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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
27/89

15-危急を告げる手紙


 岩魚竜(いわぎょりゅう)のフォルゼと新たに(えにし)を結んでから数日後。

 リョウトと彼の二人の奴隷たち、そしてアンナは再び王都ユイシークに戻って来た。

 ゼルガーでリークスと別れる際、彼は自分も拠点を王都に移すと言っていた。

 なぜ拠点を移すのかとリョウトに問われたリークスは「俺とおまえが魂の兄弟だからだ!」と頻りに主張していたが、その際にちらちらとアリシアをしきりに気にしていたりして、それだけが理由ではないのは明白だった。

 今の拠点にしている「雲雀(ひばり)の止まり木」亭の部屋を片づけなどをして、拠点移動の準備に一日か二日かかるというリークスより先行したリョウトら一行。彼らはゼルガーから出てしばらくすると、前回同様バロムを呼び出して空路で王都へと向かった。

 脱皮したことによって前回の時よりも大きくなっているバロムは、その背に四人の人間を乗せても十分な速度で飛ぶことができ、リョウトたちはあっという間に王都ユイシークへと戻って来たのだった。



 王都の中央広場で王立学問所の寮へ一度戻るというアンナと別れ、リョウトたち三人は「轟く雷鳴」亭の入り口をくぐる。


「へい、いらっしゃいっ!! って、おお、リョウトたちじゃねえか!」


 途端、聞こえて来た主人のリントーの声に、リョウトは王都に戻ってきたのだという実感が改めて沸いた。


「どうやらその顔からして、岩魚竜の狩りに成功したようだな?」


 にやりと笑うリントーに対し、リョウトは右手の親指を上に突き出して応える。

 そしてリントーのいるカウンターに近づくと、懐からひび割れた岩魚竜の鱗を取り出してそこへ置いた。


「岩魚竜討伐の証拠として提出する。確認してくれないか」


 リントーは鱗を手に取ると、じっくりとそれを観察する。


「確かに岩魚竜の鱗に間違いないようだな」

「ああ。これでコラー川を騒がせていた岩魚竜はもう出ないよ。もし出たとしたら、それは別の個体だ」

「了解した。じゃあ、これが今回の報酬だ。受け取んな」


 カウンターの上にどんと載せられた布袋。載せられた時に聞こえた小さな金属音から、中身が大量の銀貨であることは間違いあるまい。

 もちろん、この銀貨が全てリョウトの物になるわけではなく、リョウトの取り分は三分の一である。

 残りはアンナとリークスの取り分であり、リョウトの奴隷であるアリシアとルベッタには基本的にこれらの銀貨を受け取る権利はない。

 彼女たちが銀貨を受け取るとしたら、それは主であるリョウトが自分の取り分から彼女たちへと分け与えるものだけだ。

 今回、王立研究所の職員という本来の仕事を休んでまで参加したアンナ。どうやら無理に願い出た休暇の分の給料は減らされると言っていたが、それを補うに充分な報酬を受け取る事になる。

 本来なら岩魚竜を狩るのに力不足であった筈のリークスにも、今回の報酬は十分な額となるだろう。


「よぉぉぉぉしっ!! 今日はリョウトたちの討伐成功祝いだ! てめぇら、今夜は俺の奢りだぜっ!!」


 リントーの宣言に、居合わせた魔獣狩り(ハンター)たちから喝采が上がる。


「リョウトも今夜は景気のいいやつをばんばん頼むぜ?」

「もちろん。喜んで唄わせてもらうよ」


 二人はそう言ってにっこりと笑い合うと、がつんと一度拳同士を打ち合わせた。



 その日の勤めを終え、その男はどこかで一杯引っかけようと考えて夜の王都を歩いていた。

 さて、どの店に行こうかと考えた彼の頭を、以前から馴染みのある人物が店主を務める店の名前が過る。


(久しぶりにあのおっさんの店に顔を出してみるか)


 そして彼が足を向けた先、「轟く雷鳴」亭という名前の酒場兼宿屋の程近くまで来た時。

 彼の耳に陽気な笑い声と大勢が足を踏み鳴らす音、そして景気のいい音楽が聞こえて来た。


「相変わらず賑やかな店だな」


 男は一人呟くと、嬉しそうに口角を曲げて「轟く雷鳴」亭に向かって足を進める。

 すぐに到達した店の出入り口の扉を慣れた様子で押し開ける。途端、先程から聞こえていた賑やかなざわめきが、大音量で彼へと襲いかかって来た。

 あまりの音量に一瞬だけ顔を顰めるも、男は店の中の賑やかさに思わず相好を崩す。そして居合わせた人々の間を器用に擦り抜けてカウンターへとやって来た。


「よう、リントーのおっさん」


 カウンターの向こうで忙しそうに、だが同時に嬉しそうに働いていたリントーに、男は片手を上げながら陽気に声をかけた。

 そして、不意に名前を呼ばれたリントーは、自分の名前を呼んだ男の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。


「お、おいっ!! おま……っ!!」


 そんなリントーに、男は器用に片目だけを瞑って人差し指を唇に当てる。リントーもそれで男の言いたい事を理解したのか、最初こそは驚いたもののすぐに嬉しそうな表情に取って代わった。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「おっさんこそ。店も繁盛しているようだしな」


 そういって笑う男を、リントーは改めて良く見てみる。

 庶民が着るような簡素な上下の衣服。特に目立った装飾品の類は見当たらないが、腰に帯びている良く使い込まれた片手用の長剣が剣呑な雰囲気を放っている。


「今日は特に賑やかだな。何かあったのか?」

「ああ、あったとも。少し前に国から岩魚竜の討伐依頼があっただろ? まさか忘れちゃいないよな?」

「ああ、あれか。もちろん覚えているさ……って、おい、まさか、あの岩魚竜討伐がもう終わったって言うンじゃねぇだろうな?」


 軽く驚きを見せる男に、リントーはいつものにやりとした笑みを見せた。


「おいおい、本当かよ。あれの依頼を出してから、まだ二週間ぐらいしか経っちゃいないぜ? それなのにもう狩っちまったのか?」


 信じられないといった風の男に、リントーは再びニヤリと笑うと男の前にあるものを差し出した。

 それはリョウトから岩魚竜討伐の証として提出された岩魚竜の鱗である。

 その鱗を確認した男は、今度こそ驚愕の表情を隠すことなく店の中をぐるりと見渡した。


「で、どいつだ? どいつがこんな短期間で岩魚竜を狩った魔獣狩りだ?」


 相変わらず笑みを浮かべたままのリントーは、その太い指で一人の人物を指し示した。

 彼の指差す方へと振り向きその人物を確認した男は、呆気に取られたような顔で再びリントーへと向き直る。

 なぜなら、彼が指差したところにいたのは魔獣狩りではなく、一人の吟遊詩人だったからだ。


「おいおい、冗談はよしてくれよ。ありゃ吟遊詩人だろ? 確かにいい声と高い技量の吟遊詩人だとは思うが……」


 朗々と響く唄声。そしてその唄を支えるリュートの演奏。そのどちらもが卓越した技術である事は、芸術に関しては門外漢である男にも理解できる程であった。


「冗談なんかじゃねえ。間違いなくあいつが岩魚竜を狩った魔獣狩りだ。本人いわく、本業はあの通り吟遊詩人だって譲らないがな。もちろん、あいつ一人で狩ったわけじゃないぞ? あいつの後ろに二人の女がいるのが見えるか?」

「ああ。金髪と黒髪の二人だな。あれがあの男の仲間なのか?」

「正確にはあの吟遊詩人が所有する奴隷だがな。それと、今回は他にも二人ほど協力した奴がいるらしい」

「へえ」


 男の瞳に好奇の光が宿る。

 もしも、この場に男の同僚や彼を良く知る者たちがいれば、今の彼の表情を見てきっとこう言うだろう。「おまえも随分と『あいつ』の影響を受けたものだな」と。


「面白そうな奴だな。何て名前だ?」

「リョウト。あいつの名前はリョウトだ。中には片紅目(かたあかめ)のリョウトなんて呼んでる奴もいるな」

「片紅目?」

「ああ。あいつの左目は、どういうわけか知らんが紅いんだよ。右は普通に黒いのにな」


 再び男は唄い続けている吟遊詩人──リョウトへと視線を向ける。

 今、そのリョウトは目を閉じて唄っているため、その瞳の色を確認する事はできない。

 だが、リントーが嘘を言っているとも思えないので、きっとあのリョウトという吟遊詩人の左目は本当に紅いのだろう。


「本当に面白そうな奴だ。これでもし、あのリョウトって奴に異能でもあったら、きっと『あいつ』が欲しがるだろうな」


 男がそっと零したその呟きは、店の喧騒に紛れ込んで誰の耳にも届くことはなかった。



 リョウトの唄が終わる。

 観衆たちから投げ込まれた銀貨を、彼の奴隷であるアリシアとルベッタが集めている間に、一人の男がリョウトの元へと近づいて来た。

 年齢は二十歳前後。金色の髪に碧の眼の青年で、簡素な上下の衣服と腰に長剣。

 近づいて来る際の身のこなしと剣の使い込まれ方からして、職業は兵士か傭兵といったところか。

 だが、身につけている衣服が簡素ながらも丁寧な縫製の品物であることから、もしかすると騎士かもしれないとリョウトは推測する。


「見事な唄だったな」


 そして、近づいて来た男はリョウトへと銀貨を一枚指で弾いて寄越した。


「どうも」


 リョウトが弾かれた銀貨を片手で受け取って礼を返す。


「聞いたところによると、あんたは吟遊詩人としてだけじゃなく、魔獣狩りとしても結構な腕だそうじゃねぇか?」

「あくまでも僕の本業は吟遊詩人のつもりなんだけど、最近は魔獣狩りとしての仕事も多いことは確かだよ。不本意ながらね」

「はは、本当に面白い奴だな。今日のところは俺も長居はできねぇンだが、今度は俺の知り合いも連れてくるから、その時も今のようないい唄を頼むぜ?」

「もちろん、いつでも最高の唄で出迎えるよ」

「おう、楽しみにしてるぜ」

「ところで、あなたの名前は? 僕の名前は知っているようだけど、僕はまだあなたの名前を聞いていない」

「おっと、こいつは失礼した。俺は────そうだな、ジェ……いや、ジューン。ジューンと呼んでくれ」


 あからさまな偽名。名乗った方もきっと偽名だという事を隠すつもりもないのだろう。

 悪びれる風もなく一度言い直した辺りがそれを物語っていた。


「じゃあ、またな──っと、そうだった。あんたの奴隷でアリシアってのはどっちだ?」


 ジューンと名乗った男は、銀貨を集めている二人へと視線を向けながらリョウトに尋ねた。


「アリシアならあっちの金髪の方だが。彼女に何か用でも?」

「おお、さっきリントーのおっさんからこれを預かったんだ。アリシアって奴に渡してくれってさ」


 そう言って彼が差し出したのは一通の手紙だった。

 男はその手紙をリョウトに手渡すと、今度こそ背中を向けて店を出ていった。



「ん? リョウト様が話しているのは誰だ?」

「今まで見かけたことのない人ね」


 銀貨を集めていたアリシアとルベッタは、リョウトが見知らぬ男と話しているのに気づいた。

 だが、二人は少し話していただけで、男は別れ際に何かをリョウトに手渡すとそのまま去って行った。


「何か渡したみたいだけど何かしら?」

「さてな。取りあえず、リョウト様の所に戻ろう。疑問は直接聞けばいい」

「そうね」


 集め終えた銀貨を持って、二人は主の元へと戻る。

 そして主の元へと戻った時、その主が何を受け取ったのかは一目で判った。


「手紙……? これをさっきの男がリョウト様に?」

「おいおい、まさか恋文じゃないだろうな? もしかして、さっきの男はそっちの趣味でもあるのか?」


 何やら見当違いのルベッタに、リョウトはこれは僕にじゃないと言い置いて手紙をアリシアへと渡した。


「私に……?」

「くくく、これは本当に恋文だったか? いや、この前のリークスといい、もしかしてあれか? 今がアリシアのモテ期って奴か?」


 からかうようににまにまとした笑みを浮かべるルベッタを無視して、アリシアは自分に渡された手紙の差出人を確かめ、それが誰なのかを悟るとふっと柔らかい笑みを浮かべた。


「残念ながら恋文なんかじゃなく、差出人は父よ」


 微笑みながらリョウトたちにそう告げると、アリシアは嬉しそうに手紙を封から取り出して読み始めた。

 彼女は岩魚竜の狩りに行く少し前、実家に近況報告として手紙を出していたのだ。

 岩魚竜狩りの出発準備にアンナとの悶着、ゼルガーに着いてからも色々とばたばたしたため、今までその事をすっかり忘れていた。

 実家に出した手紙に、今は王都の「轟く雷鳴」亭にいると書いたから、父親もここに着くように手紙を出したのだろう。


「それで? さっきの男は手紙を届けに来ただけなのか?」


 嬉しそうに手紙に目を通すアリシアにそっと笑みを向けると、ルベッタは改めてリョウトに向き直り、先程見かけた男について尋ねた。


「いや、僕の唄を気に入ったから、今度は知り合いを連れて来ると言っていたな」

「ほう。で? 何者なんだ?」

「さあね。でも、身のこなしから傭兵か兵士、ひょっとすると騎士かも──」

「ええっ!!」


 そしてリョウトが続けようとした言葉は、突如上げられたアリシアの悲鳴によって断ち切られた。

 驚いた二人がアリシアを見ると、彼女は真っ白な顔で僅かに震えながら手紙に見入っていた。


「どうした、アリシア?」


 気になったリョウトが声をかけると、アリシアは真っ白な顔色のままゆっくりと彼へと視線を向ける。


「────────────です。」

「え?」


 小さく震えるアリシアの声。よく聞き取れなかったリョウトが聞き返すと、先程よりは大きな声でアリシアが告げた。


「──兄が……兄が亡くなったそうです」



 『魔獣使い』更新しました。


 前回ちらりと書きましたが、今回よりアリシア編とも言うべきものに入ります。

 そんなに長い話にはならないと思われますが、どうかお付き合い願えますよう。


 さて、『魔獣使い』の更新は済んだので、次は何にしようかな?


 では、次回もよろしくお願いします。

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