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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
37/89

25-受け入れられた喜び

 扉を開けて店に入って来た人物たちを見て、「轟く雷鳴」亭の主人であるリントーは怪訝な顔をした。


「リョウトか? どうした、その男は?」


 この宿では既にお馴染みとなった『片紅目』のリョウトと、彼が所有する二人の美しい奴隷たち。しかし、問題は彼らが連れて店内に入って来たもう一人の人物の方である。

 リョウトの奴隷の一人であるアリシアに背負われたその人物は、酷い怪我を負っていた。

 今までに色んな怪我人を見てきたリントーは、その人物の怪我が命に関わるほどのものであることを瞬時に悟る。


「おい、リョウト。ここは医療所じゃねえぞ? ここにそんな重篤な怪我人を連れて来ても……」

「済まない、親父さん。悪いが少し場所を貸してくれ」


 リントーの言葉を遮り、リョウトはアリシアに命じて背負っていた男を店の床に寝かせる。

 たまたま店に居合わせた他の魔獣狩り(ハンター)たちも、興味を引かれてリョウトたちの周りに集まって来る。


「リョウト。こう言っちゃなんだが、その怪我ではこの男はもう……」

「いや、まだ息がある以上、助ける術はある」

「ひょっとしておまえは、王様や癒姫(いやしひめ)の『治癒』の異能をあてにしているんじゃないだろうな? いくら俺が以前から王様と知り合いとはいえ、ここまで王様や癒姫を引っ張って来ることはできないぞ?」


 腕を組み、不機嫌そうな顔で告げるリントーに、リョウトはあっさりと言い返す。


「最初からそんなものはあてにしていないさ」


 そしてリョウトは告げる。彼が使役し、この国の国王や癒姫にも決して劣らない癒し手の名を。


「ファレナ!」


 リョウトがその名を口にした直後、彼の頭上の空間に現れる黒い亀裂。

 リントーを始めとしたこの場にいた面々は、その異様な光景を前にして思わず数歩後ずさる。

 だが、彼らは目を見張る。リョウトの頭上の黒い亀裂から現れた、癒蛾(ファレナ)という魔獣の姿を目の当たりにして。


「ファレナ、頼む。この男の傷を癒してやってくれ」


 突如現れた癒蛾の姿を見て驚いている連中をよそに、リョウトはファレナに指示を出し、それに応えたファレナは今にも息を引き取りそうな男の上を旋回し、その身体に癒しの鱗粉を振りかけていく。

 舞い落ちた鱗粉は男の身体の傷に触れると、ふわりと弾けて溶け込み、そこから癒しの力を発揮させる。

 見る間に傷が癒えていく男を見て、周囲から感嘆の声が上がるが、リョウトはそれらを一切無視してじっと床に横たえられた男を見詰める。

 どれぐらいの時間そうしていただろうか。

 降り注ぐ鱗粉を浴び続けていた男の目蓋がぴくりと動く。

 それを確認したリョウトは、ファレナに鱗粉散布の中止を命じると、彼の二人の奴隷に目配せする。

 それに応じたアリシアがリントーの横を抜けて厨房へと駆け込み、木製のカップを水で満たして戻ってくる。

 同時に、ルベッタは横たわった男の傷が完全に癒えているのを確認し、その上半身を支えながら起こす。


「大丈夫か?」


 リョウトのその声に応じ、男がうっすらと目を開ける。


「こ……ここは……? こ、黒狼(こくろう)は……あの魔獣はどうなった……?」

「ここは王都の宿屋兼酒場の一つ、「轟く雷鳴」亭だ。それに魔獣はすでに俺の主人が片付けたから安心しろ」

「喉が渇いているでしょう? 良かったらこれを」


 背後から支えるようにしながらルベッタが答えてやり、アリシアが水の入ったカップを差し出す。

 男はアリシアからカップを受け取り、その中身を一気に飲み干すと、ゆっくりと後ろへと振り返る。

 そしてルベッタの顔を見た途端、男は大きく目を見開いて驚愕を露にした。


「る……ルベッタ……? おまえ、ルベッタなのか? 先代五人の一人、サーケイの娘のルベッタか? い、生きていたのか……?」

「おう。サーケイの娘のルベッタだ。俺は間違いなく生きているぞ、ガクセン」


 にやりと笑うルベッタを見た男──ガクセンは、慌てて立ち上がろうとしたが足腰に力が入らず、再びぺたりと腰を床に落とす。


「慌てるなよ、ガクセン。おまえの身体は確かに怪我は癒されたが弱りきっている。詳しい話は少し休んでからにしよう」


 ルベッタは視線をガクセンからリョウトへと移す。


「済まないがリョウト様。彼を少し休ませてやりたい。部屋を取ってもらえないだろうか?」

「判った。リントーの親父さん。空いている部屋はあるか?」


 それまで一連の出来事を呆然と眺めていたリントーは、リョウトにそう声をかけられてようやく正気に返った。


「お、おお、部屋なら空いているが……ま、まあ、いい。取り敢えず、その男は休ませてやれ。後で詳しい話は聞かせてもらうぞ? その癒蛾の件も含めてな」


 リントーは、今もリョウトの頭上をゆっくりと旋回しているファレナを見上げながらそう言った。




 リョウトはアリシアとルベッタに命じ、ガクセンを空いている部屋へと運ばせた。身体が衰弱しきっている彼は、まだ自分で歩くことができない状態だったからだ。

 そして酒場に残ったリョウトは、リントーや興味津々といった魔獣狩りたちに、自身の異能とあのガクセンという男と出会ってからの事を詳しく説明した。


「なるほど……あの男の一件は理解した。だが……」


 リントーの視線は、疑問を含みながらリョウトの肩に大人しく止まっているファレナへ。


「『魔獣使い』の異能とはな……正直驚いたぜ」


 感心しているのか、呆れているのか。どちらとも取れる表情でリントーが呟く。


「さすがに、おいそれと誰かに言えるようなものではなくてね。だから今まで黙っていたんだが……」


 人は異質なものを恐れる。それをリントーはよく知っている。

 リョウトがこの異能を黙っていたのも、おそらくはその辺りが理由ではないかとリントーは見当をつけていた。

 事実、リョウトが自身の異能について説明した時、どことなくこちらの出方を窺っているような気配だったことを、リントーは気づいていた。


「そうかなぁ? 俺だったら、そんなすげぇ異能があれば絶対周りに自慢するぜ?」

「馬鹿野郎。おまえみたいな単純な奴と一緒にすんじぇねえよ!」


 そしてそれは、今や顔馴染みとなった他の魔獣狩りたちも気づいたようで、誰かがわざと戯けてそんなこと言い出して笑いを誘う。

 彼らの思惑通りに周囲が笑っているのを見て、リョウトの心はすっと軽くなった。

 やはりかつて故郷の村で、この異能が原因で周囲から冷たい目で見られていたことは、リョウトにとっては重い過去である。

 しかし、ここにいる人々はリョウトの異能を知ってもなお、彼を受け入れてくれた。

 もちろん中には、彼とその異能を気味悪く思う者もいるだろう。だが、それと同数かそれ以上、彼を受け入れてくれる者がいる。それがリョウトには嬉しかった。

 リョウトがそんな思いを胸の内で抱きながらリントーを見れば、彼はリョウトの思いを悟ったのか、右手の親指を突き出しながらにやりと笑う。


「なあ、なあ、リョウト。それで、おまえが呼び出せる魔獣って、どんなのがいるんだ? 実際に呼び出して見せてくれよ」


「僕が呼び出せるのは、この癒蛾の他には飛竜とか斑熊とかだけど……ここじゃ狭すぎてちょっと無理だなぁ。かといって、店の外で呼び出せば大騒ぎになるし」


 飛竜や斑熊と聞き、魔獣狩りたちは驚くと同時に落胆する。

 彼らも魔獣狩りである以上、飛竜や斑熊のことはよく知っている。

 中には、狩りの対象として実際に狩猟した魔獣狩りさえいる。

 そんな彼らにしても、間近でゆっくりと飛竜や斑熊を見る機会などまずない。彼らが飛竜や斑熊を目にする時は、互いの命を懸けた戦いの中だけなのだから。


「ふむ。では我ではどうだ? 小兵とはいえ我とて竜。決して飛竜や斑熊に劣る存在ではないぞ?」


 そう言いながらリョウトのフードからのそりと這い出して来たのは、もちろんロー。

 小さいとはいえ本物の竜の登場に、居合わせた者たちの表情が凍る。

 リョウトは勝手に出てきたローに非難の視線を向けるが、当のローはその視線をあっさりと受け流す。


「今更だろう? ガルダックでは我の存在もおまえたちと一緒に知れ渡ったではないか。ならば王都で知れたところでどうなるものでもあるまい」

「が、ガルダック……だと?」


 それまで突然現れた竜に驚いて固まっていた面々は、ガルダックという言葉を耳にして急に騒ぎ出す。


「ま、まさか、最近噂を聞くようになった、ガルダックの火災を鎮めるのに活躍したという『ガルダックの英雄』って……」

「うむ。それは間違いなくリョウトのことだな。いや、リョウトと我、そしてアリシアとルベッタの四人を『ガルダックの英雄』と呼ぶべきか」


 自慢げに──なぜか居合わせた者たちにはローの顔がそう見えた──、ちゃっかりと自分を『ガルダックの英雄』の中に入れながら、ローは高々と宣言した。


「いやはや、今日は驚くことばかりだぜ。確かに『ガルダックの英雄』の噂は二、三日前から聞くようになっていたが……まさかそれがリョウトたちだったとはな」

「うむ。リョウトといい、祖父のガランといい、もはやこやつの家系は英雄の家系と呼ぶべきやもしれんな」


 ガランという名前と英雄という称号。この二つが組み合わさった時、それが誰を指すのか判らないような者は、おそらくこの国にはいないだろう。


「お、おい、リョウト……今、このちび竜が言ったおまえの爺さんのガランってのは、まさか……」


 震える声でそう尋ねたリントーの質問に、リョウトが祖父の名前を明かにした時。

 「轟く雷鳴」亭の中は再び驚愕に支配されるのだった。




「どうだ、ガクセン? 少しは落ち着いたか?」


 リントーに用意してもらった部屋にガクセンを運び入れ、中のベッドに彼を寝かせると、部屋にあった椅子をその枕元まで引っ張ってきて、ルベッタはそこに腰を落ち着けた。


「あ、ああ。すっかり世話になっちまったな。しかし、驚いたよ。まさか、おまえがまだ生きていたとはな。俺は……いや、俺たちはおまえたちが死んだと聞かされていたからな……」


 ガクセンの言葉を聞いたアリシアが、何か言いたそうにしていることにルベッタは気づいたが、今はそれを無視してガクセンに質問する。


「何があった? どうしておまえが王都の中で魔獣に襲われたんだ? そもそも、銀狼牙(ぎんろうが)は今どうなっている?」


 いつものどこかひょうひょうとした様子は完全になりを潜め、至極真面目にルベッタは質問する。

 対して、質問されたガクセンは視線を下に落とし、両の拳を震えるほどに握り締める。


「銀狼牙は……もう、ない。おまえの親父たちである先代五人が率いた傭兵団、銀狼牙はもうないんだ……今の銀狼牙はただの野盗に落ちぶれちまった……」

「どういう事だ? どうして銀狼牙が野盗なんぞに……そういや、今の銀狼牙を率いているのは誰だ?」


 傭兵団の銀狼牙、いや、今や野盗と成り果てた銀狼牙を率いている者。

 その者をルベッタが尋ねると、ガクセンは身体を震わせて怒りを露にする。


「あいつ……あいつだけは絶対に許せねえっ!! 銀狼牙を貶めた張本人であるあいつ……あの『魔獣使い』の野郎だけは絶対に殺してやらなきゃ気が済まねえっ!!」


 怒りに震えるガクセンの口から飛び出した『魔獣使い』という言葉に、ルベッタは思わず背後のアリシアと顔を見合わせるのだった。



 『魔獣使い』更新。なんと今週二度目の更新です。これは快挙と呼んでもいいのでは? いや、快挙と呼ぶべきだ!


 さて、物語の方はもう一人の『魔獣使い』が登場。とはいえ噂程度の登場ですが。

 そういえば、いつの間にか当『魔獣使い』の総合評価が860を超えました。もちろん、偏に読んでくださる皆様のおかげです。取り敢えずの当作の目標は、総合評価1000を突破する事です。


 早く目標を達成できるよう、次回もがんばっていきますのでよろしくお願いします。

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