14-その名はフォルゼ
「異能……だと?」
「それも『魔獣使い』の異能ですか……。はい」
岩魚竜との闘いが意外な形で終結し、先程まで闘っていた場所から少し離れた川縁の林の木陰で腰を下ろして休憩中の一行は、リョウトの異能についての説明を受けていた。
「はい、それではもしや、闘いの前に突然現れたあの闇鯨も……?」
尋ねるアンナに、リョウトは頷く。
「ああ。あれも僕が縁を結んでいる魔獣の一体で、名をマーベクという。そして、これが今説明した縁紋だ」
リョウトが左腕の防具を外し、その下の衣服の袖を捲り上げる。
そこには何らかの生物を意匠化したような痣が確かに六つ並んでいた。
「本当に一つ増えているな」
「ええ」
以前からリョウトの縁紋を知るルベッタとアリシアも、彼の左腕に現れた六つ目の縁紋に驚きが隠せない。
だが、リョウトの縁紋を見て最も驚いていたのはリークスだった。
「……そ、それは……いや……だが……しかし……」
リョウトの縁紋をぶつぶつと呟きながら食い入るように見詰めるリークス。
その尋常ではない様子に、一同は首を傾げる。
ただ、アリシアだけは戦闘中の彼の奇行を知っているだけに、すすっと何気なくリョウトの方へと身を寄せていたり。
そんな中、リークスは先程のリョウトのように右手の防具を外すと、右の手の甲を皆に晒す。
そしてそこには、リョウトの縁紋と良く似た形の痣が一つあった。
これに驚いたのは、当のリークスとリョウトを除く女性陣。
驚く女性陣とは異なり、リョウトはそれを見てもやや目を細めるだけだった。
「それは……っ!?」
「ま、まさか……っ?」
「はいっ!? リークスさんもリョウトさんと同じ異能を持っているのですかっ!?」
皆が見詰める中、リークスは顔を顰めながら言葉を発する。
「これは……これが俺の中に邪悪が宿っている証。以前、竜倒の三英雄の一人、「双剣」のガラン・グラランに告げられた俺の宿命だ」
リークスは芝居がかった仕草で表情を歪め、左手で右手を覆うように掴んで俯き加減に苦悩する。
端から見ると何ともな行動だが、本人はその事にまるで無自覚、無意識のようだ。
しかし、アリシアたち三人はリークスを一切見ていない。
彼女たちの視線は、リークスではなくリョウトへと集まっていた。
リークスの口から、ガラン・グラランという言葉が出たために。
「……今、君はガラン・グラランと言ったが、ガラン・グラランは何と君に告げたんだ?」
リョウトはアリシアたちの視線が自分に集まっているのを、心の中で苦笑しながらも敢えて無視。
「ガラン・グラランは俺の身体には暗黒竜バロステロスの魂が封印されており、この右手の痣がその証であると告げたのだ! そして俺の中で暗黒竜の魂はゆっくりと浄化されているのだとも言った! だから、俺は暗黒竜の魂が浄化されるまで、どんな事があっても死ぬことは許されないっ。もしも、浄化される前に俺が死んでしまえば、暗黒竜の魂は解放され、世界に再び破壊と死を撒き散らしてしまうのだからな!」
「…………えっと……それはいつ頃?」
「今から二、三年程前か……? ある日突然、ガラン・グラランは俺の元を訪れたのだ! そしてこの痣の秘密と俺に纏わる悲劇と運命を教えてくれた!」
「………………そのガラン・グラランはどんな人物だったんだ?」
「俺の前に現れたガラン・グラランは光り輝く白銀の鎧を纏った二十代の美丈夫だった!」
「………………………………………………二十代……? 美丈夫……?」
相変わらず芝居めいた口調で説明するリークス。そんなリークスに対し、リョウトは口角を引き攣らせていた。
だが、それはリークスの芝居くさい様子に対してではなく、ガラン・グラランの容姿についてだったが。
「ちょっと待て! それはおかしいだろう? いや、おかしなところは最初から幾らでもあるんだが、それは今は置いておくとして、だ。ガラン・グラランが暗黒竜を倒したのは四十年前。そのガラン・グラランがどうして二、三年前に二十代の姿をしているんだ?」
矛盾点に気づいたルベッタが口を挟む。
確かに彼女の言う通り、仮にガラン・グラランが暗黒竜を倒した当時二十歳前後だったとしても、四十年経った今では六十歳前後の筈なのだ。
「それに二、三年前なら、ガラン・グラランは魔獣の森の近くに住んでいた筈でしょう?」
アリシアが尋ねたのはリークスではなくリョウト。そしてリョウトはアリシアの問いに首を縦に振った。
「リークス。おまえは一体どこでガラン・グラランに会ったんだ?」
不審がる素振りを隠す事さえなく、ルベッタはリークスを見据える。
「うむ。ある日、ガラン・グラランが俺の夢の中に現れたのだ! そして、彼は俺の中で俺の中に邪悪が……暗黒竜の魂が眠っていると告げた。以来、俺はガラン・グラランを心の師と仰ぎ──」
もう、誰もリークスの話は聞いていなかった。
全員が全員、生暖かい目で延々と話し続ける彼を見るばかり。ルベッタがぽつりと呟いた「……夢オチか」という一言は全員一致の思いだった。
「……爺さんは確かに剛毅な男気のある人で、男として、人間として魅力のある人だったが……決して美形とか美丈夫とかいうような人じゃなかったよ」
「うむ。確かにガランは豪快で愉快な奴だったな」
どうにか気持ちを立て直したリョウトが、誰に聞かせるわけでもなくぽつりと呟き、彼のフードから顔を出したローもそれに頷いた。
「む? なぜ、おまえが我が心の師、ガラン・グラランについてそんなに詳しい……うお! 何だソレはっ!?」
言葉の途中でローの存在に気づいたリークスは、驚いて自分の得物である槍に手を伸ばす。
「小さいが黒い竜……っ!? まさか、かの暗黒竜バロステロスの眷属かっ!?」
「違う。我は暗黒竜の眷属などではない。我はガランの盟友よ」
「何だとっ!? 我が心の師、ガラン・グラランの盟友だとっ!?」
ぽかんとした表情でローを指さしたまま動かなくなったリークスに、なぜかアンナが誇らしそうに告げる。
「リョウトさんは、そのガラン・グラランのお孫さんなんですよ。はい」
「な……何だってぇっ!!」
目を見開いたまま、リョウトとローを何度も交互に見るリークス。
しばらくそうしていたリークスだが、何かに納得したようでぽんと右手を左手に打ち下ろすと、リョウトとローに向かって言い放つ。
「チビ竜! おまえが我が心の師、ガラン・グラランの盟友であるのなら、この俺とも盟友だ! そして……」
リークスの指先が、びしりとリョウトへと向けられる。
「リョウト! おまえがガラン・グラランの孫だというのなら、今日から俺とおまえは魂の兄弟だっ!!」
「どういう理屈だそれは……? というか、魂の兄弟とは一体何だ?」
思わずそう発言したのはルベッタだったが、それは彼女の主の代弁でもあった。
「それで、この件はどうするの?」
アリシアのいう「この件」とは、リョウトたちが受けた岩魚竜の依頼討伐の事である。
結果から見れば、岩魚竜は討伐されていない。リョウトと縁を結んだ以上、この岩魚竜がこれ以上の被害を出す事はないのだが、そんな事を正直に報告するわけにもいかない。
かといって、討伐に失敗しましたとも言えない。
リョウトたちが討伐に失敗したとなると、彼ら以上の実力を持った魔獣狩りたちが派遣されてくる事になる。
岩魚竜が船を沈めていたのも、単に仲間を求めていただけと判った今、リョウトたちはこれ以上この岩魚竜が傷つく事を求めなていない。
「そうだなぁ。あいつには人目に触れないような所へ移動してもらって、討伐したという報告をするしかないか」
「でも、それだと依頼人を騙す事になりませんか? はい」
「確かね。でも、直接の依頼人はリントーの親父さんだけど、その大元はロームさんだ。彼にはそれとなく話しておく。もちろん、異能については秘密にするつもりだけどね」
リョウトがそう判断を下した以上、アリシアとルベッタに異論はない。もちろん、アンナにもだ。
残るはリークスだが、彼も一方的にとはいえ魂の兄弟と認めたリョウトの決定に異を唱えるつもりはないようだった。
一同の了承が得られたと判断したリョウトは、一人立ち上がって川縁へと向かう。
そこには、先程彼と縁を結んだ岩魚竜がいた。
岩魚竜はリョウトが近づいて来るのを知ると、まるで犬のように嬉しそうに尻尾を打ち振る。
「いいかい? おまえはこのまま川下へ行くんだ。ずっと川を下って行くと、そこに大きな湖がある。そこで人目に付かないように静かに暮らしてくれ。もしかすると、その湖にはおまえの仲間もいるかもしれない」
岩魚竜の頭部をそっと撫ぜながら、リョウトは優しく諭すように告げる。
「それから、おまえには名前を贈ろう。おまえの名前はフォルゼだ。これからよろしくな、フォルゼ」
リョウトの言葉をじっと聞いていた岩魚竜──フォルゼは、川縁から離れると数度水面で跳ねて、そのままリョウトの言葉に従ってコラー川の下流へと向かう。
リョウトはフォルゼの姿が見えなくなるまで見送り、その後は先程まで戦場だった場所へと再び戻る。
そして、そこに落ちていた数枚の岩魚竜の鱗──アリシアが叩き割った際に落ちたもの──を拾い上げ、これを討伐の証とする事にした。
倒した魔獣の鱗や皮革、牙といった各種素材の所有権は倒した魔獣狩りにあり、魔獣狩りはこれらの素材を売って金銭を得るので、鱗を数枚も提出すればそれで討伐の証としては十分なのだ。
「お帰り、リョウト様」
「ご苦労様」
皆の元へ戻ってきたリョウトを笑顔で出迎えるのは彼の奴隷たち。
そして彼女たちは、これからどうするのか主に尋ねる。
「一度ゼルガーに戻らなければならないが、その後は王都に帰ろう」
「む? リョウトたちは王都を拠点とする魔獣狩りだったのか?」
「ああ。正確に言えば、僕たちは魔獣狩りじゃないんだけどね」
「何? どういう意味だ?」
「言葉通りだよ」
不思議そうに首を傾げるリークスに、リョウトは苦笑で応える。
事情を知らない者からすれば、リョウトたちは魔獣狩り以外の何者にも見えないだろうから。
「ああ、そうだ、アリシア」
リョウトは彼女へと振り返ると、彼女が持つ例の棹斧を示しながら言う。
「この武器は持ち歩くには重いだろう?」
「そんな事ないわよ? 私にはそんなに重くは感じられないもの」
「いいから。必要な時にはいつでも取り出せばいい」
こちらも不思議そうな顔のアリシアから棹斧を受け取ると、リョウトは再び闇鯨の名を呼んだ。
「マーベク。また頼むよ」
一瞬だけ彼の影が水面のようにさざめくのを見て驚く一同の前で、リョウトはその影の中へと手にした棹斧を差し込んで行く。
棹斧は特に抵抗をすることもなくずぶずぶと影の中に沈み、やがてその全てが影の中に飲み込まれた。
「リョウトさん……今のもリョウトさんの異能ですか? はい」
「いや、これは僕だけじゃなくて、マーベクの能力との組み合わせだな」
「マーベク? マーベクといえば、先程の巨大な黒い鯨だったな?」
問いかけるルベッタにリョウトは頷く。
「僕の異能でマーベクの塒に繋ぎ、マーベクの能力で影を媒介にして不要な物や嵩張る物をあいつの塒で預かって貰うってわけさ」
「へえ、それは便利ね。それなら食料とかも預けておけるの?」
「いや、それが実は食料だけは駄目なんだ」
理解できないといった風のアリシアたちに、リョウトは笑いながらその理由を明かす。
「食料の類を影に入れると、マーベクが餌を貰えたと勘違いして全て食べてしまうんだよ」
『魔獣使い』更新。
この回にて、ようやく岩魚竜編が終了となりました。
次は舞台を王都に戻して、アリシアにスポットを当てたシリーズになるかと思われます。
それから、色々なところでも書いていますが、最近仕事が立て込んできて、あまり時間が取れなくなっています。
よって、更新が少しばかり遅くなりそうです。今回も仕事の影響で遅くなってしまいましたし。
そんなわけで、気長にお付き合い願えると嬉しいです。
よろしくお願いします。