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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
35/89

23-第六の魔獣

 領主の館から戻って来たラナークを出迎えたのは、神妙な顔のブラスであった。


「どうした、ブラス。そんな顔をして?」

「も、もしかすると……もしかすると、先日の火災の原因は僕なのかもしれません……」

「何の事だ?」

「ラナークさん……僕……僕、聞いたんです……。今回の火災の原因である、火鼠かそという魔獣の事を……」


 右頬に痛々しい火傷の跡の残る顔を、思い詰めたように歪ませて足元をじっと見詰めるブラス。

 彼もまた、先日の火災では大きな火傷を負っていた。

 顔の火傷は大したことはない。多少の跡は残るかもしれないが、女性ではあるまいし気にするほどのものではない。

 しかし、背中にはけっこう大きな火傷を負っていて、あの日、もう少しルベッタが彼を発見したのが遅ければ命に係わったかもしれなかった。

 もちろん、その火傷はリョウトが癒蛾いやしがのファレナを呼んで治療したため、うっすらと跡が残る程度まで完治している。

 そして気絶から目覚めた彼は、アルトアーノから火災の原因がおそらく火鼠と呼ばれる魔獣であることと、その性質を聞かされた。

 その説明を聞き、彼は思わず愕然とした。

 彼には心当たりがあったのだ。

 あの日。ガルダックの町を焼いた火災のあったあの日。

 アリシアを奪われてやけになった彼が酒場へと向かう途中、腹立ち紛れに蹴り飛ばした石。

 それが飛び込んだ路地の奥で、確かに鼠のような生き物の悲鳴をブラスは聞いた。

 もしも、あの悲鳴を上げたのが火鼠だったとしたら。

 石をぶつけられた事で身の危険を感じた火鼠が、身を守るために出した炎が町を焼いた火災の原因なのだとしたら。


──火災の原因は自分という事になるのではないか。


 ブラスは、アルトアーノから火鼠の話を聞いてから、ずっとその事を考えていた。

 そして今日までずっと良心の呵責に耐えていた彼だったが、とうとう罪の意識に堪えきれなくなった。

 今日はラナークが町に戻ってきた領主であるキルガス伯爵に会うという。

 本来ならそのラナークに同行し、伯爵の前でその事実を明かにすべきなのはブラスにもよく判っている。

 だが、やはり断罪される恐怖にかられ、ラナークに同行を申し出る事は躊躇われた。

 だから、こうして彼が帰って来て一番に、いままでずっと胸の奥で悩み続けていた事を打ち明けたのだ。

 もしも、この話を聞いたラナークが、改めて領主の元へ出頭せよと言うのなら、彼はそれに従うつもりでいた。

 そのラナークは、ブラスから話を聞いた後、しばらくじっと彼を見詰めていたが、やがて彼の肩を叩きながら口を開いた。


「その話には何の確証もないのだろう? ならば、おまえが火事の原因と断言はできない」

「ですが──っ!!」


 何かを言いかけたブラスを、ラナークは真剣な表情で見詰めて黙らせる。


「もういい。今回の火災は事故だ。キルガス閣下も正式にそう発表なさる。仮に本当に火災の原因がおまえだとしても、もうこの件は片づいたのだ」

「そ……それでは……それでは僕はどうしたら……」


 リョウトたちの活躍で、被害は最小限に抑えられたとはいえ、それでも死者も出ていれば負傷者も出ている。

 そんな者たちにどうやって詫びればいいのか。ブラスにはそれが判らない。


「おまえが罪の意識を感じるのなら、その分、町の復興に尽力すればいい。きっとそれが償いとなるだろう」


 ラナークにそう告げられ、ブラスはその場に膝を着き、両手で顔を覆って静かに涙を流す。

 後に彼は、ラナークの言葉通りに町の復興に尽力し、やがてはラナークの後を継いで町のまとめ役となり人望を集める事になる。

 だが、それはまだまだ先の話。今の彼はただただ、静かに涙を流すだけだった。




 既に「ガルダックの大火災」からは二週間近い時間が過ぎていた。

 火災から十日ほどはリョウトたちもガルダックに残り、怪我人を癒したり、倒壊した建物の瓦礫の撤去を手伝ったりした。

 もちろん、その際にリョウトの魔獣たちは、再び大活躍をした。

 特にガドンはその怪力をもって瓦礫の撤去に大いに役立ち、愛敬ある姿で住民の心を癒すことにも貢献していた。

 魔獣たちは好奇心旺盛な町の子供たちにも大人気で、男の子は迫力のあるバロムと、女の子は大人しいガドンと戯れて遊ぶ姿が何度も見受けられた程である。

 最初リョウトが危惧していたような、魔獣を操る彼を気味悪がったり敬遠するような者はガルダックには殆ど存在せず、彼は名実ともに『ガルダックの英雄』として、住人たちから感謝と尊敬の念を向けられていた。

 リョウトもそんなガルダックの人々に対し、感謝の意味も含めて毎夜彼らを元気づけるためにその唄を存分に披露した。

 当然その人気はリョウトだけに留まらず、彼の二人の奴隷たちとリョウトの相棒とも言うべきローまでも、『ガルダックの英雄』の仲間として称えられた。

 特にアリシアはかつてここの領主の娘という事もあり、以前より彼女の事を知っている者も多かったので、一部ではリョウトを上回る人気を誇るほどだった。

 また、小さいながらも竜という珍しい存在のローは、最初こそ恐れられたものの、すぐに町中の人々から親しまれるようになった。

 そんなリョウトたちだったが、ある程度町の復興が軌道に乗ったのを見計らい、多くの人々に惜しまれつつもガルダックを後にしたのだった。




 往路はアリシアの兄の死の真相を確かめるため、バロムに乗って道程を急いだリョウトたちだったが、復路はそんな理由もなくのんびりと徒歩で王都を目指していた。

 そして途中のとある宿場町をその日の宿に決めた日の事。

 路銀の足しにと酒場で何曲かリョウトが唄を披露し、そして取った部屋へと戻って寛いでいた後。

 不意にルベッタがリョウトにこんな質問をした。


「リョウト様。正直に答えて欲しい」


 相変わらず三人一緒にベッドに入り、一通り情事を交わした後の気だるいながらもまったりとした空気の中で。

 ルベッタはリョウトのむき出しになっている左腕の縁紋(えにしもん)に、ゆっくりと指を這わせながら尋ねてくる。


「ここにあるリョウト様の縁紋は全部で六つ。だが、俺たちが知るリョウト様の魔獣はまだ五体だ」


 そう言われて、アリシアも改めて彼の魔獣の数を確認してみる。

 飛竜のバロム。斑熊(まだらぐま)のガドン。闇鯨(やみくじら)のマーベク。癒蛾(いやしが)のファレナ。そして最近彼と縁を結んだ岩魚竜(いわぎょりゅう)のフォルゼ。

 確かに、アリシアがこれまでに眼にしたリョウトの魔獣は全部で五体しかいない。

 つまり、アリシアやルベッタが見たことのない魔獣が、もう一体いる事になる。


「なあ、リョウト様?」


 いつの間にか裸のままリョウトに覆い被さるような体勢になったルベッタが、いたって真面目な表情でリョウトの顔を覗き込む。


「リョウト様の最後の六体目の魔獣。それは暗黒竜バロステロスではないのか?」


 暗黒竜バロステロス。

 その名前を聞いたアリシアが小さく息を飲む。

 このカノルドスに住む者にとって、厄災以外の何者でもないその存在。

 その名前を聞いただけで、誰もがアリシアと同じような反応を見せるだろう。


「以前、リョウト様は言ったよな? かの暗黒竜は生きていると。そして暗黒竜は自分自身に封印を施していると」


 ルベッタのその言葉に、リョウトは黙って頷いた。


「だが、俺はこう考えている。リョウト様と暗黒竜の間に結ばれた縁紋。それこそが、暗黒竜の封印ではないのか、とな」

「確かにね……もしもルベッタの言う通りだとしたら、みだりに人前で呼び出したりはできないわね……」

 カノルドス王国の人々にとって、恐怖の象徴ともいうべきバロステロスを従えているとなれば、『ガルダックの英雄』の名声も一気に地に落ちる。

 それ程の禁忌なのだ。バロステロスという名前は。


「どうだ? 俺の考えは外れているか?」


 自信ありげに微笑むルベッタ。

 そんなルベッタに、リョウトは苦笑しながら首を横に振った。


「僕が縁を結んだ六体目の魔獣はバロステロスじゃない」

「ではどんな魔獣なんだ? どうして今まで呼び出さなかった?」

「気難しいというか色々と制約のある魔獣やつでね。おいそれとは呼び出せないのさ」

「ほう。だが、そんな事を言われると余計に見てみたくなるというものだぞ?」


 ルベッタの目には明かに好奇心が渦巻いていた。ふと隣を見れば、アリシアがやはりどこかうずうずとした表情をしている。


「仕方ない。呼び出してもいいけど、責任はルベッタに取ってもらうよ?」

「え?」


 責任を取れと言われて、ルベッタの顔が一瞬で青ざめる。

 未知の魔獣に対して責任を取れなどと、何をされるのか判ったものではないルベッタは、自分の好奇心を恨むがもう遅かった。


「ルルード!」


 いつものように縁紋が淡く輝き、リョウトの傍に黒い亀裂が現れる。

 だが、いつもなら魔獣たちはその亀裂を潜り抜けるようにやってくるのに、今回は少々違った。

 亀裂から滴るように黒い粘着性の高い何かが溢れだし、どろどろと部屋の床に堆積していく。その量は人間二人分ほどだろうか。


「こ……これが魔獣……なの?」

「ああ。僕はこいつを黒粘塊(くろねんかい)と呼んでいる」


 黒粘塊、いわゆるスライムという奴である。


「こいつは呼び出す度に何か餌を求めるんだ。まあ、ルルードはその気になれば植物だろうが動物だろうが石以外は何でも消化して吸収するんだけどね。だけど……」


 ちらり、と意味有りげにリョウトはルベッタへと視線を動かした。


「こいつの一番の好物は、人間の皮膚から出る汗や老廃物……垢なんだよ」

「ま……まさか……」

「さあ、ルベッタ? さっきも言ったが責任を取ってもらうよ?」


 リョウトがそう言った途端、黒粘塊のルルードは先程から青ざめたままのルベッタに飛びかかった。

 ルベッタも慌てて逃げようとするが既に遅く。どぷんとルベッタの身体をルルードはあっさりと包み込んだ。

 床の上で黒粘塊に包まれ、悶えるように身体を動かすルベッタ。


「ちょ、ちょっと、ま、待って……そ、そんなと……ころ……やぁ……ん……だ……めぇ……ぁぁん……」


 呼吸ができるように頭だけは包まない配慮はされているようで、黒粘塊から頭だけを出したルベッタは全身を這い回る何とも言えない感覚にどんどん息が荒く、そして甘くなっていく。

 事実、今ルベッタは全身を舌で舐め回されるような感覚を味わっていた。

 じっくりと。余すところなく。頭以外の身体の隅々まで這い回る舌のような感触は、あっさりとルベッタを官能の高みに追いやって行く。


「だ、大丈夫なの……?」


 リョウトがルベッタを傷つけるような事をするとは思えないが、ルベッタの様子を見ているとやはり心配になってくる。


「大丈夫だよ。確かにルルードはその気になれば何でも消化してしまうが、ルベッタに傷を負わせるような事はしないからね。ただ、彼女の体中の老廃物を舐め取っているだけだ」


 それどころか、身体中から老廃物や角質といったものを取り除いているので、逆に美容にはとてもいいぐらいなのである。


「どうだい? アリシアもルルードに全身の老廃物を取ってもらうかい?」

「え、遠慮するわ……」


 身悶えるルベッタを見ながら、アリシアは首を横に振る。

 やがてルルードは満足したのか、ルベッタを解放すると黒い亀裂の向こうへとゆっくりと消えて行った。

 そしてアリシアは、ルルードから解放され、息も絶え絶えに床で踞るルベッタの、上気したその白い肌が確実に艶やかさを増しているのを見た時、やっぱり自分もやってもらえば良かったかなとちょっとだけ思ったのだった。




 『魔獣使い』更新。


 本当なら更新するのは『怪獣咆哮』の予定だったのですが、中々筆が進まないのでこちらが先になりました。

 次回こそ、『怪獣咆哮』が更新できたらいいなぁ。


 で、今回はリョウトの第六の魔獣の紹介。

 この魔獣の真価は防御にこそあります。別に美容のための魔獣ではありません(笑)。

 なんせ粘塊なので、斬っても叩いても意味なし。某コンピュータRPGのような雑魚ではなく、古式のTRPGに登場する始末の悪い難敵のタイプです。


 では、次回はリョウトたちも王都に戻ります。できればルベッタ編といきたいところですが、果たしてどうなるか。


 次回もよろしくお願いします。

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