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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
29/89

17-帰郷

 旧カルディ伯爵領ガルダック。

 この町は北方に位置するカノルドス王国では最南端に属し、その温暖な気候を利用して様々な農作物を育てている。

 だが、この町の最大の名産は各種の葡萄ぶどうであり、その葡萄を利用したワインであった。

 そして、このガルダックでも最大の栽培面積を誇る葡萄農園に、三人の魔獣狩り(ハンター)が訪れたのは、もうすぐ日が沈もうという頃合いだった。




 この農園の主であるラナーク・カルディは、農園に併設されているワイナリーで彼の片腕であり、また農園の後継者と認めているブラス・グラームと一緒に、ワインの熟成具合を確かめていた。

 そこへ、農場で働く使用人の一人が慌てて飛び込んで来た。


「ラナークの旦那! 大変だ!」

「どうした? 農園に魔獣でも出たのか?」


 使用人の言葉に、ワイナリーにいた四十過ぎの恰幅のいい男性が振り返る。

 同時に、その男性の隣にいた細身の若い男もまた、飛び込んで来た使用人へと視線を移す。

 四十過ぎの男──この農園の主であるラナークの言葉通り、極稀にだが、農場に魔獣が姿を見せる事がある。

 とはいえ、魔獣と言ってもその殆どが低位の魔獣ばかりで、使用人が農具を振り回して追い立てればそのまま逃げ出す。

 もっとも、過去に一度だけ赤熊あかぐまと呼ばれる赤い毛並の大型熊の魔獣が現れた事があった。

 赤熊は普通の熊と同じく雑食性であり、葡萄目当てに農園に姿を現したようで、その時は町の守衛の兵たちが追い払い、それ以後は大型の魔獣は姿を見せていない。


「違いますよ、ラナークの旦那! 魔獣じゃなくて魔獣狩りですぜ!」

「魔獣狩り?」


 そう呟いたのはラナークではなくブラスであった。

 このガルダックの周囲に魔獣は少ない。そのためここを訪れる魔獣狩りは多くない。

 もちろん、ガルダックに魔獣狩りが皆無というわけではなし、旅の途中でたまたまガルダックに宿泊する者だっている。

 しかし、そんな連中は町の中央近くにある酒場や宿屋へ向かうのが普通である。それがなぜこの農園へやって来るのか。

 ブラスがその疑問に悩んでいる間に、ラナークは飛び込んで来た使用人に更に詳しい話を聞いていた。


「その魔獣狩りは何人ぐらいいるんだ?」

「へえ、三人でした。若い男が一人と、その男と同じ年頃の女が二人で」


 年若い三人組みの魔獣狩り。しかもその構成人員が男一人に女二人。

 その構成にラナークは心当たりがあった。

 それは少し前に届いた娘からの手紙。その手紙に書かれていた娘の近況に、似たような事が書かれていたのだ。


「別段心配する事はあるまい。おそらくだが、その魔獣狩りは娘とその仲間たちだろう」

「娘って……ま、まさかアリシアですか?」

「あ、アリシアお嬢さんっ!?」


 アリシアの名前を聞かされたブラスはすごい勢いでワイナリーを飛び出して行く。

 その場に残されたラナークと使用人の男は、互いに顔を見合わせると「若いなぁ」などと呟きながら苦笑する。


「でもラナークの旦那。本当にあの魔獣狩りたちの一人がアリシアお嬢さんなんですかね?」

「まあ、儂も確証があるわけではない。だが、アリシアの性格を考えれば、兄が亡くなったと知れば急いで戻ってくるだろう。しかし、少しばかり早すぎるのが気になるところだが……」


 ラナークが娘に手紙を出したのが十日ほど前。問題がなければ手紙は王都にいるというアリシアの元に届いているだろうが、仮にアリシアが手紙を受け取ってすぐに王都を発ったとしても、王都からガルダックまでの距離を考えるといくら何でも早すぎる。


「まあ、いい。会えば全て判るだろう」


 ワインの入った樽の蓋をしっかり閉めると、ラナークはおそらく娘であろう人物を出迎えるためにワイナリーを後にした。




「アリシアっ!!」


 自分を呼ぶ声に、主であるリョウトの後ろを歩いていたアリシアは、声のした方へと顔を向けた。

 そしてそこに、ここにいるはずのない人物の姿を見て驚愕する。


「ブラスっ!? あなたがどうしてこの農園にいるの?」


 ブラスと呼ばれた細身の男は、アリシアに名前を呼ばれると嬉しそうに破顔し、大慌てで彼女へと駆け寄る。


「この農園に現れた魔獣狩りがおそらくアリシアだと聞いてね。思わず飛んで来てしまったよ。ああ、アリシア、再会できて僕はとても嬉しいよ」


 今にも抱きつかんばかりの勢いでアリシアに迫るブラス。彼はいつの間にかアリシアの両手を手にとり、自分の両手で包み込むようにしていた。

 ブラスのその一方的な物言いに、アリシアは困惑してブラスとリョウトたちを交互に慌ただしく見る。

 対して、リョウトはそんなアリシアを微笑ましげに見詰め、そしてルベッタはどこか黒そうな笑みをにやりと浮かべていた。

 やがて、いつの間にか騒ぐ彼らを取り巻くように人垣ができていた。

 集まっているのはこの農園で働く使用人や、たまたまここを訪れていた行商人など。

 そんな人垣の一部が突然割れると、そこから四十過ぎの恰幅の良い男性が現れる。


「やはりアリシアだったか。おかえり、アリシア」

「お父様!」


 その姿を認めたアリシアが、目の前のブラスをあっさりと振り切って父へと駆け寄る。

 その際、「強力(きょうりき)」の異能によって高められたアリシアの筋力は、ブラスの身体を易々と数メートル程すっ飛ばしていたりしたが。

 父であるラナークの胸に嬉しそうに飛び込むアリシア。ラナークもまた、飛び込んで来た愛娘を愛しそうに抱き留めていた。


「只今戻りました。お父様」

「ああ。元気そうで何よりだ」

「はい。ですが兄様は……」


 それまで嬉しそうに輝いていたアリシアの顔が曇る。


「あいつの死に関しては家に帰ってから詳しく話そう。ところで──」


 ラナークの視線が腕の中の娘から、少し離れて親子の再会を見ていたリョウトたちに向けられる。


「おまえのお仲間たちを儂に紹介してくれないか?」




 その後、ラナークとブラスに案内されたリョウト一行は、農園主であるラナークたち一家が暮らす母屋へと案内された。

 そこで、リョウトたちはアリシアの母親と対面する。


「アルトアーノ・カルディといいます。いつも娘がお世話になってしまって。どうか私の事はアルトと呼んでくださいね?」


 そう告げたアリシアの母、アルトアーノはアリシアにとてもよく似た女性だった。

 アリシア同様の赤みの強い金髪と碧眼。アリシアをあと二十年程年を取らせたら、きっと彼女のようになるだろうとリョウトは思う。


「お初にお目にかかります。リョウト・グラランです」

「俺はルベッタだ。事情により姓は捨てた。だから、ただルベッタと呼んでくれればいい」


 ルベッタの外見とまるで齢を重ねた熟年男性のような喋り方の相違に、初対面のアリシアの両親はさすがに若干戸惑ったようだが、すぐにそれを引っ込めて笑顔になる。

 そして。


「僕はブラス・グラームだ」


 ブラスは細身で背の高い男だった。

 リョウトよりも僅かに高い彼の身長は、おそらく180センチ前後だろう。見た目の年齢は二十歳程か。

 だが、幼い頃より祖父に鍛えられたリョウトとは違い、ブラスは単に身長が高いだけのひょろりとした印象が強い。

 彼はかつてグラーム子爵家の嫡男だったが、『解放戦争』で旧王国派についたグラーム家は戦後に爵位を剥奪されて財産も没収、両親もまた罪を問われて断罪された。

 しかし、罪を問われたのは両親のみであり、彼自身は何の罪も負う事はなかった。というのも、グラーム家はそれ程勢力の強い家柄ではなかったからだ。

 その後、自分自身以外の全てを失って途方に暮れていた彼を拾ったのが、遠縁にあたるラナークだった。

 以後、ブラスはラナークの農園を手伝って暮らしている。

 これは後日に使用にたちから聞き込んだ話なのだが、息子を見限り娘には好きな事をさせようと思っているラナークは、ブラスに農園を継がせるつもりらしいとの事だった。

 そしてそのブラスはといえば、この母屋に来て以来じとっとした眼でリョウトを見据えていた。


「君とアリシアはどういう関係なのかな? この際だからはっきり言っておくが──」


 ブラスは両親の傍にいたアリシアの腕を取ると、そのまま自分の腕の中に引き込む。


「彼女は……アリシアは僕の婚約者だ。魔獣狩りの仲間か何か知らないが、その事を肝に銘じて彼女と付き合ってくれたまえ」


 ブラスのこの宣言に、思わずぽかんとした表情を浮かべるリョウトとルベッタ。

 いや、ブラスに抱かれているアリシアもまた、リョウトたちと同じような表情を浮かべていた。


「アリシアは将来僕の妻になる女性だからね。できれば魔獣狩りなんて危険な真似はさせたくないが、父親であるラナークさんが容認している以上、僕があれこれ言っても仕方ない事だと思っている」


 尚も滔々(とうとう)と語り続けるブラスの耳に、どこからか笑い声が聞こえてきた。

 むっとした表情で笑い声の主を見据えるブラス。いや、ブラスだけではなく、この場にいる全員が笑い声の主に視線を注いでいた。

 すなわち、ルベッタに。


「くっくっくっくっ……いや、済まん済まん。いきなり笑い出してしまって。しかし、彼がこの前おまえが寝物語に言っていた婚約者殿か。くくく、よし、判った。リョウト様の事は俺が責任をもって面倒を見るから、おまえは婚約者殿でもリークスでも好きな男の所へ行ってしまえ」

「ちょっと! どうして私がリョウト様以外の男の所に行かなくてはならいの? そもそもブラス!」


 ブラスの腕の中から抜け出したアリシアは、その碧の瞳を細めて今まで自分を抱き留めていた男を睨み付ける。


「あなたとの婚約はお互いの家が貴族でなくなった時点で解消している筈でしょう?」

「そ、そんな! 僕は例え君が貴族の令嬢じゃなくなっても君を妻に迎えたいとずっと思っていたんだよ! ラナークさんだってそれを認めている!」

「そうなのっ!? お父様っ!!」


 射抜くようなアリシアの視線がブラスからラナークへと移され、当のラナークは一瞬だけ気圧されたような表情を浮かべた。


「い、いや、儂は別にお互いが納得していれば結婚しても構わないと言っただけだが?」

「なら、私もはっきり言うわ、ブラス。私はあなたとは結婚しない。私はリョウト様と共にありたいの」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、アリシア!」


 ばっさりとブラスを斬り捨てたアリシアに、泣きそうな顔でブラスが縋り付く。

 ちなみに、アリシアの「リョウトと共にありたい」という告白に、父であるラナークは探るような視線をリョウトに向け、母のアルトアーノは面白そうにリョウトたちを見比べていた。


「い、今、君はこの男を『リョウト様』と呼ばなかったかい……?」

「ええ、呼んだわ。それがどうかしたの?」

「どうして元とはいえ伯爵家の令嬢である君が、この男に『様』を付けて呼ぶんだ?」

「どうしてって……それは私がリョウト様の奴隷だからよ?」

「えっ!?」


 この言葉に、ブラスだけではなくラナークとアルトアーノの顔からもすっぱりと表情が抜け落ちた。

 両親たちのこの反応を見たアリシアは、ふとある事を思い出した。

 この前両親宛に出した手紙には、今の近況こそ書いたものの、奴隷に落ちた事は一切書かなかった事を。

 すなわち、両親とブラスは知らなかったのだ。今の彼女がリョウトが所有する奴隷である事を。


 『魔獣使い』更新しました。


 今回はアリシアの家族と自称婚約者の顔見せ。

 次回はアリシアの兄の死の原因についてちょこっと説明を入れようかと。もっとも、『辺境令嬢』の方を読めば既にほぼ説明されていますが。

 ええ、アグール・アルマンの脱獄に協力して殺されたのがアリシアの兄です。

 こんな感じで『魔獣使い』と『辺境令嬢』は少しずつクロスしています。


 では、今後もよろしくお願いします。

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