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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
38/89

26-もう一人の魔獣使い-1

 その男は異変に気づいた。

 自分の身体の中から、何かが抜け落ちて行ったような喪失感。

 それが何を意味するのか、男はよく判っていた。


「……黒狼(こくろう)が……死んだ……だと?」


 男は女を嬲るのを突如やめ、虚空を睨み付けながら呟いた。

 黒狼。彼が使役する魔獣の一体。

 かの魔獣は身体を影化する異能を持つ。影化してしまえば、あらゆる物理的な効果を受け付けない。

 剣で斬ろうが、槍で突こうが、弓で射ろうが、影化した黒狼には全く効果がない。

 それなのに。

 それなのに、黒狼は殺された。


「一体どうやって黒狼を殺したというのだ……?」


 陰気そうな眼で虚空を見詰める男を、今まで男に嬲られていた女は怯えながら、それでいて気味悪るそうに男を見詰める。

 この女は男の、いや、男たちの戦利品の一人だ。

 男と男の部下たちは、街道を通りかかった行商の一行を襲った。

 馬車三台で編成されたその行商の一行は、当然護衛も数人雇っていた。しかしその護衛は、男と男の部下、特に男が使役する魔獣たちによってあっという間に全滅した。

 後に残ったのは、護衛を失った裸の行商隊。積荷は全て奪い取り、行商隊の男たちは皆殺しにして街道にその骸を晒した。

 行商隊にいた数人の女たち──行商隊の主人の妻と使用人──は、積荷同様男たちの戦利品となり、今頃は男の部下たちにさんざん凌辱されていることだろう。

 かく言う男も、女たちの中から一番先に好みの女を選び出し、こうして楽しんでいる最中であった。

 その最中、男は突然魔獣が死んだ事を感じたのだ。




 黒狼には脱走者の追跡を命じていた。

 数日前。行商隊を襲撃する際に、部下の数人が脱走を図った。

 襲撃の混乱に乗じて、上手く逃げ出した脱走者たちだったが、後から脱走に気づいた男は、すぐさま追っ手を差し向けた。

 その追っ手こそが魔獣・黒狼。

 疾風の如く駆け、影化することで物理的な障害を無視する黒狼は、追跡や暗殺にはうってつけだ。

 だから今回も、脱走者たちの追跡には黒狼を差し向けた。

 脱走者は全部で四人。その内の三人まで仕留めた事は、黒狼を通じて男は感じ取っていた。

 しかし、最後の一人は余程上手く逃げたようで、黒狼の鋭い嗅覚を以てしてもなかなかその足取りを掴むことはできなかった。

 それでも何とかその足取りを掴み取ったのが、今朝方のこと。

 最後の脱走者を追跡し、発見。そしてその息の根を止めようとして──逆に黒狼が倒された。


「一体、どこの誰が? どうやって黒狼を殺した……?」


 相変わらず虚空を見上げながら、ぼそぼそと呟く男を女は不安そうに見る。


 痩せこけた身体。一切の服を纏っていない今、その貧相な身体は一目瞭然。

 元々は整っていたのだろうが、げっそりと痩せて頬のこけた今の顔つきは、はっきりいってかなり不気味だ。

 特に、そのぎらぎらとした妙にそこだけ生気を感じさせる眼。狂気にかられたようなその眼だけが、異様に大きく見える。それが尚更男を不気味な容貌にしていた。

 不意にその男が女へと振り返る。


「──────ひぃっ!!」


 小さく悲鳴を上げる女。そして怯えてがたがたと震える女を、じっと見据える男。

 男がゆっくりと、再び女へとのしかかる。

 男がこの女を選んだのは髪。その蒼みがかかった長い黒髪が、かつての男の想い人を連想させたからだ。

 かつてこの腕に抱き、愛を確かめ合い、そして──自ら奴隷に落としたあの女性を。


「くひひひっ」


 狂気を孕んだ笑みを浮かべ、男は女を征服する。

 たった今凌辱している女に、かつての恋人の幻影をかぶせながら。




「俺は先代五人と呼ばれる『銀狼牙』の創始者の一人であるサーケイと、『銀狼牙(ぎんろうが)』と付き合いのあった娼婦との間に生まれた子供だ」


 衰弱しているガクセンの様子が落ち着いたのを見計らい、ルベッタはリョウトたちの元へと戻って来た。


「当然、俺は傭兵たちに囲まれて育った。俺の喋り方がこんななのもその影響だな」


 肩を竦め、苦笑しながら。ルベッタは自らの生い立ちをリョウトたちに語る。

 それは以前、アリシアが自身の過去を話した時のように、ベッドの中でリョウトの腕に抱かれながら。

 自分の父親を含めた、傭兵団『銀狼牙』を立ち上げた最初の五人。彼らを『銀狼牙』に所属する傭兵たちは「先代五人」と呼んだ。

 血の繋がりはなくても家族であり、同時に互いに研鑚し合う五人の仲間だけで立ち上げた小さな傭兵団。

 だが、五人全員が極めて腕の立つ傭兵だった事もあり、その知名度は次第に大きくなり、それにつれて人員もどんどん増えていき、ルベッタが成人するころには五十名近い大所帯になっていた。

 だが、傭兵団『銀狼牙』の羽振りが良かったのも『解放戦争』までだった。


「当時のおれたちを雇ったのは旧王国側。結果から言えば敗北する陣営だったが、局所局所ではしっかりと戦果を上げており、雇い主からの信頼はそれなりに厚かった」


 だが、対する『カノルドス解放軍』もまた精強だった。

 リーダーであり、強烈なカリスマを誇る現国王ユイシーク・アーザミルド・カノルドスが率いる『カノルドス解放軍』の志気は極めて高く、ガーイルド・クラークスやラバルド・カークライト、そしてジェイク・キルガスやケイル・クーゼルガンといった優れた人材も豊富に揃っていた。

 そして何より、ユイシークの放つ「雷」の異能は、旧王国側に与する者には恐怖以外のなにものでもなかった。

 遠隔地から放たれる雷光が、数十数百という兵士たちを一瞬で薙ぎ払い、打ち倒す様は敵味方問わず足が竦む光景であった。


「そして結果は知っての通り、俺たちの雇い主である旧王国側は戦争に敗れ……俺たち『銀狼牙』の生き残りは一時的に『カノルドス解放軍』──後の新王国派に捕らえられた」

「でも、傭兵なら敵側に捕らえられても、特に処罰されたりせずに、しばらくしたら解放されたのでしょう?」


 リョウトを挟んだルベッタの反対側から、上半身を起こしたアリシアが尋ねてくる。

 その際、ルベッタ同様に何も身につけていないアリシアの裸身が露になるが、最近の彼女はこうして裸身を晒すことに抵抗はないと言っていい。もちろん、それは晒す相手がリョウトである事に限られるが。

 今、アリシアが言ったように、傭兵は戦争が終了して敗残兵となっても特に責任を追及されることはない。

 傭兵は金で雇われただけであり、主義主張などはないのが普通だからだ。

 だから、傭兵は自身の身体に傭兵の証である刺青を入れる。それは所属する傭兵団の紋章であったり、得意とする得物の図案であったり様々。

 しかし、それがないものは傭兵とは認められず、詳しく身元が調べられるまで、戦が終わってもすぐには釈放されない。

 それには例えば戦争の首謀者などが、傭兵のふりをして勝利陣営から逃げ出すのを防ぐという意味がある。


「確かに生き残りの団員たちはすぐに釈放されたよ。だが、『銀狼牙』の指導者である俺の親父を含めた先代五人は、なかなか釈放してもらえなかった。後で親父から聞いたところによると、どうやら親父たちを新王国派が軍の将校として取り立てようとしたらしい」


 これにはリョウトもアリシアも驚いた。いくら傭兵とはいえ敵側に与していた者を、いきなり自分たちの陣営へ、それも将校待遇で取り立てようとは。普通なら絶対に考えられないことだ。


「どうやら今の王様は随分と変わった御仁のようだな。使える者は例え敵だった者でも使う。合理的というか、短絡的というか」


 くつくつと笑いながら、ルベッタは更に続ける。


「親父たちは、この提案を受け入れるつもりだった。少し考えれば判るだろう? 『解放戦争』が終われば、当然傭兵の仕事は殆どなくなる。以後の生活を考えるなら、例え一兵卒であっても王国に取り立ててもらった方がいいに決まっている」


 傭兵とはいえ人間である。人間である以上、生活していかねばならない。

 だが、戦争が終われば生活するための糧がなくなる。それが傭兵稼業というものだ。

 もちろん、傭兵の需要が全くなくなるわけではない。旅をする商人の護衛だとか、地方の村落に被害を与える魔獣の駆除とか、傭兵を求める声は少なからずあるだろう。

 それでも戦争中に比べれば、傭兵を募る機会はぐっと減る。

 しかも、当時の『銀狼牙』は団員が五十名を超える大所帯。それは団員だけの数であり、団員の中には養うべき家族のいる者もいる。

 『解放戦争』が終わってしまえば、それだけの人数を養っていけるような稼ぎの機会ははまずない。

 そう考えた『銀狼牙』の指導者たちは、全団員をまとめて雇ってくれるのなら、以後は新生カノルドス王国に忠誠を誓ってもいいと考えてたのだ。


「だが、『銀狼牙』が王国の軍に組み込まれることはなかった。その理由は一人の男にある。その男の名はキーグルス──」


 ルベッタは甘えるようにリョウトの裸の胸に頬を乗せ、彼の眼を見上げる。


「──ほんの一時……ごく僅かな間とはいえ、俺の情夫だった男だ」


 ルベッタのこの告白に、リョウトの眉がぴくりと揺れた。




 解放され、『銀狼牙』の元へと戻った先代五人は、『銀狼牙』の幹部に相当する者を集め、新王国からの申し出を説明した。

 その中には、ルベッタや件のキーグルスの姿もある。

 単なる傭兵から、王国所属の正規兵へ。この事実に、顔を輝かせる者は多かった。

 逆に堅苦しい軍に所属する事に、拒否感や嫌悪感を感じる者もいた。

 だから先代五人は、最終的な決定は個人に任せたのだ。

 自分たちと一緒に王国軍に組み込まれるのもいいし、このまま傭兵稼業を続けてもいい。魔獣狩り(ハンター)に転職するという道もある。もしくは、これを機会に血なまぐさい世界からすっぱりと足を洗ったっていい。

 だが。

 先代五人のこの提案に、真っ向から反対する者が一人だけいた。




「──それがキーグルスって奴かい?」


 リョウトの問いかけに、ルベッタはうっすらと笑いながら頷いた。


「ああ。奴は『解放戦争』の中盤以降に『銀狼牙』にふらりと現れて、瞬く間に幾つかの武勲を上げて若手の出世頭と呼ばれていたから、先代五人の召集に奴も呼ばれていた」


 キーグルスは、一見しただけでは傭兵とは思えないような風体の男だった。

 オフ・ゴールドの柔らかそうな髪に、薄青の優しそうな瞳。

 顔立ちも整っており、立ち居振る舞いもどこか気品がある。もしかすると零落した貴族の御曹司ではと団内では噂されていた。


「当時はまあ、俺も子供だったんだよな。傭兵団という荒くれ者の集まりの中で、あいつだけは違う存在に見えたんだ。あの頃はそこに惹かれたんだが──」


 キーグルスもまた、傭兵らしからぬルベッタの容姿に惹かれ、二人が男と女の仲になるまでそれ程時間はかからなかった。

 だが、その関係は長くは続かなかった。

 ルベッタは、キーグルスの整った外見の裏に潜む、歪な部分に気づいたのだ。


「奴はいわゆる加虐趣味の持ち主だったんだ。自分より弱い者を徹底的にいたぶり、嬲り、切り刻み、弄ぶ。情事の最中に、俺の身体にナイフで傷をつけようとした時は、さすがに当時の俺も熱が冷めたね」


 その後、ルベッタはキーグルスに別れを告げたが、キーグルスはなかなかそれに頷こうとしなかった。

 しばらくはしつこく付きまとっていたが、そのしつこい行為が周囲の団員たちに知れると、それもやがて収まっていった。


「まあ、自分で言うのもなんだが、俺は先代五人の娘ってことで、団の連中からは可愛がられていたからな。見かねた連中がどうにかしてくれたんだ。何をしたのかまでは、具体的には知らないがな」


 何といっても血の気の多い傭兵団の中である。言葉だけで優しく諭した、なんてことはないだろうとルベッタも考えている。

 そうこうしているうちに戦争は終戦を迎え、『銀狼牙』は岐路に立たされる。




「王国軍に編入? ふざけるな! お堅い国の軍になんか入ったら、好き放題できないだろうっ!? 俺は敵を這い蹲らせ、自分は俺より弱いと認めさせた上で切り刻み、絶望の表情を浮かべながら死んでいくのを見たくて傭兵団に入ったんだっ!! それができない国の軍隊なんて死んでもお断りだねっ!! くひ、くひひひ、くひひひひひひひひひひひっ!!」


 狂的な高笑を続けるキーグルスを、その場にいた者は冷めた目でじっと見詰めた。

 やがて先代五人の一人、ルベッタの父であるサーケイが、尚も笑い続けるキーグルスに告げる。


「無理に俺たちに従えとは言わん。だが、おまえのような狂人を野に放つわけにもいかん」


 サーケイが静かに右手を掲げると、居合わせた者たちは各々が携えていた得物を抜く。


「大人しくするなら、無駄に傷つけはせん。おまえの身柄は王国に引き渡し、理由を話して裁可してもらう」


 白刃を煌めかせながら、団員たちがキーグルスを取り囲む。

 手練の傭兵十数人と優男一人。当のキーグルスにもどちらに部があるかなど一目瞭然。彼は一切抵抗することなく縛につき、『銀狼牙』が常宿にしている宿屋の一室に監禁された。

 しかし、キーグルスが捕らえられた日の夜。夜中、宿の一室で息苦しさにルベッタが目を覚ませば、なぜか目の前にキーグルスの顔があった。


「こんばんわ、愛しいルベッタ。ずっと前からこうして君と会いたかった。ようやく会えたね」



えー、後書きは2-27にまとめて書きます。

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