27-もう一人の魔獣使い-2
キーグルスの手が無遠慮にルベッタの身体をまさぐり、その大きな胸の果実を鷲掴みにする。
「キーグルス……一体、どうやって抜け出した?」
「くひひひひ。この状況でも冷静に情報収集かい? 本当に君は素晴らしいね。ますます愛しくなるよ」
キーグルスは長い舌で、べろりとルベッタの頬を舐め上げた。
「どうやって抜け出したかだって? それはね、ルベッタ」
整った容貌に狂的な笑みを浮かべたキーグルスは、片手でルベッタが着ていた服の胸元を力任せに引き裂く。
露出させた胸の頂の小さな果実に舌を這わせながら、キーグルスは相変わらず狂的な光を湛えた眼でルベッタを見詰めた。
「絶望した……ああ、そうさ。俺は絶望したよっ!! 王国に引き渡されれば、おそらく俺は死罪だろう! よくても一生薄暗い牢の中だ! もう二度と誰かを切り刻む事ができなかと思うと、苦しくて悔しくて悲しくて辛くてっ!! 絶望したんだよっ!! そうしたら──」
にたぁり。キーグルスの口が三日月のように歪む。
「目覚めちゃった。えへ」
「──そのあと、俺は奴に何度も何度も凌辱され……やがて気を失った。次に気がついた時、俺は奴から聞かされた。親父を始めとした先代五人……そして『銀狼牙』の主だった幹部の全てを奴が殺したと」
沈痛な表情でそう語るルベッタの頭を、リョウトの掌がゆっくりと撫ぜる。
ルベッタはその感触に嬉しそうに眼を閉じていたが、再び眼を開いて続けた。
「当然俺も殺されると思った。もしくは、そのまま死ぬまで奴の玩具になるのだと。だが、違った。奴は俺に向かってこう言ったんだ」
──君を手元において、このままずっと玩具にするのはとても魅力的な案だが、それは危険だ。君はちょっとでも隙を見せれば、俺の喉笛を噛みちぎるぐらいは平気でする女性だからね。かといって、このまま殺してしまうのは詰まらない。それでは君に屈辱を与えられないじゃないか。では、散々玩具にして、その後で手足を一本ずつ引きちぎってから殺す? それもまた魅力的な案だが……でも、俺はこう考えたんだ。君に最大の屈辱を与えるにはどうしたらいいか、をね。
「……ひょっとしてそれが、あなたが奴隷に落ちた理由……?」
アリシアの問いに、ルベッタはゆっくりと頷いた。
「ああ。奴は実に嬉しそうに俺に言ったよ。『君が最大の屈辱を感じるのは、きっと見知らぬ誰かに好き放題玩具のように扱われることだと思うんだ』とな」
──だから、俺は君を奴隷に落とす。愛しい君の、その美しい顔が屈辱で歪む様が見られないのは残念で仕方ないけどねぇ。
そう言った時の、狂気を孕んだキーグルスの笑顔を、ルベッタは絶対に忘れる事はできない。
「ルベッタ……」
愛おしそうにルベッタの髪の感触を楽しんでいたリョウトの手が止まる。
リョウトが静かにルベッタを見詰める視線には、沈痛なものが含まれていた。
「そんな顔をしないでくれ、リョウト様。俺なら大丈夫だ。所詮は過去のことだからな。それとも、リョウト様は俺の過去がそんなに気になるか?」
──好きでもない男に散々凌辱された俺が、汚れた存在だと思うのか?
言外にそう問いかけるルベッタに、リョウトは微笑んで首を横に振った。
「僕は君たちの過去にまでとやかく言うような、度量の狭い男じゃないつもりだよ? だけど、確かに気にはなるな」
「え?」
「いくら過去とはいえ、君を玩具のように扱った男を、僕はとてもじゃないが許せそうにない」
ルベッタを見詰めるリョウトの視線に、明かな怒気が浮かぶ。
普段は穏やかな彼がここまで明白に怒りを浮かべるのを、アリシアとルベッタは初めて見た。
それと同時に、ルベッタの胸に安堵と喜びが沸き上がる。
「確かに奴には散々酷いことをされたが、結果を見ればそう悪いことでもなかったぞ?」
「それはどういう意味?」
「あいつが俺を奴隷に落としてくれたおかげで、こうして俺はリョウト様のものになれたのだからな」
そう言うと、ルベッタは上半身をぐいと伸ばし、彼の唇に己のそれをすっと合わせた。
「それに、今になってようやく理解できたこともある」
いつものように三人での情事が終わり、リョウトの左腕を枕代わりにしたルベッタが口を開いた。
「あの時、あいつは……キーグルスは確かに言った」
──目覚めちゃった。えへ。
当時は何の事かさっぱり判らなかったが、今なら判る。
どうして閉じ込められていたはずのキーグルスが、施錠してあったルベッタの部屋に突然現れたのか。
どうして手練揃いの『銀狼牙』の先代五人を含めた幹部連中を、キーグルスがたった一人で殺せたのか。
その謎の答えは今日、突然再会したガクセンが教えてくれた。
──魔獣使い。
目の前の愛すべき青年と同じ異能。それにキーグルスは目覚めたのだ。
理由はおそらくこれまでにない絶望。
以前、リョウトは言っていた。異能はなんらかのきっかけで覚醒することがあると。
キーグルスの場合、正にそのきっかけが深い絶望だったのだろう。
「でも、その『魔獣使い』の異能って、リョウト様と全く同じ能力なのかしら?」
「どういう意味だ、アリシア?」
「以前、リントーの親父さんから聞いたのだけど、現国王のユイシーク陛下と第一側妃のアーシア様は共に『癒し』の異能を有しているけど、その能力は微妙に違うそうなの」
それはリントーが以前、まだユイシークが単なる反乱軍のリーダーでしかなかった頃、直接彼から聞いたのだと言う。
ユイシークの『癒し』は怪我や病気を癒すことができる。そして、アーシアの『癒し』は怪我を癒すことはできるが、病気にはその力が及ばない。しかし、あらゆる毒を解毒することが可能なのだ。
逆に、ユイシークの『癒し』は毒には全く無能。
「だとすれば、同じ『魔獣使い』の異能でも、リョウト様とそのキーグルスって人では、どこか相違点があっても不思議ではないと思うのよ」
「なるほど。僕は縁紋で結ばれた魔獣をいつでも呼び出せる。しかし、魔獣に対する拘束力は弱い。絶対的な命令を与える事ができるわけじゃないからね」
幸い、バロムたちは僕の言うことを大抵素直に聞いてくれるけど、とリョウトは続けた。
「ふむ、一理ありそうだな。リョウト様の異能と全く同じと考えるのは危険か」
危険。今確かにルベッタはそう言った。
「ルベッタ。やっぱり君は……」
「ああ。リョウト様の考えている通りだ。こんな事は奴隷として許されないことは判っている。それでも、敢えてリョウト様にお願いする」
ルベッタは全裸のままベッドを降りると床に両膝を着き、両手も揃えて深々とリョウトに頭を下げた。
「お願いします。俺──いや、私にしばらく自由な時間をください。全てを終わらせたら、必ずリョウト様の元に帰って来ます。ですから私に──」
──父親や仲間の仇であり、自分にとって家族ともいうべき『銀狼牙』を自分の欲望のまま歪めたキーグルスを討ちに行かせてください。
ルベッタは、土下座をしながらリョウトにそう申し出た。
王都の東の街道に出没する野盗。それがかつての『銀狼牙』のなれの果てであることを、ルベッタはガクセンから聞いていた。
更に、これまでに王国の野盗討伐隊が、『銀狼牙』に返り討ちにあって全滅したことも。
それらを全て聞いた上で、ルベッタは主であるリョウトに申し出ているのだ。
だが、ルベッタの申し出に対するリョウトの返答は────否だった。
「どうしてだっ!? 行かせてくれっ!! 俺は……俺はこれ以上『銀狼牙』の名を貶めたくはないんだっ!!」
涙を流しながら頭を下げて訴えても、リョウトは首を横に振るばかり。
「なぜだっ!! 俺は逃げたりはしないっ!! 必ずリョウト様の元に帰るっ!! だから……だから……っ!!」
「君を一人だけで行かせることはできない────僕も……いや、僕たちも一緒に行く」
「────っ!!」
弾かれるように頭を上げたルベッタに、リョウトとアリシアは優しく微笑みかける。
「言っただろう? 僕は君を玩具にした奴を許せそうにないと」
「それに相手はリョウト様と同じ『魔獣使い』よ。どんな魔獣を従えているのかは判らないけど、人間が一人や二人で相手にできないような魔獣だっているかもしれない。そんなところにあなたを一人で行かせられる?」
ルベッタは嬉しさのあまりに再び涙を浮かべ、そして二人を抱き込むように飛びついた。
「ありがとうリョウト様。それにアリシアも……俺のわがままに付き合ってくれて……」
「気にする必要はないさ。これは僕が自分の意志で行くんだ」
「あら、私には感謝してよね? 私はリョウト様が行くから行くのであって、あなたのためじゃないわよ?」
「なんだとぉ? よし、じゃあ、おまえも俺に感謝しろ。この前、ガルダックの火災を鎮めるのに協力してやっただろ? さあ、床に跪いて俺を敬え」
「なんですってぇっ!?」
「いい加減にしないか、二人とも。もう夜もかなり遅いんだ」
すっかりいつもの調子に戻った二人を見て、リョウトは苦笑を浮かべながら、それでいて嬉しそうに二人の美しい奴隷たちの髪をちょっと乱暴にぐしゃぐしゃとかき混ぜてやった。
翌朝。ルベッタに案内されてガクセンがリョウトたちの元へとやって来た。
「もう起きても大丈夫なのか?」
「ああ。ルベッタから聞いたぜ。旦那は俺の命の恩人だそうだな。礼を言うぜ。色々と世話になっただけじゃなく、『銀狼牙』の件にも力を貸してくれるそうじゃねえか。しかし、よくあの黒狼が倒せたもんだな?」
リョウトを見定めるようなガクセンの視線。それに気づいたルベッタが、彼の左手を抱き込みながらリョウトにしなだれかかる。
「心配するな、ガクセン。こう見えてこの方は腕が立つ。それは俺が保証するぞ?」
突然のルベッタの態度に眼を白黒させるガクセン。どうやら、彼女とリョウトの関係をよく詳しく聞かされていなかったらしい。
「る、ルベッタ……? まさか、この旦那、おまえの……?」
「そうさ。この方は俺のイイヒトさ。夕べもそれはもうじっくりたっぷりしっぽり可愛がってもらったよ」
ガクセンに見せつけるようなルベッタの行為に、ルベッタの予想とは違うところから突っ込みが飛んできた。
「ちょ、ちょっと離れなさいよっ!! 夕べリョウト様に可愛がってもらったのはあなただけじゃないでしょっ!? 私だってあなたと同じくらいじっくりたっぷりしっぽり──」
自分が何を口走ろうとしたのか、そしてこの場には自分たち以外の者もいた事に改めて気づき、アリシアは耳といわず胸元まで真っ赤にして俯いてしまった。
そんな三人の様子に、最初こそぽかんと口を開けて見詰めていたガクセンだったが、リョウトたちの関係を理解するとにやりと笑みを浮かべた。
「ほほぉぅ。あのルベッタがここまで惚れ込むたぁ、旦那はきっとただ者じゃあねえんだろうな。それにこっちの姉ちゃんの様子も面白れぇしな」
ガクセンは、狼と剣の刺青の入った利き手をリョウトへと差し出した。
利き手を差し出す。それは傭兵たちの間では信頼を意味する行為であり、初対面ではめったに行われないことを元傭兵であるルベッタだけが理解する。
「俺はガクセン。元『銀狼牙』に所属していた傭兵だ。これからよろしく頼むぜ、旦那」
えー、『魔獣使い』ようやく更新しました。
なんか、書いているうちにどんどんどんどんどんどんどんどん長くなり、ついには二話分の長さにまでなってしまった。よって、今回は一挙に二話投稿します。
いや、途中で上手く切れなくて……二話に分けると決めた時は、強引なところで区切っちゃいましたが。
さて、今回はルベッタの過去と、当面の敵の登場。
しかし、ルベッタの過去が予想以上に重いものになっちゃったなぁ。とはいえ、これはもともとからあった設定でもあります。
そして敵キャラ、キーグルス。ルベッタの重い過去とは反対に、既知の外系のキャラは書いてて実に楽しいです。
キーグルスの「目覚めちゃった。えへ」に少しでもぞくりとしたものを感じていただけたら、きっと自分の勝ちです(←何がだ)。
次回は『銀狼牙』打倒に向けて動き出すリョウトたち。そしてそれに合流する横恋慕二人組。更に更に、『辺境令嬢』の方からもあの連中が絡んできます。
ちなみ、以上の事はすべて予定です。決して決定ではないのでいきなり変更になるかもしれません(笑)。
では、次回もよろしくお願いします。