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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
28/89

16-家族

「何? いないだと?」


 「轟く雷鳴」亭のカウンターで、一人の魔獣狩り(ハンター)らしき男が主人であるリントーの話を聞いて顔を顰めた。

 金属製の防具に得物は槍。そのいでたちから、それなりの経験はあるものの、まだまだ熟練の魔獣狩りと呼ぶには少々早いその男。

 カウンターの奥の厨房で間もなく訪れる夕食時の料理の下拵えを続けながら、リントーはその男へと振り向く事もなく言葉を続けた。


「ああ。何でもアリシアの実家で何かあったとかでな。急いでリョウトたちはアリシアの実家へと向かったぜ」

「な、何だってっ!? あ、あああ、アリシアさんの実家だと……っ!?」


 まるで芝居を演じる役者のような大げさな身振りで驚く男を、リントーは横目で訝しそうに見る。

 ちょうどその時。

 「轟く雷鳴」亭の扉が開き、一人の女性が店内に入って来た。


「こんにちは、リントーさん。リョウトさんはいますか? はい」

「おう、アンナか。何だ、おまえもリョウトに用事か?」


 店に入って来た女性──アンナにリントーがにやりとした意味有りげな笑みを浮かべて答えると、カウンターにいた男がアンナへと振り向く。


「はい? あ、リークスさんじゃないですか。そう言えば王都に拠点を移すって言ってましたね。今日着いたんですか?」

「ああ。先程王都に着いたばかりだ」


 表情を曇らせながらそう言うリークスの様子に首を傾げるアンナ。彼女の視線は自然とリークスからリントーへと移動する。


「そこの兄ちゃんにも言ったんだが、リョウトたちならいないぞ」

「え? もうどこかへ出かけちゃったんですか?」


 岩魚竜(いわぎょりゅう)狩りから王都に帰って来たのが三日前。

 そもそもアンナは岩魚竜狩りに同行する際、勤め先である王立学問所には「生きた魔獣の観察」という名目で休みを申請してあったので、実際に目にした岩魚竜に関する報告書も上げる必要があった。

 それ以外にも休んでいた間に溜まっていた仕事もあり、それらを片付けるのにアンナは三日を要したのだ。

 そして今日、ようやくその報告書や仕事が片づき、こうして三日振りに「轟く雷鳴」亭にやって来たのだが、まさかその三日の間に既にリョウトたちが旅に出ていようとは思いもしなかったアンナである。


「それでリョウトさんたちはどこへ行ったんです? はい」

「それもこっちの兄ちゃんに言った事だが──」


 リントーはちらりとリークスに視線を飛ばす。

 どうやらこの男はアンナと知り合いらしい。そしてリョウトたちとも面識があるようだ。

 それなら、リョウトたちの行き先を教えても別に問題はないだろうと判断したリントーは、リョウトたちが向かった場所の名をアンナとリークスに告げる。


「──あいつらの行き先はアリシアの故郷、旧カルディ伯爵領の町、ガルダックだそうだ」




 王都から幾つかの町を経て旧カルディ伯爵領ガルダックへと続く街道。目的地であるガルダックまであと半日程のところを、リョウトと彼の二人の奴隷であるアリシアとルベッタは歩いていた。

 王都からガルダックへは普通徒歩で一週間から十日程の日程だが、リョウトたちが要した時間は約一日半。

 もちろんそれは途中までバロムに乗って来たからだが、まさかバロムに乗ったまま町中や町の近くに降りるわけにはいかず、敢えて半日程離れた場所でバロムから降り、徒歩でガルダックへと向かっている。

 街道には彼ら以外にもちらほらと旅人や行商人の姿が見受けられ、時々物々しいいでたちのリョウトたちに不審そうな視線が向けられる。

 今、彼らが身につけているのはいつもの魔獣鎧(まじゅうがい)魔獣器まじゅうき。ガルダック出身のアリシアによると、この辺りには魔獣の生息数が少なく、ガルダックを拠点にしている魔獣狩りもあまり数は多くはないとの事。

 そんな土地でいかにも魔獣狩りといった外見のリョウトたちは、確かに不審がられても不思議ではない。

 また、彼らが人目を集めているのはアリシアとルベッタが標準以上の美女であるの事も理由の一つだった。

 見目麗しい二人の美女が、一人の青年の後ろに控えるように並んで歩いていれば注目を集めても仕方がないというものだろう。

 しかも、その美女たちが物々しく武装していれば尚更だ。

 だが、当のリョウトたちは集められる視線などまるで気にもせず、ただ淡々と目的地であるガルダックへと歩を進める。

 もちろん、道中黙り込んだままずっと歩いているというわけではなく、とりとめもない雑談を交わす事もあれば、この辺りの気候や風習、上手い料理などを出身者であるアリシアに聞いたりと、急いではいるものの気分的にはゆったりとした旅程であった。




「確かに兄が亡くなったと聞いて驚きはしたけど……正直、悲しさはあまり感じていないの」


 アリシアがそう言ったのは、兄の死を告げた手紙を受け取った日の夜、ベッドの中でリョウトの腕に抱かれながらだった。


「なぜだ? 仮にも肉親の一人を失ったのだろう?」


 そうアリシアに聞いたのは、ベッドの中でリョウトの身体を挟んで反対側にいるルベッタ。


「私と兄は昔からあまり仲が良くなかったの。容姿はともかく、性格は全然似ていなかったしね」


 リョウトの胸に頭を載せてアリシアは言う。


「父は娘の私から見ても立派な人だった。領民思いの領主で、領地内の事にはいつも気を配っていたわ」

「だが、確かアリシアの家は『解放戦争』の際、旧王国側に与して爵位を取り上げられたんだろう?」


 リョウトの問いにアリシアは彼の胸に頭を載せたまま黙って肯く。


「ええ。父は領民のためもあって中立を貫きたかったようだけど、旧王国派だった母の実家からの脅迫紛いの誘いを断りきれなくて……その後は今リョウト様が言った通り」

「なるほど。貴族ともなれば色々としがらみもあるってわけだな」


 アリシアと同じようにリョウトの胸に頭を載せたルベッタが言った。互いにリョウトの胸に頭を載せた姿勢でいる二人は、自然と間近で向き合う体勢になる。


「父は先程も言った通り、領地と領民を何より大切にしていたわ。貴族だからって驕るような人ではなかった。母と私はそんな父が好きだったから自然と父と同じ考えを持つようになった。でも……」


 ルベッタの目の前。碧の宝石のようなアリシアの瞳に影が差す。


「……兄は違った。兄は選民思想が強くて貴族だという事に異様な拘りを持っていたの」


 幼い頃より、アリシアの兄は貴族だという矜持が異様に強く、平民を見下しまるで家畜でも見るような目で領民たちを見ていた。

 あの頃の兄が領民たちを見る、蔑んだ視線をアリシアはいまだに忘れる事ができない。


「そして『解放戦争』で旧王国派は敗れ……旧王国派に荷担した貴族は尽く処罰された」


 旧王国派、もしくは旧貴族派と呼ばれる敗者たちは、それまでの驕り高ぶった責を一斉に支払う事になる。

 旧王国派に与した殆どの貴族は爵位を剥奪され、財産を没収された後に殆どが斬首刑に処せられた。中には奴隷に落とされた者もいる。


「私の家、旧カルディ伯爵家は旧王国派に協力したけど、元々領民思いだった父は領民たちからもとても尊敬されていたから、今までの功績と領民たちの嘆願もあり、爵位こそは剥奪されたけど財産も没収されなかったし、特別な処罰も受けなかったの」


 一度は旧王国派に与した以上、何らかの処罰を受けるのは当然だ。

 それが爵位の剥奪だけで済んだのは、それまでずっと領地と領民を愛していた元カルディ伯爵の行いを新国王が認めてくれたからだろう。


「確かに旧王国派でありながら、爵位の剥奪だけで済んだのは最も軽い刑罰だろうね」

「ええ。私もリョウト様と同じ考えよ」

「だが、今までの話を聞いたところだと、おまえの兄上殿はそれに絶対納得しなかったんじゃないか?」


 それまで選民思想にどっぷりと浸かっていたアリシアの兄が、ずっと見下してきた平民と同じ立場に立たされたのだ。そんな彼女の兄がどう思うかなど、ルベッタでなくとも子供でも判るというものだろう。


「ええ。ルベッタの思った通りね。兄は貴族でなくなった事で荒れに荒れたわ。そんな兄にとうとう愛想を尽かせた父は、知人の伝手を頼って兄を王国軍に入れたの」

「それはまた……おまえの父君も思いきった事をするものだ」


 くつくつと目の前で笑うルベッタ。父から兄を軍に入れると聞いた時、アリシアも今のルベッタと同じ思いを抱いたものだ。


「しかし、正直言って君の兄が軍の中で上手くやっていけるのか?」


 頭の上から聞こえてくるリョウトの声に、アリシアはくすりと笑うと彼を見上げる。


「今の王国軍は完全に実力主義よ。だから元貴族とはいえ、大した実力も持たない兄は、軍の底辺近くで毎日激しく鍛えられていたそうよ」


 爵位を剥奪されるまで、貴族であるという事に胡座をかいていたアリシアの兄。当然それまで武術の鍛錬をしている筈がない。

 以前のカノルドスの軍なら貴族の肩書きだけでそれなりに出世もできたが、今のカノルドス軍で何の鍛錬もしていない者が出世できるわけもなく。

 結果、軍の中では雑兵として毎日激しくしごかれていたそうだ。

 当然アリシアの兄には様々な不満が蓄積していくが、それが今回の悲劇を招く事になった。


「そういえば、おまえはどうなんだ?」

「え? 何が?」

「いや、おまえの兄は鍛錬らしいものは全くしていなかったのだろう? なら、おまえはどうなのかと思ってな。貴族の令嬢だったおまえが何らかの武術の鍛錬をしていたとは思えないが……」


 元貴族の令嬢でありながら今では魔獣狩りとして、そして何よりリョウトのために剣をふるうアリシア。

 その彼女がいつ頃から鍛錬を始めたのか、元傭兵であるルベッタはその辺りに興味があった。


「私が剣の鍛錬を始めたのは、貴族でなくなってからよ。元々ある理由から魔獣狩りには憧れていたけど、貴族の娘が魔獣狩りになるわけにもいかないでしょ? でも、もう我が家は貴族ではなくなったから……私も貴族という枷がなくなって好きな事をやろうと思って魔獣狩りになったの。もちろん、父の許可も得てね」

「…………なに?」


 アリシアが貴族でなくなったのは『解放戦争』以後の事。ならば、彼女が剣をふるうようになってから僅か二年と少ししか経っていない事になる。

 ルベッタの見たところ、アリシアの剣の腕は現時点でも相当なものだ。もちろん、超一流というわけではないが、それでも一流と呼べる領域に片足を架けていると言っていいだろう。

 その領域まで僅か二年で到達していようとは。これもまた彼女の天賦の才かと、ルベッタは感心半分呆れ半分といった心境だった。


「ふむ。ではもう一つ尋ねるが」

「今度は何よ?」

「おまえも元貴族令嬢というのなら、ここはお約束通り婚約者とか許婚とかいったものはいなかったのか?」


 ルベッタはにまにました意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう尋ねる。

 対して、びっくりしたような表情を浮かべたアリシアは、真顔でルベッタに聞き返す。


「どうして知っているの? 私に婚約者がいた事を」

「…………本当に婚約者がいたのか……」


 そう呟いたのはルベッタではなくリョウト。

 アリシアにかつて婚約者がいた事実は、ルベッタだけではなくリョウトにも気になる事だった。


「もちろん、婚約者といってもお決まりの親が決めた婚約者よ? 母方の遠縁にあたる人で、過去に数度しか会った事はないの。それに相手の家も旧王国派に与していたから、戦後に取り潰されてしまってもう婚約者といっても過去の話でしかないわ」


 安心した? とばかりに自分を見上げて微笑むアリシアの頬に、リョウトはそっと掌を這わせる。

 そのすべすべとした馴染みの感触が、ほんの少し嫉妬に起伏したリョウトの心を平坦なものに変えたのは彼だけの秘密である。



 『魔獣使い』更新。


 この『魔獣使い』だけに限らず全体的に更新が遅れておりますが、何とかこうしてちまちまと更新しております。

 次の更新予定は『怪獣咆哮』。今週中には更新できたらいいな。

 それでもし余裕があれば、『辺境令嬢』も更新したいです。

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