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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
25/89

13-第六の縁紋



「リョウトさんっ!! その岩魚竜(いわぎょりゅう)はひょっとすると幼生……まだ子供なのかも知れませんっ!! はいっ!!」


 背後から届いたアンナの声に、リョウトは改めて目の前で今や傷だらけの岩魚竜を観察する。

 リョウトたちの猛攻の結果──正確にはアリシアの攻撃──、岩魚竜は数多くの傷を負っていた。

 鱗は何枚も砕け、ひれはぼろぼろ。体中の至る所から血を流しており、動きも当初に比べるとかなり鈍い。

 そんな岩魚竜を改めて見れば、その大きさは約3メートル弱。岩魚竜の標準的な大きさが4メートル前後だから、少々小さい事になる。

 そしてアンナの言う通り、この岩魚竜がまだ幼生──子供だとするのなら。

 リョウトには幾つかの事が納得できるのだ。

 まず、話に聞いていたよりも、この岩魚竜の体表が柔らかい事。

 確かに生半可な攻撃は受け付けない体表を有してはいる。現にリークスの槍やルベッタの矢といった攻撃は、その殆どが体表で弾かれている。

 しかし、逆にアリシアの攻撃はほぼ有効打となっているのだ。

 アリシアの攻撃は確かに強力である。

 巨大な棹斧(ポールアックス)と『強力(きょうりき)』の異能によって底上げされた今の彼女の攻撃力は、下手をすると飛竜であるバロムに匹敵する。

 しかし事前情報によれば、その攻撃力を以てしても、成体の岩魚竜に有効打を与えるのは難しいと聞いた。

 だが、目の前の岩魚竜が幼生だとするなら。アリシアの攻撃がことごとく効いている事に納得がいく。

 そして次に、この岩魚竜が自分よりも大きな船を襲っていた事。

 この事実についても仮説が立てられるとリョウトは思う。



 魔獣は孤独を好む。

 これは巨大な魔獣ほど顕著な習性である。

 これはリョウトの主観に過ぎないので正確なものとは言い切れない。

 しかし、幼い頃から魔獣の森で育ち、異能によって森の魔獣の何体かと親しくしていたリョウトである。その考えが丸っ切り見当違いという事もないだろう。

 巨大で強力な力を有する魔獣は、繁殖などの時を除けばその殆どを孤独に過ごす。

 これは縄張り意識や、餌の占有などといった理由からくる習性なのかも知れない。

 そしてリョウトのその考えが正しいのなら。

 目の前の岩魚竜が成体であるのなら。

 自分よりも大きな船を襲うようなことはまずない筈なのだ。

 以前に聞いたアンナの話にも、岩魚竜は自分よりも大きな相手に積極的に襲いかかるような、激しい気性の魔獣ではないとあった。

 では、なぜこの岩魚竜は船を襲ったのであろうか。

 それがリョウトには疑問だった。

 しかし、この岩魚竜が幼生であるのなら、一つの仮説が成り立つ。

 即ち。

 この岩魚竜は、仲間を求めていたのではないだろうか。



 大型の魔獣は孤独を好むが、それは成体となってからの事。

 成体となれば単体で生活するようになる魔獣も、成体となるまでの間は群れを作る事があるのだ。

 外敵に対抗するために。

 より多くの餌を獲得するために。

 もし、岩魚竜がそんな生態をもつ魔獣であるならば。

 この岩魚竜は自分よりも大きな船を、仲間だと勘違いしていたのではないだろうか。

 岩魚竜は仲間を見つけて近づいただけ。しかし、それが結果的に船を沈めていたのだとしたら。


 目の前で傷ついている岩魚竜は、決して害となる魔獣ではない。


 リョウトがその結論に達した時。

 彼の左腕、肘の辺りに突如激痛が走った。



 見るからに動きが鈍くなった岩魚竜。

 岩魚竜の様子を後方から伺っていたルベッタは、岩魚竜の体力が尽きかけている事を実感した。

 あと少し。あと少しで奴は倒れる。


(だが、思ったよりも容易い相手だったな。尤も、こちらも狩り直前にアリシアの異能覚醒という予想外の事があったわけだが……)


 アリシアの異能は地味だが極めて強力だ。その効果は単に筋力の増強だが、それだけに防ぐ手立てが存在しない。

 だが、それを加味しても、拍子抜けするほど岩魚竜はあっけない相手だった。

 丁度その時。

 背後からアンナの声が聞こえた。

 アンナが言うには、目の前の岩魚竜はおそらく子供であるとの事だ。

 なるほど、相手が成体前の幼生であるのなら、想定していたものより弱くて当然。

 疑問の晴れたルベッタは、すっきりとした表情で新たな矢を弓弦に番え、狙いを定める。

 そして弓を引く指を離そうとした時。彼女はその異変に気づいた。

 ルベッタの前方、最前線で闘うアリシアとリークスからはやや後方。そこで戦況を見定めていたリョウトが、突然踞ったのだ。

 しかも、彼は必死に左腕を押さえている。


「リョウト様っ!?」


 もしや、先程岩魚竜に傷つけられた傷が、思ったより深かったのか?

 そんな思考がルベッタの脳裏を過る。

 そして彼女の注意が岩魚竜からリョウトへと向けられた時、魔獣はくるりと身を翻し、よたよたとよろめきながらコラー川を目指す。

 生命の危機を感じ取った魔獣は、この場からの逃走を選んだのだ。



 背後から、ルベッタのせっぱ詰まったような声がした。

 しかも、その声はリョウトの名を呼んでいる。

 反射的に己の主へと振り返ったアリシアは、そこで左腕を押さえて踞っているリョウトを見た。


「りょ、リョウト様っ!?」


 アリシアも岩魚竜が弱って来た事を感じ取っていた。

 もう少しでこの魔獣にとどめが刺せる事も。

 だが、踞るリョウトの姿を見た時、彼女の頭からその事は綺麗さっぱりと消え失せた。

 流石に武器を放り出すような事はしなかったが、アリシアは慌ててリョウトに駆け寄る。

 だから彼女は見逃した。

 傷つき、逃げ出そうとする岩魚竜を。

 あと少しでとどめが刺せる魔獣を、アリシアはあっさりと見逃したのだ。


「あ、アリシアさんどこへ……っ!? く、このぉ……っ!!」


 突如戦線を離脱したアリシアに、リークスは戸惑いの声を上げる。

 だが、彼とて魔獣狩り(ハンター)である。逃げようとする魔獣を何とか阻止しようと槍をふるうが、所詮は人間一人で巨大な魔獣を留める事など不可能であった。

 結局、傷つきながらも岩魚竜はリークスの追撃を振りきり、コラー川へと身を躍らせる。

 だが、岩魚竜の逃亡は結果から言えば阻止された。

 岩魚竜が川へ飛び込もうとした時、突如水面を割って黒い巨大な影が飛び出したのだ。

 その影は川へと逃げ込もうとした岩魚竜に対してその巨大な口を開けて威嚇すると、そのまま川縁に留まって岩魚竜が川へと入るのを阻止する。

 巨大な影はもちろん闇鯨(やみくじら)のマーベクである。マーベクは事前にリョウトに指示されていた通り、岩魚竜が川へ逃げ込むのを阻止するべく再び姿を現したのだ。

 そしてもう一つ。


「──待てっ!!」


 槍を振り回すリークスよりも、巨体で威嚇するマーベクよりも。

 よく通る低い声が、そのたった一言で岩魚竜をこの場に留めさせた。

 その声に反応し、動きを止めて声の方に眼を向ける岩魚竜。

 岩魚竜だけではない。アリシアも、ルベッタも、リークスも。

 そして少し離れた所のアンナとローも。

 今、この場にいる全ての者が、皆リョウトを見ていた。

 そんな中、リョウトは心配そうに寄り添うアリシアとルベッタに大丈夫と告げると、立ち上がってそのまま無警戒に岩魚竜へと近づいて行く。


「お、おい、リョウト様?」

「危険よ! 戻って!」


 二人の奴隷たちの忠告も無視し、リョウトは無言で岩魚竜だけを見詰めて歩く。

 岩魚竜も、ただじっと近づいてくるリョウトを眼で追うだけ。

 やがて彼我の距離がなくなり、前へと伸ばされたリョウトの左手が岩魚竜の体表に触れる。


「……そうか。やっぱり仲間を探していたのか」


 目を閉じて左手を岩魚竜の体表に押し当てると、そこから岩魚竜の感情が流れ込んで来る。

 そして岩魚竜も、リョウトに触れられて大人しくしている。

 リョウトたちの様子を見て、眼を丸くして驚いているのはリークスとアンナの二人だ。

 ついさっきまで命懸けで闘っていた岩魚竜が、まるで愛玩動物のように大人しくリョウトに従っている。

 リークスとアンナには、目の前の光景が俄には信じられない。


「……これは一体どういう事なんだ?」

「あー、まあ、なんだ。色々あるんだよ。なぁ、アリシア?」

「え? ええ、色々あるのよ」

「そ、そうか。アリシアさんがそう言うならそうなのだろうな」

「それで納得しちゃうんですか? はい?」


 隣に立ったアリシアに赤面しながらでれっと相好を崩したリークスに、恐る恐るここまでやって来たアンナが突っ込んだ。

 じっと自分を──いや、自分と岩魚竜を見詰めているアリシアたちに、リョウトは苦笑を浮かべて振り向く。


「……これはもう、全部話した方が良さそうだぞ、リョウト様?」

「そうだな。でも、その前に……」


 ルベッタの提案に頷くと、リョウトは左腕を露出させる。

 そこに並んだ6つ(・・)縁紋(えにしもん)の一つに淡い光が宿る。


「ファレナ」


 リョウトの言葉に反応し、空中に浮かび上がる黒い亀裂。

 その亀裂を見たアンナとリークスが驚いて数歩後ずさる。そして黒い亀裂を見慣れているアリシアとルベッタにも、今回現れた亀裂は少々意外であった。

 なぜなら、今回の生じた黒い亀裂は、今まで彼女たちが見てきたものよりも遥かに小さかったからだ。

 そして、その亀裂から姿を現すのは翼長50センチほどの巨大な蛾。


「────癒蛾(いやしが)……」


 そう呟いたのは、魔獣に詳しいアンナだった。


「頼むよ、ファレナ」


 リョウトの言葉に是を示すように、彼の周囲を数回旋回した癒蛾のファレナは、傷ついた岩魚竜の周囲を飛び回り、辺りに鱗粉を撒き散らす。

 その鱗粉が岩魚竜の身体に触れると、その箇所の傷が見る見ると癒されていく。

 癒蛾の鱗粉には、その名が示す通り癒しの効果がある。

 それはまるで『癒し』の異能のように、瞬く間に岩魚竜の全ての傷を癒していく。

 やがて岩魚竜の全ての傷が消えてなくなると、ファレナは嬉しそうにリョウトの周囲を飛び回る。


「ありがとう、ファレナ」


 リョウトの感謝の言葉に数度ひらひらと翼を打つと、ファレナは彼の左肩の辺りを旋回した。


「ああ、僕の傷も癒してくれるのか」


 リョウトが肩に包帯代わりに巻いていた布を剥がすと、癒しの鱗粉の効果でその傷も塞がっていく。

 リョウトと岩魚竜の傷を癒し終えたファレナは、再び出現した黒い亀裂の向こうに姿を消した。


「あ、あの、リョウトさん? さっきの癒蛾は一体……それにその岩魚竜ですが……」

「判っているよ。全部説明する。でもその前に、少しだけ休憩しないか?」


 リョウトのその言葉に、一行は思い出したように岩魚竜と闘った事の疲労感を感じて、彼の提案に一も二もなく黙って従うのだった。



 『魔獣使い』更新。


 岩魚竜戦決着。少々緊迫感に欠ける戦闘ではありますが、今回のところはこれにて幕です。

 もっと迫力のある戦闘が書けるような表現力が欲しい。切に欲しい。要精進ですな。


 では、次回もよろしくお願いします。

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