──刃向かう奴ぁ容赦ぁしねぇっ!! 命のいらねぇ奴からかかって来いっ!!」




「不審者だと……? 何者かは判らないのかい?」

「へ、へえ、頭」


 キーグルスの眉が不機嫌そうに歪められ、それだけで報告に来た団員が縮み上がる。

 そんな団員を威嚇するように、キーグルスの足元にいた大蜈蚣(むかで)が頭を持ち上げて耳障りな音を立てた。


「それで、人数は? 十人ぐらいはいるのかい?」

「いえ、そ、それが……相手は二人で」

「二人?」

「へえ。そ、それと、見たこともない魔獣らしき獣が一匹いやした」


 見たこともない魔獣。その一言がキーグルスの興味を引いた。


「ふぅん。おもしろそうじゃないか。その魔獣とやら、是非俺のものにしたいね」


 キーグルスはゆっくりと立ち上がると、傍らにあった長剣を手に取る。

 そして、怯えたように震えながら彼を見詰める団員の横を通り抜け、廃墟の外へと向かう。

 その彼の後ろを、かさかさと音を立てて大蜈蚣が付き従って行った。




 地下への階段をゆっくりと降りると、その突き当りに扉があった。


「この奥……?」

「ああ。少なくとも、以前はここに攫って来た女たちを閉じ込めておいたんだ」


 アリシアの問いに、隣にいるガクセンが小声で答える。

 その二人の前では、ジェイナスと呼ばれた近衛の一人が、針金のような器具を用いて施錠された鍵に挑んでいる。

 現在、地下室へと続く階段にはアリシアたち三人の他、近衛兵の一人が同行しており、残る三人の近衛兵たちは、ここまでの通路の所々で見張りのために残っている。

 しばらくするとかちりという音と共に、女性たちを閉じ込めていると覚しき地下室の鍵が開く。


「罠の類はないようだ。こっから先はあんたに任せるぜ」


 身体を動かしてアリシアに場所を譲ると、ジェイナスは背後に下がる。

 ジェイナスと入れ替わって扉の前に立ったアリシアは、そっと扉を開く。

 背後でジェイナスが掲げる角灯(ランタン)の灯りが、その部屋の中をぼんやりと照らし出す。

 その中の光景を見た途端、アリシアは一度扉を閉めると、ジェイナスやガクセンたちから角灯と外套を奪うように毟り取ると、絶対に部屋の中に入らないようにと言い置いてから改めて一人で部屋に入った。


「…………酷いわね、これは……」


 中にいたのは四人の女たち。

 彼女たちはほぼ全裸で、突然現れたアリシアに怯えて部屋の片隅で固まるように身を寄せ合っていた。

 どうやら水浴びのような事はさせてもらえていないようで、部屋の中にはすえたような悪臭が充満している。

 角灯の灯り中に浮かび上がる、女たちの身体に残る大小様々な傷。そして完全に怯えきっている様子から、アリシアは彼女たちがどのように扱われていたか悟った。


「安心して。私たちはあなたたちを助けに来たの」


 そんな彼女たちを安心させるために、必死に悪臭を無視して微笑みながら声をかける。

 だが、女性たちは身を寄せ合って震えるばかりで、アリシアへと近づこうとする者は皆無だった。

 アリシアは、それでも決して笑みを絶やすことなく、根気強く女性たちに語りかけ続ける。


「私たちは国から派遣された救助の者です。現在、ここには王宮の近衛兵を中心とした数人の者が来ています。ですから、安心してください。そして、私たちの指示に従って急いで避難してください」


 そう言いながらアリシアが人数分の外套を差し出すと、女性の一人が恐る恐る近づいて来た。


「ほ、本当に王宮の近衛の方たちが来てくれたの……?」

「はい。扉の外で近衛兵の方が数名待っています。私は近衛の者ではありませんが、協力を要請されて彼らと共にここへ来ました」


 近衛という言葉が安心させたのか、その女性はアリシアが差し出した外套を受け取ると身に纏った。


「どうせ、ここにいたって男たちの慰み者にされるだけだ。例え騙されるにしたって、ここより悪い待遇があるとは思えないものね。あんたを信じるわ」


 そう言った女性の瞳に、しっかりとした光が灯っている事にアリシアは気づいた。

 そしてアリシアとその女性は、残る三人にも外套を手渡していく。

 残る女性たちも本当に助けが来たのだと悟り、慌てて外套を着込む。


「扉の外に私の仲間がいるわ。見た目はちょっと恐いけど、我慢して彼らの指示に従って。決して大声を出してはだめよ?」


 少しふざけたようにアリシアが言い、女性たちの顔に僅かだが笑みが浮かぶ。

 それを確認したアリシアは、ゆっくりと扉を開き、外で待つガクセンたちと共に脱出するために移動を開始した。




 ぶん、という音と共に颶風(ぐふう)が巻き起こる。

 その竜巻のような風に巻き込まれた数人が、木の葉のように軽々と吹き飛ばされる。

 その光景を『銀狼牙』の面々はともかく、リョウトまでが呆れるような眼差しで見詰めていた。

 先程の挑発に乗った『銀狼牙』の数人が、「副長」の静止の声も聞かずにジェイクに躍りかかった。

 それを見たジェイクは肩の高さに構えていた大剣を前方を薙ぐように一振り。それだけで竜巻のような風が起こり、それに巻き込まれた者たちの身体が上半身と下半身に易々と分断されて吹き飛ばされた。


「…………でたらめ過ぎませんか、伯爵?」

「そうか? それを言ったら、おまえの異能だってでたらめもいいとこじゃねぇか」


 もう一度大剣を振り、血振るいした太剣をジェイクはどっしりと腰を落として再び肩の高さに構えながら、隣からかけられた呆れ声に答える。

 対して、リョウトもただ立っていただけではなく。

 彼にも二人ほど挑みかかってきたが左右の剣で軽くいなされ、返す刀で手首と太股を切り裂かれて自らの血溜まりの中でのたうち回っていた。

 そんなリョウトの剣技に、今度はジェイクが感心したような声を出す。


「へぇ。異能だけじゃなく、剣も使えるじゃねぇか。益々おもしろい奴だよ、おまえは」

「使えるとはいえ、所詮はそれなりですがね。もう今ではアリシアにも及ばないのが現状です」


 苦笑するリョウト。

 出会った頃、確かに剣の腕では彼の方が上だった。しかし、その身に秘めた才能が開花したのか、アリシアの剣技はあっと言う間にリョウトを超えてしまった。


「ほう、あの嬢ちゃん、そんなに腕が立つのか。今度是非、手合わせ願いたいモンだぜ」


 ジェイクの口元がにやりと歪む。それがまるで獲物を見つけた野獣のように『銀狼牙』の面々には見えた。

 この時、「副長」は悟った。

 今いる人数では、決して目の前の二人に対抗する事はできないと。

 だから彼はこっそりと廃墟に駆け込んだ。とはいえ逃げたのではなく、更なる増援を呼び求めてだ。

 幸いにも彼は『銀狼牙』の最後方にいたため、彼がこっそりと戦線を離脱したことに仲間は誰も気づいていない。『銀狼牙』の団員たちは目の前の二人のでたらめな強さに、思わず目を奪われていたのだから。

 廃墟に駆け込んだ「副長」は、とある部屋の扉を開く。

 この部屋では、今日捕らえた女たちを数人が味わっている筈。

 お楽しみの最中に呼び出すのだから、ぶつぶつと文句を言われることぐらいは覚悟しながら、「副長」はその扉を急いで開け────そして後悔した。

 なぜなら、扉の中にはこの世の地獄のような光景が展開されていたのだ。

 部屋の真ん中に鎮座する黒い泥のようなもの。その泥の中に、三人の「人間のようなもの」が浮かんでいるのがおぼろげながら見えた。

 そう。人間ではなく「人間のようなもの」。なぜなら、それらは到底人間とは呼べないようなものだったからだ。

 皮膚が溶け、筋肉や内蔵が露出し、それらもまた見る間にじゅわじゅわと崩れるように形を失っていく。

 それだけではない。「副長」が地獄のようだと思ったのは、その粘塊の中に漂う人影はまだ生きているらしく、彼に気づいた人影の一つが、彼に向かってその崩れかけた腕をゆるゆると助けを求めるかのように伸ばしたのを見たからだ。

 その光景に、「副長」は立ちすくむ。逃げるのでもなく、悲鳴を上げるのでもなく、反撃するのでもなく。

 ただ呆然と立ちすくむことしか、彼にはできなかったのだ。

 そして、そんな「副長」に黒い粘塊がぞぞぞぞっと音を立てて近寄り──────粘塊の中に漂う人影が、三つから四つになった。




 それにリョウトとジェイクは同時に気づいた。

 敵の根城の一つである廃墟。その廃墟の中から一人の男が現れたのだ。

 他の野盗たちが着の身着のままな薄汚れた服を着ているのとは違い、身に纏っているものは綺麗に洗濯された衣服。

 細身で長髪。本来なら十分美形と呼べる顔立ちなのだろうが、今は痩せこけて幽鬼のようだ。

 そして腰に長剣を佩き、足元には3メートルにも達しようかという巨大な蜈蚣が這っていた。


「あいつがキーグルスか……」


 リョウトが零したその呟きが聞こえたのか、キーグルスの瞳がリョウトを見据える。

 今ここに。

 「魔獣使い」と「魔獣使い」の戦いが幕を開けようとしていた。



 『魔獣使い』更新。


 『怪獣咆哮』を更新しようと思っていたのですが、こちらの方が筆が進むので……ええ、いつもの如くです。

 さて、少しまえに掲げた当面の目標ですが、達成まであと42といったところ。次回の更新までに達成できればいいのですが……無理かな(笑)?


 次回はいよいよ「魔獣使い」同士の対決。今回のルベッタ編はもう少し続きそうです。


 では、次回もよろしくお願いします。


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[一言] ルルードが一番グロい殺り方だったとは… でもスライムってこれぐらい強いはずだから納得。
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