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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
40/89

28-事前準備

 場所を宿泊している部屋から一階の酒場へと移し、リョウトと彼の奴隷たち、そしてガクセンはこれからの計画を食事をしながら練ることにした。


「ガクセン。あなたはどこまでキーグルスの異能について知っている? それから今の『銀狼牙(ぎんろうが)』はどのような組織になっているんだ?」


 四人が腰を落ち着け、注文した食事に手をつけながらリョウトが尋ねた。


「俺が奴の異能に関して知っているのは、奴が何体かの魔獣を操っているって事ぐらいだな。どうやって操っているのかとか、どうやって魔獣を集めたのかは知らねえ。『銀狼牙』に関しては……キーグルスが先代五人を始めとした旧幹部たちを魔獣を使って殺した後、あいつが『銀狼牙』の新しい頭になると宣言したんだ……」


 魔獣を使い、旧『銀狼牙』の幹部たちを惨殺したキーグルスは、その翌朝に団員を集めて自分が新たに『銀狼牙』の頭目に就いた事を宣言した。

 その宣言の際、彼の近くには数体の魔獣が控えており、キーグルスはこの魔獣を使って幹部たちを殺害したのだと自ら言ったそうだ。

 だが、キーグルスが頭目に就いてすぐ、『銀狼牙』が野盗に成り果てたわけではない。

 『解放戦争』が終了した当時、新しい国の方針に従わずに反旗を翻す者も当然いた。

 それらは旧王国派の生き残りであったり、新王国の体制に不満を持った中立派だったりと様々だったが、彼らは何度か反乱の兵を挙げ新王国に刃を向けた。

 その際、反新王国派に傭兵として『銀狼牙』も雇われたのだ。

 だが、新生『銀狼牙』は、以前に比べて著しく弱体化していた。

 傭兵とはいえ鍛錬は必須。以前の幹部たちは団員に普段から厳しい鍛錬を課していた。

 新たな頭目となったキーグルスは、団員たちにそのような鍛錬を一切命じた事はなく。

 もちろん、自主的に鍛錬する者がいなかったわけではないが、それは全体から見ればほんの少数に過ぎず、残りの者たちは日々、自堕落に過ごすようになった。

 しかし、『銀狼牙』の弱体化の最大の原因は、やはり指導者の力不足と言えるだろう。

 先代五人を筆頭に、彼らに心酔した者たちが更に切磋琢磨してできあがったのが以前の『銀狼牙』である。その幹部たちが根こそぎいなくなれば、当然『銀狼牙』は弱体化する。

 中にはキーグルスを新たな頭目と認めず、自ら団を去った者もいる。いや、かつての先代五人たちに惹かれ、自分の技量を磨いていた者ほど、キーグルスの元で働くのを嫌い団を去って行った。

 以前は傭兵として一定の評価を得ていた『銀狼牙』。だが、その評判が地に落ちるのはあっという間だった。


「俺もその時点で見切りをつけて、他の傭兵団に移るか、いっその事足を洗えば良かったんだけどよ。気づいた時には『銀狼牙』の評判は落ちていて、他の傭兵団に移ろうとしてもどこも雇っちゃくれないし、かと言って足を洗おうにも、他に生きていく方法を知るわけでもなく……そのままずるずると居座っている内に、いつの間にか『銀狼牙』は傭兵じゃなく野盗に落ちぶれていたんだ」


 そして一旦野盗にまで落ちた以上、団を抜けるに抜けられずにいたとガクセンは語った。


「中には脱走しようとする奴もいた。だが、キーグルスは魔獣を差し向けて脱走者を捕らえられ、魔獣にずたずたに引き裂かれて殺された。もちろん、見せしめのためさ」


 これまで何人もの団員たちが、盗賊稼業に嫌気がさして脱走しようとした。だが、彼らは尽くキーグルスの魔獣によって脱走を阻止され、見せしめのために団員たちの目の前で殺された。


「そして、とうとう野盗『銀狼牙』の存在は国に知れ、国の軍が動くことになったんだ」

「なるほど。以前聞いた東の街道に出没する野盗が『銀狼牙』のなれの果てだったとはな……」


 ガクセンの説明を聞き、ルベッタは嘆息した。

 以前、岩魚竜(いわぎょりゅう)の狩猟を頼まれた時、東の街道に出没する野盗討伐に軍が動くという話は聞いていたが、その野盗こそが落ちぶれた『銀狼牙』のだったのだ。


「それじゃあ、今の『銀狼牙』の団員たちは、皆そのキーグルスって奴が恐くて、仕方なく従っているの?」

「そうだな、姉ちゃんが言ったように命惜しさに嫌々従っているって連中が半数ってところか。残りは自ら望んで盗賊稼業を楽しんでいるがな」

「それで、今の『銀狼牙』の総数は何人ぐらいだ?」


 リョウトのこの質問に、ガクセンは『銀狼牙』の総数は四十から五十人ほどだと答えた。


「……随分多いな」

「まあな。盗賊稼業を続けるうちに、周囲の小さな野盗の集団を幾つか併呑したからな。いつの間にかそんな数になっちまったのさ」

「という事は、元々の『銀狼牙』の団員はざっと二十人ほどか。まあ、その連中はキーグルスさえ討てば無視してもいいな」

「そうだな。となると、問題は残りの三十人前後と……キーグルスの魔獣、か」


 ルベッタの言葉にリョウトが応じる。


「それでガクセン。キーグルスが使役する魔獣にはどんな魔獣がいるんだ?」


 リョウトが質問すると、ガクセンは腕を組んで考え込む。


「俺が知っているのは、旦那も見たと思うがあの黒い狼。それから大きな蜈蚣(ムカデ)の魔獣、後は猪の魔獣だな。まあ、それで奴の操る魔獣が全部という保証はないがよ?」

「狼は倒したからいいとして……後は蜈蚣と猪か。具体的にどんな種類の魔獣か判らないか?」

「おいおい、俺は傭兵であって魔獣狩り(ハンター)じぇねえぜ? 魔獣の具体的な種類まで知るわけねぇだろ……って、おい! ちょっと待て! 今、旦那は狼の魔獣を倒したと言わなかったかっ!?」


 驚きも露なガクセンに、リョウトはあっさりと倒したと告げると、ガクセンはしばらくぽかんとした表情でリョウトを見詰めた。


「い、一体どうやって……? あの狼の魔獣は、俺がどれだけ剣で斬りつけても一切効果がなかったってのに……」


 呆然といった表情で零したガクセンに、ルベッタがまるで自分の事のように自慢げに胸を張る。


「ふふん。魔獣を操れるのはキーグルスだけではないということだ」

「な……んだと……? そ、それじゃあ、この旦那も……?」

「ああ。僕にも魔獣を操る異能……『魔獣使い』がある。そして、僕の魔獣の中にも、あの黒狼(こくろう)と同じように影化する魔獣がいるんだ」


 偶然だけどね、と続けたリョウトを、ガクセンは相変わらずぽかんとした表情で見ている。


「しかし、相手の魔獣の詳細が判らないことには、対策を練ることもできないな────」


 リョウトがそう呟いた時、アリシアとルベッタの脳裏に一人の女性の姿が浮かび上がる。そして同時に、二人は若干嫌そうな感情を浮かべた。


「────ここは彼女に協力を仰ぐしかないか」

「……やっぱり……」

「……そうなるのか……」


 今度こそ。

 アリシアとルベッタは、とても嫌そうな表情を浮かべるのだった。




「お久しぶりです、リョウトさん! はい!」


 リントーを通じて、リョウトは王立学問所に勤務する一人の女性を呼び出してもらった。

 彼女の名はアンナ・グールド。王立学問所では魔獣の生態について研究している、いわば魔獣の専門家だ。

 そして待つこと数十分。アンナは「轟く雷鳴」亭の扉をぶち破らん勢いで店内に入ってきた。


「あ、あああ、アリシアさん! いつ王都に帰られたのですかっ!?」


 だが、なぜかそれに槍使いの魔獣狩り、リークスまでもくっついてきたが。


「どうして二人が一緒なの?」

「い、嫌だな、アリシアさん! 誤解しないでください! たまたまそこで偶然一緒になっただけですよ! 俺はずっとアリシアさんだけを──」


 露骨に嫌そうに顔を顰めたアリシアが問えば、リークスがその空気を全く読むこともなく実に嬉しそうに答えた。

 そんな二人を、ガクセンがにやにやとした笑みを浮かべながら見る。


「お? この槍持った兄ちゃんは、こっちの姉ちゃんに気があるのか? ははは、いいねえ、いいねえ。若いモンはいいねえ!」


 リークスは冷やかすガクセンに一瞬だけ鋭い視線を向けるが、すぐに慌ててアリシアへと向き直る。


「ち、違いますよ、アリシアさんっ!? お、俺はほ、ほら、あれだ!」


 リークスはいきなり沈痛な表情になり、目を閉じながら左手で右手をぐっと握り締める。


「俺はこの身に邪悪を宿している……その俺に恋愛など赦される筈がない。そんな事をすれば、不幸になるのは相手の方だからな……」


 相変わらず芝居がかった仕草で、リークスは右手を押さえながら呟く。

 一方のガクセンは、リークスの突飛な行動にわけが判らないといった表情で彼を見詰め、次いでその視線をルベッタへと向けた。

 その視線は雄弁に語っている。──こいつ、大丈夫なのか──と。


「ああ、気にするな。こいつはこういう奴だと思えばいい」

「そ、そうなのか……大変だな、姉ちゃん……………………色んな意味で」


 ガクセンから同情の目を向けられ、アリシアは思わず渇いた笑いを零した。




 リョウトはアンナとリークスに、自分たちのこれからの目的とアンナを呼び出した理由を説明した。


「なるほど、東の街道の野盗か。それなら俺も話に聞いている。いいだろう。魂の兄弟であるリョウトがそれに挑むのなら、俺も力を貸そうじゃないか」


 というリョウトに向けられたリークスの言葉。しかし、彼の視線がちらちらとリョウトの隣にいるアリシアへと向けられているのを、この場の全員が気づいている。


「しかし、リョウトさん以外にも魔獣を操る異能を持っている人がいるなんて、何とも興味深いですねぇ、はい」


 アンナはリョウトから話を聞くと、持参してきた袋の中から一冊の書物を取り出してそれを広げた。


「えっと、ガクセンさんでしたか? はい、あなたが見たというその魔獣ですが、それはこの中にありますか?」


 ガクセンがアンナの広げた書物を覗き込み、リョウトたちも興味を引かれて目を向ける。

 だが。


「なあ、姉ちゃん。この本だが……こりゃ一体何だ?」

「な、何って、魔獣の図鑑に決まっているじゃないですか!」


 印刷という技術が未確立なため、書物というものは全て手書きである。

 そのため書物はすべからく高価な代物であり、アンナのような学者といえども──実家がかなり裕福でも──、おいそれと個人で書物を所有する事は難しい。特に、今アンナが広げているような専門的な書物は。

 だから学者たちは必要な書物を、学院や研究所などに所蔵されている書物から勉強の意味も含めて自分で書き写す。

 当然アンナも魔獣の図鑑を以前自分で書き写した事があり、今日はそれを持参してきたのだが。


「……魔獣……なのか、これ? 俺にはのたくったミミズにしか見えないが……」


 ルベッタが首を傾げながら図鑑に書き込まれている絵を凝視する。その絵の横に添えられた注釈を読めば、その「ミミズ」が砂地に棲息する魔獣の砂蜥蜴であると記されていた。


「絵、下手なんだ……」


 アリシアから可哀想な者を見る目を向けられてアンナは憤慨する。


「こ、これでも一生懸命描いたのっ!! 仕方ないじゃない! 小さい頃から絵は苦手なんだからっ!!」


 リョウトが苦笑しながらもアンナを宥め、ガクセンが改めて覚えている魔獣の特徴を挙げてそこから種類を特定する事にした。


「……おそらく、蜈蚣の方は鎧蜈蚣(よろいむかで)でしょうね。蜈蚣型の魔獣は結構多くいるんですが、ガクセンさんが言ったような大きさのものとなると、鎧蜈蚣で間違いないでしょう」


 アンナの言う鎧蜈蚣とは、全長三メートルにも及ぶ巨大な蜈蚣型の魔獣であり、その名の通り鎧のような甲殻に覆われている。

 また、口から腐食性の酸を吐き出し、この酸が武器や鎧に付着したまま手入れもせずに放置すれば、数日でその武具は使い物にならなくなるという。

 もちろん人体にもこの酸は有害で、直接浴びれば火傷程度では済まずに皮膚や筋肉を容易に溶かし、酷い時には骨まで溶解する。


「猪の方は……残念ですが、聞いた限りの特徴では種類の特定は難しいですねぇ、はい」


 ガクセンが説明した猪の魔獣。大きさは普通の猪より二回り程大きく、突き出した牙も巨大で鋭かったそうだが、さすがにそれだけの情報ではアンナも種類を特定することはできなかった。


「しかしよ、旦那。いくら旦那に異能があるって言っても、俺を含めてたった六人で五十人近い『銀狼牙』を相手にできるのか?」


 五十対六。いや、アンナは直接的には戦力外なので、実質は五十対五。確かにガクセンの言う通り、彼我戦力に十倍もの差があるこの数字は絶望的だ。

 しかし、リョウトを始めとしたアリシアとルベッタ、そしてアンナとルークスまでも、そこに悲観的な表情はまるで窺えない。


「五十人だろうが百人だろうが、リョウトさんがいれば問題なんてありません! はい!」


 アリシアとルベッタはもちろん、主人であるリョウトが従える魔獣の力を自分の目で見ているし、魔獣の研究家であるアンナも、具体的な個体の能力は判らぬともその魔獣の大体の力量を知識として持っている。また、リークスも魔獣狩りである以上、アンナと同じように魔獣に関する最低限の知識はある。

 だから彼女たちはアンナの言葉通り、相手が五十人だろうが百人だろうが怖れる事はない。


「ほう? この旦那はそんなに手練なのか? 正直に言わせてもらうと、とてもそうは見えねえんだけどなぁ」


 だが、リョウトが使役する魔獣を知らぬガクセンは、ルベッタたちの言葉から単純にリョウト本人に実力があるのだと勘違いしていた。

 彼の実力を見極めようと無遠慮に自分をじろじろと見るガクセンに、ちょっと困った顔でリョウトが答える。


「別に僕が強いというわけじゃない。ただ、僕には心強い仲間がいるというだけの話さ」

「まあ、いいさ。旦那の実力は嫌でも近いうちに目にするだろうからな。ところで、具体的にはこれからどうするんだ?」


 リョウトたちの目的は野盗『銀狼牙』の掃討。しかし、だからといって、単純に『銀狼牙』が出没する地域へ行けばいいというものでもない。

 『銀狼牙』が出没する地域まで移動するのに必要な食料や旅の消耗品の買い込みもあるし、何より黒狼から逃げる際に失ったガクセンの武器の調達もある。


「とりあえずは手分けして旅に必要なものの確認と買い出し、後はガクセンの武器の入手だな」

「済まねえな、旦那。なんせ逃げるのに手一杯で俺、今文無しでよ。用意してもらった武器の代金やここの宿代はいずれ倍にして返すからな」

「おいガクセン。俺は『倍にして返す』と言って、本当に倍にして返した奴を見たことがないぞ?」


 ルベッタの戯けた一言で、リョウトたちは笑いを浮かべた。

 その時である。「轟く雷鳴」亭の入り口の扉を開け、六人の男たちが店に入って来たのは。

 その男たちは揃いの意匠の金属鎧を身につけ、腰や背に思い思いの武器を携えていた。

 どう見ても魔獣狩りというよりは騎士といったいでたちのその男たち。

 リョウトたちも場違いな一行に思わず目を向ける。


「……あの紋章……」


 そして、リョウトたちの中で元貴族であるアリシアだけが、彼らの鎧に刻まれた紋章の意味に気づいた。


「あの男たちが着ている鎧に刻まれた紋章。あの紋章は王宮の近衛隊の紋章よ」



 『魔獣使い』更新。


 今回は『銀狼牙』討伐に向けての事前の打ち合わせといったところ。そして例の二人も合流しました。

 最後にちらっと出てきた近衛隊は、もちろん『辺境令嬢』から出張ってきたあいつらです。うひひ。


 現在、総合評価ポイントは966。当面の目標である総合評価四桁まであと34。

 次回の更新までに到達できるかなぁ。そんなわけで、次回もよろしくお願いします。

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