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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
41/89

29-ジェイク・キルガス伯爵


「よう、伯爵様よ。一体どこへ行こうってんだ? しかもこんな窮屈な鎧を着たままでよ……」


 彼は、自分が着込んでいる金属製の鎧を見下ろしながら、彼らの先頭を行く年若い自身の上司であり伯爵でもある青年に尋ねた。

 彼らが今歩いているのは、王都ユイシークの城下町。

 王城の近衛隊の詰所で控えていた彼ら五人のところに、不意に上司の近衛隊長でもある伯爵の青年が現れ、自分について来いと命じたのだ。

 普段は近衛隊として城詰している彼らは、当然近衛の制服ともいうべき揃いの鎧を着込んでおり、その鎧の胸にはカノルドス王国の紋章と、所属を現す近衛隊の紋章が刻まれている。


「俺たちゃどっちかってぇと、金属鎧よりも皮鎧の方が好みなんだがなぁ……」


 彼のその呟きに、彼の背後にいた四人が同意を示すように頷いた。

 その声が聞こえたのか、先頭を行く青年が肩越しに振り返りながら、それでも足を止める事なく告げる。


「黙ってついて来い。一応、おまえたちの表向きの立場は新入りの近衛兵だ。おまえらの顔と立場を城の連中に覚えさせるため、そうして四六時中近衛の鎧を着させているんだろうが」

「へいへい。わかりやしたよ、キルガス伯爵閣下」


 男は両手の掌を上に向けて開き、肩を竦めて見せた。

 そんな戯けたような男の仕草に、キルガス伯爵と呼ばれた青年は隠しもせずに舌打ちを一つ。


「それで? 俺たちに何か仕事をやらせようってのは判るんですがね? 一体何をやらせるおつもりで?」

「俺とおまえたちでやる仕事は、王都の東の街道に出没する野盗の討伐だ。今、俺たちが向かっているのは、それに関する情報を集めるために「轟く雷鳴」亭という酒場の店主に話を聞きにいくのさ」

「へえ、「轟く雷鳴」亭の親父ねぇ。確かにあの親父は色々と情報通だとは聞いてやすが、あの親父の専門は魔獣狩り(ハンター)連中に提供する情報でがしょ? 野盗に関する事まで知ってやすかね?」

「さあな。俺も詳細な情報を期待しているわけじゃねぇよ。少しでも何か判れば儲け物程度にしか期待しちゃいねぇさ」


 だが、青年のその期待はいい方向で裏切られる事になる。

 なぜなら、今の「轟く雷鳴」亭には、問題のその野盗から逃げ出してきた男が匿われているのだから。




 店の雰囲気に添わないその一団──年若い男性を先頭に、その背後に男が五人。皆揃いの鎧を着ている──は、店の中にいる者たちの注目を集めながらも、カウンターにいる主人のリントーの元へと向かう。


「ん? 今、リントーの親父さんと話している男……あいつは以前、リョウト様に接触してきたジューンとかいう奴じゃないか?」

「本当だわ。ここからだとちょっと遠いけど間違いないと思う。あの人、近衛隊の人だったのね」


 ルベッタとアリシアが、ジューンと名乗った男の顔を見たのは一度だけ。それも少々離れたところからだったが、それでも見間違いではないと二人は判断した。


「なんだ、ルベッタ。あの連中を知っているのか? そっちの姉ちゃんの言う事が本当なら、あいつらは近衛の連中なんだろ? どうしてそんな奴らと知り合いなんだ?」

「別に知り合いというわけじゃない。あいつは以前、リョウト様の唄をここに聞きにきた事があるのさ」

「へ? 旦那の唄?」


 きょとんとした顔のガクセンに、なぜかアンナが自分の事のように自慢げに言う。


「リョウトさんは吟遊詩人でもあるんですよ! リョウトさんの唄はすっごく素敵なんですから! はい!」


「へえ、旦那が吟遊詩人ねぇ。確かに凄腕の魔獣狩りというより、そっちの方がらしいなぁ」


 ガクセンが感心したように言い、それにリョウトが苦笑を浮かべていると、近衛隊の方をずっと見ていたリークスが軽く驚いたような声を上げた。


「おい、あの連中の一人が、こっちに来るみたいだぞ?」


 その声に皆が揃って振り返れば、五人の男たちをカウンターに残し、ジューンと名乗ったあの男だけがにやにやとした笑みを浮かべながら親しそうに右手を掲げた。


「いよぅ、片紅目の吟遊詩人。また会えたなぁ」

「お久しぶりです、ジューンさん」


 リョウトがすっと差し出した右手を、近づいて来たジューンがしっかりと握る。


「しかし、ジューンさんは近衛の方でしたか。確かに兵士か騎士だろうとは思っていましたが、まさか近衛とは」

「あー、悪ぃ、悪ぃ。もう気づいているたぁ思うけどよ、ジューンってのは偽名でなぁ」


 悪いと言いつつも全く悪びれた風も見せなず、彼はあっさりと偽名を名乗っていた事を明かにした。


「俺の本当の名前はジェイク・キルガス。カノルドス王国近衛隊隊長にして、伯爵なンてぇ肩書き(モン)も背負っている」


 ジェイクがその身分を明かした瞬間、「轟く雷鳴」亭は静寂に包まれた。

 例外はカウンターにいるリントーと、ジェイクが連れてきた五人の近衛兵たち。

 庶民であるリョウトたちは相手が貴族であると知り、慌てて椅子から立ち上がってその場で片膝を着こうとするが、それを当のジェイクが止めさせた。


「止めてくれ。そんな事してもらうために正体を明かしたンじゃねえからよ。それよりも、おまえに頼みがある」

「僕に頼み……ですか?」


 背後で待っている五人も呼び寄せ、一同は酒場のテーブル二つを占拠して改めて腰を落ち着けた。


「実は、東の街道に出没する野盗を討伐する任務を国王から受けたんだが、それに力を貸して欲しいんだ」


 ジェイクはリョウトが『ガルダックの英雄』であることを知っている。

 それを知っているからこそ、協力を申し出て異能を含めたリョウトの実力を図ろうというのがジェイクの意図だ。

 だから、こうしてジェイクはリョウトに協力を申し出ているのだが、当のリョウトたちはぽかんとした表情でジェイクを見返している。


「どうした? 揃いも揃って随分とマヌケな顔してンぜ?」

「い、いえ、まさかキルガス伯爵から東の野盗討伐の話が出るとは思わなかったので……」

「あ? そりゃどういう意味だ?」


 そしてリョウトはジェイクに説明する。

 自分たちもまた、独自に東の野盗を討つ準備をしていた事、その野盗がかつて『銀狼牙(ぎんろうが)』と呼ばれた傭兵団であった事、そしてここにいるガクセンがその『銀狼牙』から脱走してきた事を。


「なるほど……東の野盗が『銀狼牙』の成れの果てだったとはな……」


 ジェイク自身、『解放戦争』時代に『銀狼牙』とは直接刃を交えた記憶がある。

 手練揃いの傭兵団として有名であり、その実力は噂に違わぬものであり、色々と苦労をさせられた事を思い出す。

 そんな昔の思い出を振り切り、彼の目は『銀狼牙』から脱走してきたというガクセンに向けられた。


「おまえの処置は今は置いておく。とはいえ、一度は野盗に身を置いたんだ。それなりの処罰は覚悟しろよ?」

「キルガス伯爵。お言葉ですが、ガクセンはこうして危険を犯してまで『銀狼牙』の存在を伝えに来ました。その辺りの酌量をお願いしたい」


 リョウトのその執り成しに、ジェイクは鷹揚に頷いた。


「おお、判っているって。その辺は俺からも国王と宰相に執り成しておく。とはいえ、無罪放免ってわけにもいかないからな。おそらく刑罰は三ヶ月から半年間の強制労働ってところじゃねぇか?」

「いや、それぐらいの罰なら喜んで受けるさ。正直、俺たちがやった事は首を落とされても不思議じゃないからな。その程度なら軽いもんだぜ」


 ガクセンが心底ほっとしたといった感じで安堵する。

 今、彼が自分でも言ったように、斬首刑に処されても不思議ではない事を彼らはやってきたのだ。

 例えそれが、命惜しさに命令に従っただけだとしても。


「しかし、『魔獣使い』がリョウト以外にもいるたぁなぁ。まだまだ世界は広いってことか?」


 ジェイクのこの言葉に、リョウトが驚きを露にした。


「キルガス伯爵。あなたは僕の異能の事をご存じだったのですか?」

「おお、もちろん知っているさ。だからおまえに野盗討伐の協力を申し出たんだ。おまえの事はガルダックのラナークのおっさんから聞いているぜ、『ガルダックの英雄』さんよ?」


 『ガルダックの英雄』。その言葉に反応したのはリークスとアンナ、そしてガクセンだ。


「が、『ガルダックの英雄』だとっ!? その噂なら俺も聞いている。それがリョウトの事だというのかっ!?」

「魔獣を使って火事を鎮めたとは聞いていたので、もしかしたらと思っていましたが、やっぱり『ガルダックの英雄』はリョウトさんでしたか! はい! 凄いです! さすがはリョウトさんです!」

「へぇ、旦那が英雄ねぇ。魔獣狩りに吟遊詩人、そしてお次は英雄か。なかなか忙しい人だな、旦那もよ」


 三者三様の言葉に苦笑を浮かべたリョウトだったが、いつものように右隣にいるアリシアの様子がおかしい事に気づいた。


「どうした、アリシア。気分でも悪いのか?」

「あ、い、いえ、そんな事ないわ。それより伯爵は父を……ラナーク・カルディをご存じなのですか?」

「ああ、そうか。おまえはラナークのおっさんの娘って話だったな。確かにおまえの親父さんの事ならよく知っているぜ? なんせ最近、ラナークのおっさんには俺の留守役を頼んだからな」


 ガルダックから王都に戻る際、ジェイクはラナークに自分がいない間の領主名代を頼んでいた。

 かつてはガルダック周辺の領主だったラナークほど、名代に相応しい人物もいないだろうというジェイクは判断したからだ。

 それにラナークは最初こそ首を縦に振らなかったものの、結局はジェイクの熱意──強引ともいう──に負けて名代を引き受ける事にした。

 現在、農園の経営の殆どをブラスにまかせ、ラナークはウェルジたちと協力しながらガルダックの再建に勤しんでいる。

 そしてジェイクは、何やら意味有りげな笑みを浮かべながらリョウトとその隣のアリシアを交互に見比べた。


「ふぅむ……こうして見ると、なかなか似合いの夫婦じゃねえか」


 夫婦。

 ジェイクが何げに零したこの一言は、その場にいる数人にとても大きな反応をもたらした。


「ちょっと待て、伯爵! リョウト様とアリシアは断じて夫婦ではないぞ! それにどちらかと言えば、リョウト様の『初めての女』である俺の方がアリシアよりは立場が上だからな! その辺りを間違えないでいただきたい!」

「はい! そうです! アリシアとルベッタは共にリョウトさんの奴隷に過ぎません! 所詮奴隷は奴隷、伴侶にはなれないのです! リョウトさんの伴侶には然るべき女性、例えばわた………………って、私ってばこんなところで何を言おうとっ!? いやん」

「あ、あああアリシアさんとリョウトが夫婦だと……っ!? そ、そんな馬鹿な……って、はあっ!? い、今、アンナは何と言った……っ!?」


 またもや三者三様に騒ぎ立てる。

 ルベッタは憤った様子で立ち上がり、アンナも同じく立ち上がって真っ赤になった頬を両手で押さえてぐりんぐりんと身悶えし。

 リークスはといえば、今にも顎が外れんばかりの形相でアリシアを凝視する。

 騒ぎ立ててこそいないものの、アリシアもまたアンナ同様顔を朱に染めてぼーっとリョウトを見詰めていた。


「あれ? 違ったのか? 俺はガルダックでウェルジって奴からおまえらが夫婦だって聞いたんだが……?」


 そして事の元凶は不思議そうに首を傾げている。

 何だか混沌としてきた状況に、リョウトとガクセン、そして五人の近衛の連中はどうしたものかと互いに顔を見合わせるのだった。




 その後、何とか落ち着いたリョウトたちは、『銀狼牙』討伐のために互いに協力し合う事を約束し、実際に討伐に出発するのは明日の早朝という事にした。

 討伐に出るためには道中の食料などの準備が必要だし、その準備には今日一杯を充てる事にしたのだ。

 ちなみに、今回の討伐は王宮からの正式な依頼となり、道中に必要な食料などは経費としてジェイクたちが持ってくれることになった。


「じゃあ、明日からよろしくな。期待しているぜ『魔獣使い』」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 リョウトとジェイクは別れ際に再び右手を握り合い、明日からの健闘を誓い合う。

 そして一行は、明日のためにそれぞれが忙しく動き出していく。

 しかし。

 遠ざかっていくジェイクの背中が、なぜかぴたりと止まった。

 それを不審そうに見詰めるリョウトたちの元へ、ジェイクは小走りに駆け戻りながら興奮した様子で口を開く。


「悪ぃ、悪ぃ。俺としたことが重大な事を頼みそびれていたぜ」

「重大な事……ですか?」


 おうよ、と応えたジェイクは、まるで小さな子供のようにわくわくした顔つきでリョウトに申し出た。


「頼む! 一度でいいから飛竜に乗せてくれ! 俺、おまえの話を聞いてから、ずっと飛竜に乗せてもらいたかったんだ!」




「まあ、なんだ。生きていれば、その内いいこともあらぁな。な? だから元気出せって青年。なにもあの金髪の姉ちゃんだけが女じゃないぜ? きっとその内、青年にぴったりの女が現れるって」


 その頃「轟く雷鳴」亭の酒場では、アリシアがリョウトの奴隷であった事を初めて知り、真っ白に燃え尽きてしまったリークスをガクセンが必死に励ましていた。



 『魔獣使い』更新。


 今回はリョウトたちとジェイクたちとの協力体制の樹立の回でした。

 これで『辺境令嬢』から出張って来たジェイクたちも大っぴらに動き出すでしょう。


 先週末より一気にアクセス、お気に入り登録などが増え、ランキングなどにも顔を出すことができるようになった当『魔獣使い』。

 今後も皆様の期待を裏切らないよう、精一杯努力していきますので、今後もよろしくお願いします。

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