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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
42/89

30-作戦


 風が舞う。

 地面にいる数人の人間を吹き飛ばすかのように、その生き物は何度も翼を打ち振るう。

 振るわれた翼は風を生み、その生み出した風を全身に孕みながら、その生物は赤く染まる空を背後にゆっくりと降下する。

 そしてその生物を見上げる数人の人間。彼らの顔に浮かぶ感情は実に様々。

 恐ろしげに。興味深そうに。自慢げに。

 風に舞い上げられた細かな砂や埃が目に入らぬように腕や手で目元を庇い、強風に吹き飛ばされないように注意しながら、彼らはその赤褐色の生物が地表に降り立つのを見る。

 そしてその赤褐色の生物の背から、一人の男性が飛び降りた。

 赤熊(あかぐま)と呼ばれる熊の魔獣の素材を用いた魔獣鎧(まじゅうがい)を纏い、背には身長ほどもある巨大な大剣を携えた男性。

 その男性の顔に浮かぶのは、何とも言えない高揚感と満足感だった。


「いやー、すげぇ楽しいな、これ! 空を飛ぶのがこんなに気持ちいいたぁ思わなかったぜ! 今みたいに夕方の赤い空もいいが、昼間の青い空もきっと気持ちいいんだろうな!」


 その男性は、彼に続けて赤褐色の生物──飛竜から飛び降りた、もう一人の男性に向かって実に楽しそうにそう告げた。


「気に入っていただけのなら何よりです」

「おう! もし機会があったら、今度は昼間に飛竜に乗せてくれよな!」


 先に降り立った男性──ジェイクは、後から降りてきた男性──リョウトにそう言い、再び目の前に鎮座している飛竜へと目を向ける。

 全長は10メートルを優に超え、赤褐色の頑強そうな鱗に包まれた巨大な身体。

 正直、初めてこの飛竜が黒い亀裂を潜り抜けて現れた時、どうしようもない恐怖心がジェイクの心の中にも沸き上がった。

 だがそれも、飛竜がまるで躾けられた犬のように、嬉しそうに鼻面をリョウトにこすり付ける姿を見るまでだったが。


「うん。よく見れば、これはこれで中々愛敬のある顔だよな」

「そうですかい? 大将の感覚はよく判りやせんねぇ。正直、俺はおっかなくて近寄りたくもねえですぜ。背中に乗って空を飛ぶなんて、考えただけでもぞっとしやす」


 ジェイクのその感想に、彼の部下だと紹介されたジェイナスという名の近衛騎士の一人が呆れたように言った。

 彼もまた、ジェイク同様に今は近衛の正規の鎧を身につけてはおらず、黒く染められた煮固めた革鎧を着用している。

 他の四人の近衛騎士もジェイナスと同じような鎧を装備しており、その外見は近衛騎士というよりは暗殺者のようだとリョウトたちが思ったほどだ。

 これは今回の『銀狼牙(ぎんろうが)』討伐にあたり、近衛の鎧では目立ちすぎると判断したジェイクが、もっと目立たない装備を使用するように指示したからであり、ジェイクを始めとした近衛組は、各々が自前の防具を身に着けてきた。

 彼らに対し、リョウトたちはいつもの飛竜素材の魔獣鎧にそれぞれの愛用の武器。

 そしてガクセンは、リョウトからのそれなりの枚数の銀貨を借り受け、鎖を編み上げた鎧(チェインメイル)と、ジェイクのもの程大きくはないものの、両手持ちの剣を一本購入して装備している。

 アンナも岩魚竜(いわぎょりゅう)討伐の際に着ていた、旅用の丈夫な衣服を着込んでいた。

 しかし、この場にはどういうわけかリークスの姿だけが見受けられない。




 リョウトたちとジェイクたちが協力し合う約束をした翌日の早朝。

 一行は王都の東門の前で再び合流した。


「ん? 一人足りねぇじゃねぇか。あの槍使いはどうした?」


 ジェイクはやや送れてやって来たリョウトたちを見て、その中にリークスの姿がない事に気づき開口一番にそう尋ねた。


「あー、リークスなら……」


 困ったように言葉を濁すリョウトに変わり、ルベッタがにやにやとした笑みを浮かべながら説明する。


「察してやってくれないか、伯爵。リークスの奴は昨日それはもう、手ひどい精神的打撃って奴を受けたんだ」


 ルベッタのにやにやした視線は、ジェイクから離れて背後のアリシアへ。

 当のアリシアは僅かに頬を染め、つんとそっぽを向く。

 そんな彼女らのやり取りに、ジェイクもルベッタが何を言いたいのか悟ったようだった。


「あー、失恋って奴かぁ」


 そう口に出して言いながら、ジェイクは人事ではないよなぁと心の中で呟く。

 今、彼が想いを寄せている女性の気持ちが、徐々にとある男へ傾いているのが、端から見ている彼にはよく判るのだから。


(ひょっとすると、この討伐から帰ったら失恋決定かもしれねぇもんなぁ……)


 そんな想いを表情には出さず、リークスの不参加を承知した事をリョウトたちに告げるジェイク。

 そのリークスはというと、どうやらまだ夜も明けきらないうちに「轟く雷鳴」亭を出たらしい。

 その際、リントーに「自分探しの旅に出る」と、暗く落ち込んだ目をしながら言い置いて行ったそうだ。


「うし、じゃあ出発すンぜ! 忘れモンはねぇな? 特に金と水と食いモンは絶対に忘れンなよ?」


 ジェイクの一言に一同から軽い笑いが起こる。

 そして王都を出て一日ほど歩いた時、ジェイクが前日に言い出したように、リョウトに飛竜に乗せてもらうのだった。




 結局その日はその場で野営する事になった。

 各々慣れた様子で野営の準備を始める一行。魔獣狩り(ハンター)や傭兵として野営に慣れているリョウトたちやガクセンは元より、近衛の面々もまた随分と野営に手慣れているようだった。

 おそらく、一行の中で一番野営に慣れていないのはアンナだろう。

 そのアンナは、先程間近でじっくりと観察した飛竜の記録を書き付けながら、てきぱきと動き回るリョウトたちを感心したように見詰めていた。


「リョウトさんたちはともかく、伯爵様たちも随分と手慣れていますねぇ、はい」


 その呟きを聞きつけたのか、ジェイクが振り向いて笑う。


「俺は元々は野童で、家なんてあってないようなものだったからな。それに『解放戦争』中も野営は頻繁だったし」

「俺らは近衛になったのは最近でやすからねぇ。それまではっきり言って暗殺者まがいの事やってやしたしね」


 ジェイナスの暗殺者、という言葉にリョウトたちの手がぴたりと止まる。


「ああ、安心してくれって、魔獣使いの旦那。おっと、そっちの奴隷の姉ちゃんたちもだ。だから無言で剣を抜くなって。ったく、なんだってこう、最近はおっかねえ姉ちゃんとばっかり出会うんだろうなぁ?」


 ジェイナスの脳裏を横切るのは、豪奢な金髪を縦ロールにした女性と、黒髪を短かめに刈り込んだ長身の女性の姿。

 しみじみといった感のジェイナスのその呟きに、他の四人も全くだと言わんばかりにしきりに頷いている。


「実はちょいと仕事でドジっちまってね。そこをこの国の王様に拾われたのさぁ」

「仕事でドジっただと? その仕事の内容は?」

「お城の後宮にいる、とある側妃様を誘拐するように依頼されたんだが、それに失敗しちまったのさ」


 あっけらからんと言い放つジェイナスを、アリシアとルベッタは鋭い視線で見詰める。


「側妃様を誘拐ですって? いくら失敗したとはいえ、よくそれで命が助かったわね? 本来なら斬首ものよ?」

「全くだぜ。ホント、この国の王様は変わったお人だよ」


 そう言って豪快に笑い飛ばすジェイナスから、アリシアとルベッタはその視線をジェイクへと向けた。


「まあ、そういうこった。俺自身、こいつらを全面的に信用したわけじゃねぇが、取り敢えず今すぐ裏切るようなこたぁねぇだろ? それに、もしもこいつらが不審な行動を取ったら遠慮するこたぁねぇ。その場で即たたっ斬れ。近衛隊長として俺が許す」


 ジェイクにそこまで言われ、アリシアとルベッタはジェイナスたちに対する警戒を一応解く。


「まあ、そんなわけだ。一応、俺たちの素性は内緒にしておいてくれよ? もしも俺たちの過去がばれたら、今度は俺たちが暗殺者に命を狙われちまうからなぁ。なあ、それよりも腹減らねぇか? 早くメシの準備をしちまおうぜ?」


 そう言って野営の準備に戻るジェイナスたち。

 そんな彼らの姿を見ながら、リョウトたちもまた野営の準備に再び動きだすのであった。




「確かガクセンだったな? おまえが逃げ出して来た『銀狼牙』の根城はどこだ?」


 一通りの食事を終わらせ、野営の焚き火の周囲でこれからの事を打ち合わせる一行。

 ジェイクは取り出した地図を広げて、ガクセンに『銀狼牙』の根城の位置を示させる。


「これが今日、俺たちが通ってきた街道だろ? で、俺たちが今いるのが、街道からちょっと離れたこの辺り……ここから後一日ほど進んだ所に森があるよな? 実はこの森の中に打ち捨てられた廃墟があるんだ」

「廃墟だと? こんな森の中にか?」

「王都から二日も離れた森の中……そんな所に誰が何の目的で建物を?」


 ジェイクやリョウトの疑問はもっともだろう。

 王都から二日もの距離があり、尚且つ森の中にわざわざ建物を建てる理由が判らない。


「俺たちもどこの誰が何の目的で建てたものかは知らないな。でも、廃墟とは言っても見つけた時には、それ程朽ちた感じも古びた感じもなかったぜ。おそらくどこかの酔狂な貴族が、狩りのための別宅としてでも建てたんじゃないのかって俺たちも言い合っていたんだ」

「で、そこが『銀狼牙』の根城ってわけか」

「ああ。正確には根城の一つ、だがな」


 きゅっと眉を寄せ、ジェイクは無言でガクセンに続きを促した。


「『銀狼牙』には複数の根城があるんだ。この廃墟を始め、この辺りにある幾つかの洞窟や、こっちの街道沿いの小さな村の外れに、正体を隠して住んでいたりな」


 地図を指さしながら説明するガクセンに、ジェイクは腕を組みながらなるほどと頷いた。


「こんなに根城が分散されていたら、一網打尽ってわけにはいかない筈だな。で? 今、『銀狼牙』の首領であるキーグルスって奴はどこにいるんだ?」


 ジェイクのその問いに、ガクセンは判らないと首を横に振った。


「キーグルスの奴は居所を転々としているんだ。一か所に長く居着くことはしねえのさ。奴は用心深いからな。だから具体的に奴が今どこにいるのかは判らない。ただ──」


 地図から視線を上げ、一同を見回してガクセンは続ける。


「何らかの戦利品を手に入れたら、必ず頭であるキーグルスに知らせる。それが今の『銀狼牙』の掟だ」


 ガクセンが言わんとしている事を、リョウトとジェイクは鋭く察する。


「つまり、何らかの戦利品を奴等に掴ませ、首領に知らせに行くのを追跡するわけだね?」


 確認するために告げたリョウトの言葉に、ガクセンはゆっくりと頷く。


「となると、問題は何を連中に掴ませるかだが……」


 すっかり暗くなった夜空を仰いで考え込むジェイク。その彼の視線が、不意に一か所に向けられる。

 即ち、アンナへと。


「え? え? はい? は、伯爵様? そ、その意味有りげな視線は一体何なのですか……?」

「いやなぁ。こういう時はやっぱり、囮を使うのが常套手段かなぁって思ったんだが……どう思う?」


 ジェイクのその質問は、当人のアンナにではなく、周囲で彼の声に耳を傾けていた一同へと向けたもの。

 そして。

 リョウトたちはジェイク同様の意味有りげな視線を一斉にアンナへと向けた。



 『魔獣使い』更新しましたー。


 前回、当面の目標として掲げた「総合評価四桁突破」は、実は投稿したその日の内に達成しておりました(笑)。

 目標達成のために各種の支援をくださった皆様に、お礼を申し上げます。


 そして今回、新たな当面の目標を掲げたいと思います。

 次の目標は、「お気に入り登録3000人、文章とストーリーの評価ポイントがそれぞれ1000を突破」することです。


 4月11日現在、お気に入り登録は2690、文章評価が995、ストーリー評価が1006です。

 ストーリー評価はすでに1000を突破したので、残るは二つ。とはいえ、文章評価も何とかなりそうなので、実質はお気に入り登録3000突破が当面の目標となります。


 さて、次回はいよいよ盗賊に落ちぶれた『銀狼牙』と接触します。


 では、次回もよろしくお願いします。


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