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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
24/89

12-対岩魚竜戦と四人の心境

 前方で繰り広げられている岩魚竜(いわぎょりゅう)との闘い。

 その闘いを、ルベッタは前線から下がった所から見ている。

 もちろん、機会を伺っては矢を射ているし、前線の要求に応えて援護や牽制を加えている。

 だが、位置的に前線とは違ったものもまた、彼女の眼に入ってくるのだ。

 今、彼女が見ているのは己の主であるリョウトであった。

 彼は最前線に立つアリシアとリークスから数歩下がった位置で、臨機応変に立ち回っていた。

 時にアリシアとリークスの援護のために自身も最前線に立ち、時に瞬間的に生まれる岩魚竜の隙を狙って攻撃を加え。

 そしてすぐに数歩下がると、そこから前線の二人や、後方の自分に指示を飛ばす。

 その指示は極めて的確。

 それを証左するように、彼の指示に盲目的なまでに従っているアリシアはともかく、最初は渋々従っていた筈のリークスが、いつの間にか黙って彼の指示に従うようになっていた。


「──視野が広い」


 それがルベッタのリョウトに対しての感想だった。

 数歩下がった所から戦場全体を見渡し、的確な指示を飛ばす。

 そして好機を見逃す事なく前線に立ち、攻撃を加えては元の場所に素早く戻り、その広い視野を活かして再び指示を出す。


「彼の適正は戦士や兵士ではなく、明かに指揮官にあるな」


 ルベッタの見たところ、確かにリョウトの剣の腕には限界があるだろう。

 どんなに努力を重ねても、何とか一流に手が届く、といったところが彼の限界のようにルベッタは感じた。

 決してそれ以上の領域には、彼は到達する事はできないだろうと。

 自身も傭兵として育ち、多くの猛者たちを見てきたルベッタの眼は確かだ。

 世の中には、どんなに努力を積み重ねても到達できない領域がある。

 かと思えば、その領域にいとも容易く踏み込んでしまう者もいる。

 例えば、今まさに岩魚竜の強固な鱗をまた一枚打ち砕いたアリシアのように。

 ルベッタは、彼女の中の戦士としての素質に気づいていた。

 今はまだ荒削りだが、彼女はいずれ一流を超えた領域にまで必ず到達できる素質を秘めている。

 しかし、リョウトにはアリシア程の戦士としての素質はない。

 だが。

 彼には彼の素質がある。それが指揮官としての素質だとルベッタは感じている。

 今彼女の視線の向こうでは、リョウトの指示の元でアリシアとリークスは出会って間もないというのに、実に見事な連携で岩魚竜に攻撃を加えている。

 かと思えば、リョウトの次の指示で一瞬で離脱し、岩魚竜の振り回した尻尾を回避する。


「大したものだ」


 手足の如くルベッタを含めた仲間たちを使い、リョウトは確実に岩魚竜に打撃を加えていく。

 しかも、とルベッタは続けて思う。

 彼には更に異能という切り札まである。

 彼の持つ異能とその戦況判断の能力を組み合わせれば、本当にリョウト一人で街の一つや二つは容易く陥落させる事ができるだろう。

 リョウトの的確な指示の元、縦横無尽に暴れ回る巨大な魔獣たち。

 そんな悪夢のような光景を幻視してしまったルベッタは、思わずぶるりと身体を震わせる。


「……今更だが、俺はとんでもない人物の奴隷になったのかも知れないな」


 忍び寄るリョウトに対する畏怖を敢えて考えないようにして、ルベッタは口元をにやりと面白そうに歪めた。



 そして一方。

 ルベッタよりも更に遠隔から、この一戦を見詰める者が存在した。

 より正確に言うならば、一人と一体が脇目も振らずに岩魚竜との闘いを見詰めていた。


「どうだ? 新たに何か気づいたか?」

「…………いいえ、特には……はい……」


 そう答えたアンナの表情が悔しげに歪む。

 彼女は岩魚竜との闘いが始まってから、ずっと岩魚竜の動きに注視していた。

 だが、今まで新たに気づいた事といえば、岩魚竜が水を噴射する際に決まった態勢を取る事ぐらい。

 しかし、そんな事は彼女でなくとも、前線で戦っているリョウトたちだって容易く気づいている。

 このままでは、一体何のために自分はリョウトに無理を言ってついて来たのか判らない。

 何より、リョウトに役立たずだと思われるのがアンナは怖かった。

 だから、アンナは必死に岩魚竜を観察する。

 少しでもいい。どんな事でもいいから新たな情報を見つけるために。

 彼女がどれ程の時間、岩魚竜を観察していただろうか。

 もちろん、戦闘中なのでそんなに長い時間ではないだろうが、アンナの主観では途轍もなく長時間に感じられた。


「…………はい?」


 だが、その甲斐があったのか、アンナはとある事に気づいた。

 しかしそれはとても些細な事であり、闘っているリョウトたちにとってさほど重要だとは到底思えないような事。


「何か気づいたか?」

「はい……ですが……果たしてこれが、リョウトさんたちの手助けになるかどうか……」


 きゅっと中心に寄せられるアンナの眉。

 それは、ようやく気づいたのがそんな些細な事か、とリョウトに思われるのではないかという畏れから来るもの。

 そんなアンナを見上げつつ、ローは彼女を励ますように告げた。


「では、取りあえず我に教えてくれないか? お主が些細と感じた事でも、他の者には以外と重要な事やも知れぬぞ?」

「は、はい、それもそうですね……実は……」


 意を決したように、アンナは先程感じた事を言葉にする。


「あの岩魚竜……標準的な岩魚竜の大きさより、少し小さくないですか?」



 渾身の力で、アリシアは棹斧(ポールアックス)を目の前の岩魚竜に向けてふるう。

 がん、という重い音と手応え。次いで感じるのは硬い物が砕けた破砕感。


「後ろへ下がれ、アリシア!」


 次の瞬間、彼女の耳に響くのは、主であるリョウトの指示の声。

 頭で考えるより早く、身体がリョウトの指示に従って動く。

 とととん、とリズムを刻むように三歩後退。

 途端、それまでアリシアのいた空間でがちりと噛み合わされる岩魚竜の巨大な口。

 アリシアには岩魚竜の上顎の牙と下顎の牙が、噛み合わされる瞬間がよく見えた。

 背中に冷たいものが伝い落ちるのが感じるアリシア。


「奴の頭の引き際と同時に前進、身体を支えているひれを狙え」


 今度もまた、返事をするよりも早く動くアリシアの身体。

 言われた通りに岩魚竜の身体の下、動物でいえば前肢に相当する鰭に、アリシアは棹斧を横殴りに叩き込む。

 しかし、残念ながらその一撃は、リークスを攻撃しようとして身体の位置を変えた岩魚竜には届かなかった。

 アリシアは素早く身体を一回転させると、振り抜いた棹斧の勢いを殺すことなく今度は上段からの振り下ろしで岩魚竜の頭部を狙う。

 遠心力とアリシアの『強力(きょうりき)』の異能で強化された筋力が合わさり、巨岩をも砕かん勢いで巨大な棹斧が振り下ろされる。

 その勢いは真面に頭部に決まれば、それだけで岩魚竜の頭蓋骨を陥没させる程の威力を秘めていた。

 だが、身体の回転が早すぎたのか若干狙いが逸れ、棹斧は頭部ではなく、エラ近くの鱗を数枚粉砕するに留まった。


「────くっ」


 激痛に身体をくねらせる岩魚竜を、アリシアは悔しそうにきっと睨み付ける。

 と同時に、アリシアは目の前の魔獣と互角以上に闘える実感を得ていた。

 繰り出す攻撃は確実に魔獣の体力を削げ取る。対して魔獣からの攻撃は被弾する事はあるものの、致命傷には程遠い。

 無論、背後からのリョウトの指示によるところが大きい事は承知しているが、それでもアリシアの中で確かな自信が根付き始めていた。

 何より最近覚醒した異能が、確実にアリシアの実力を後押ししている。

 地味ではあるものの、極めて強力な『強力』の異能。

 女性として怪力を誇るのはどうなんだ、という疑問は感じなくもないが、それでもアリシアはこの異能に覚醒して良かったと思っている。

 この異能は魔獣狩り(ハンター)として、一人の戦士として闘える自信を与えてくれる。

 そして何より、主であるリョウトの力になれる事がアリシアには嬉しいのだ。

 だからアリシアは『強力』の異能を恥たりはしない。

 この異能は確実にリョウトのためになるのだから。



 リークスは手の中の槍を力一杯突き出す。

 この槍は、彼が魔獣狩りになってからずっと愛用している、相棒と呼んでもいい存在だった。

 しかし。

 残念ながら、槍と今回の獲物の岩魚竜との相性は極めて悪かった。

 今も彼が繰り出した渾身の突きが、魔獣の分厚い鱗にあっさりと弾かれてしまう。


「くそっ!!」


 罵りつつも、それでも眼は岩魚竜から外すことはない。

 更にもう一突き。今度こそ魔獣の岩盤のような頑強な鱗を撃ち貫こうとした時。

 背後からよく響く声がした。


「無理に岩魚竜の体表を貫こうとするな! 槍が保たないぞ! アリシアが攻撃できる隙を作る事に専念しろ!」


 忌々しい、と思う。しかし、背後からの声は実に的確ではあった。

 どうやら後ろの男とその仲間たちは、最初から岩魚竜の分厚い体表を見越した上で、打撃武器主体の装備でこの場に挑んでいるようだ。

 ならば、武器の相性の悪い自分が積極的に攻撃するよりも、より効果的な攻撃のできる彼らのサポートに回るべきだというぐらいの判断は彼にもできる。

 それに。

 リークスは隣で肩を並べて闘っている、彼の戦乙女へとちらりと視線を向ける。

 三つ編みにされた赤みの強い金髪を揺らし、緑柱石(エメラルド)のような瞳に鋭い光を宿し。

 彼でも持てないような巨大な棹斧を軽々と振るう彼女の姿は、まごうことなき戦乙女そのもののようにリークスの瞳に映る。

 背後の男の指示に従うのは癪だが、それが彼の戦乙女のためになら我慢できる。

 しかし、どうしても気になる事がある。

 彼女──アリシアという名前はばっちり記憶した──と、背後の男の関係だ。

 単なる魔獣狩りの仲間というわけでもなさそうな二人のやり取り。

 彼女の男を見詰める視線には、絶大な信頼とそれ以外の何か熱いものが含まれている。

 それに先程、景気づけといいながらも、実に嬉しそうに交わし合っていた頬への口づけ。

 一瞬、「恋人」という単語がリークスの脳裏を掠める。

 と同時に疑問を感じるのは、背後のもう一人、弓使いの女の存在だ。

 あの男は、弓使いの女とも実に親しげなのだ。事実、男が弓使いの女と一瞬だが唇同士を触れ合わせているのをこの眼で見ている。

 ならば、あの男と弓使いこそが恋人同士であり、戦乙女は男にとってきっと妹のような存在なのだろう。

 と、リークスは勝手に彼らの関係を整理する。

 それが希望的推測である事に、リークスは全く気づいていない。

 彼女の事を想う度、胸の奥に灯る熱い炎。

 この炎が何なのか、すでにリークスは理解していた。

 しかし、自分は邪悪な存在をこの身に宿しているのだ。

 そんな自分が、この想いを彼女に伝えてはいけない。それはきっと彼女を不幸にするだろうから。

 それが自分が抱え込んだ宿業なのだ。


「くそっ!!」


 リークスは再び罵る。


「俺の中の邪悪よっ!! 今だけ、今だけでいいっ!! その力を解放し、俺に力を与えてくれっ!!」


 叫びながら繰り出される刺突。

 しかし、その渾身の一撃もやはり効果はあまりなく、かーんと再び弾かれる槍の穂先。


「フ、所詮はこの身に宿した邪悪は俺の敵……その邪悪が敵である俺の味方をする筈がないか……っ!!」


 狩りの最中だというのに、芝居がかかった仕草で懊悩するリークス。

 だから彼は気づいていない。

 隣で闘っているアリシアが、どこか気味悪そうにちらりと彼を一瞥すると、そのまますすすっと彼から距離を取った事に。

 実に幸いな事に、彼はそれに気づかなかった。


 『魔獣使い』更新。


 本日は『怪獣咆哮』に続いて2本目の更新です。僕、頑張ったよ!

 今回の話は読んでいただいた通り、リョウト以外の四人の心境をメインにおいてみました。

 そして相変わらず道化のリークスくん。いや、彼は書いていて実に面白い。

 対岩魚竜戦もあと2,3話ほどでけりがつきそうな予感。

 その次は今のところ、アリシアをメインにした話になる予定です。


 今後ともよろしくお願いします。

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