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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
22/89

10-闇鯨のマーベク

 リョウトは纏っていた外套を外し、傍にいたアンナに手渡す。


中身共々(・・・・)これを持って少し離れた安全な所に退避していてくれ。戦闘中に何か気づいた事があれば、遠慮なく知らせて欲しい」


 リョウトの言わんとしている事を察したアンナは、受け取った外套を大切そうに抱え込む。


「はい、承知しました。リョウトさんも気をつけてください!」


 元気よく頷くアンナ。その際、外套の中身(・・)がもぞりと動く。アンナはそれに応えて外套を軽くぽんぽんと叩くと、駆け足でリョウトからコラー川の反対方向へと離れて行く。

 そしてそれを確認したリョウトは、既に川岸へと向かっている三人の後を追いながら、誰にも聞こえない小声で呟く。


「マーベク。あの岩魚竜(いわぎょりゅう)を陸に放り上げてくれ。その後はどこかの影の中で待機しつつ、岩魚竜が川に戻りそうになったら威嚇して欲しい。できるな?」


 リョウトの期待に応えるように、走る彼に追従する影の表面が一度だけざわりと揺らめく。

 そしてリョウトが再び意識を前方のコラー川へと戻すと、丁度船長のマグズの指示の元、船が離岸したところだった。

 船は徐々に速度を上げ、下流へと向かう。その船に合わせるように、水面に突き出した巨大な背鰭が進路を変える。

 その事に気づいたマグズが、船上で大声で指示を出しているが、どうやら岩魚竜の方が速度は上らしく、船と背鰭の距離はどんどんと縮まっていく。


「やべぇっ!! 間に合わねぇっ!!」


 船上でじっと近づいて来る背鰭を凝視していたマグズが叫ぶ。


「総員、何かに掴まれっ!! 衝撃来るぞっ!!」


 本人もその太い両手でしっかりと蛇輪を握り締めながら、配下の者たちに指示を飛ばす。

 そしてどんという大きな音と盛大に揺れる水面。川の水が巨大な波となり、うねりながら岸へと何度も打ち寄せる。

 川岸へと駆け寄るアリシアたちも、船と岩魚竜が衝突したのだと思った。荒れる水面は両者がぶつかった衝撃の名残なのだと。

 だが違った。

 荒れる水面に翻弄されつつも、船は何とか姿勢を維持しつつコラー川の下流目指して下って行く。

 では、先程の大きな音とこの荒れる水面はなぜだ?

 川岸のアリシア、ルベッタ、リークス、船上のマグズを始めとした船員たち、そして少し離れた所からこの光景を見ていたアンナ。

 全員──リョウト以外──がそう疑問に思った時。

 彼らの頭上に影が差した。

 そしてその影を振り仰いだ者は、その光景を見て唖然とする。

 唖然とするしかなかった。

 なぜなら、岩魚竜はそこに──船のマストよりも高い空中にいたのだから。

 それだけではない。宙を舞う岩魚竜のその巨体。その巨体を下から岩魚竜を遥かに上回る巨大な魔獣が水中から突き上げるようにして咥えていたのだ。

 その巨大な魔獣の全長はゆうに10メートルを超え、全身が真っ黒で平べったい頭と巨大な口、そして強靭そうな胸鰭と尾鰭を有していた。

 その巨大な魔獣は空中で身を捩ると、口に咥えていた岩魚竜を陸へと放り投げた。

 弧を描き、岸へと打ち上げられた──いや、打ちつけられた岩魚竜。その巨体の落下の衝撃は凄まじかったようで、しばらくびくびくと震えていたが、やがてびちびちと身を踊らせるとその太く強靭な鰭でその巨体を支えて身を起こした。

 岩魚竜も巨大な黒い魔獣が気になるようで、身を起こすなりその視線をコラー川へと向けるが、既にそこには黒い巨大な魔獣の姿は見えない。

 それは岸近くにいたアリシアたちも同様で、視線を彷徨わせて黒い魔獣を探すが全く見当たらない。


「川の中に潜ったのかしら? それにしては着水の衝撃がないけど──」


 不審そうに首を傾げるアリシアに、背後から近づいたルベッタが声をかける。


「取りあえず、あの黒い奴の事は気にするな。あれは間違いなくリョウト様の『お友達』だ。俺たちの役目は陸に揚がった岩魚竜を仕留める事だろう? あの黒い奴の事が気になるのなら、後でリョウト様に聞けばいい」


 ルベッタの言うリョウトの『お友達』。それが何を意味するのか理解したアリシアは、彼女の言葉通り意識を岩魚竜へと向ける。

 二人の奴隷が臨戦態勢を整えた頃、リョウトも彼女たちに追いついた。


「リークス。こうなった以上、あなたにも手を貸して貰う」


 横に並ぶように立ったリョウトに、リークスは視線だけを彼の方へと向けた。


「以後、僕の指示に従ってくれ。報酬は後で人数分で山分けにする。それなら文句はないだろう?」


 リョウトの言葉に、リークスはむっとした表情で振り返る。


「俺は報酬が欲しくて岩魚竜を狩ろうとしたんじゃない。岩魚竜を狩ろうとしたのは、それが俺の役目だと思ったからだ。俺は俺で好きにやらせて貰う。おまえの指図を受けるいわれはないしな」


 憮然と告げるリークス。彼のその態度にどうしたものか、とリョウトが悩んでいると、音もなく近づいたルベッタがそっと呟いた。


「まあ、そう言うなよリークスとやら。おまえはアリシアの傍にいて、アリシアの指示に従ってくれればいいんだ」

「な、なにっ!? あ、あああ、アリシアさんの傍だとっ!?」


 途端、真っ赤になりながら、リークスの顔は嬉しそうに緩む。


「よ、よし、判ったっ!! アリシアさんはどんな事があろうと俺が必ず守るっ!!」


 そして勢いよく駆け出すリークス。そんな彼を背後から見詰めつつ、苦笑を零すルベッタ。


「やれやれ、扱いやすい奴だ。あいつへの指示はアリシアを通せば大丈夫だろう」

「そのようだ。そろそろ岩魚竜の意識もこちらへ向くだろう。本腰を入れるぞ」


 リョウトの言葉に黙って頷くルベッタ。

 それまで姿を消した黒い魔獣を探していた岩魚竜だったが、その姿がない事を確認すると、次いで陸上を駆け寄ってくる小さなものへと意識を向けた。

 その小さなものは手前に二つ、その少し後ろに一つ、更にうしろにもう一つ。ついでを言えばこの場からずっと離れた所にも一ついたが、それは近づいて来る気配がないので無視する。

 岩魚竜は身体を支える各種の鰭に力を籠めると、頭部を駆け寄って来る二つの小さなものへと向けた。



「あ……あれは……」


 川岸から少し離れた場所。そこから一連の出来事を見守っていたアンナは、岩魚竜を咥えて突如飛び出して来た黒い魔獣を見て驚愕に目を見開いた。


「あ、あれは闇鯨(やみくじら)じゃないですかっ!!」

「ほう。闇鯨を知っていたか」


 アンナの腕の中、リョウトから預かった外套がもぞりと動くと、中からローが首だけを出した。


「も、もちろん、知ってますよ、ローさん。魔獣の研究が私の仕事なんですから。はい」


 闇鯨。アンナは頭の中からその魔獣に関する事を引っ張り出す。

 その名が示す通り、真っ黒な闇のような体色の鯨によく似た魔獣である。普通の鯨のように海で暮らすのではなく、彼らは闇の中で暮らす。

 彼らは『影走り』という異能を持っていて、影から影へと移動する事ができるのだ。

 また、影の中に潜む事もでき、その際には影の大きさは関係しない。

 つまり、小さな小石の影の中に、先程のような巨大な闇鯨が潜む事さえできる。

 彼らは身体を影に変化させる事ができ、質量を持たない影となる事で小さな影の中にも潜り込む事ができると考えられていた。


「闇鯨の姿が見えないのは、きっと水に潜ったのではなくどこかの影の中に潜り込んだからだと思います。はい。でも、どうして川の中から闇鯨が現れたのでしょう? あの魔獣は水中には棲息しないのですが……」


 アンナの疑問に、腕の中のローはさあな、とだけ答えた。

 もちろんローはあの闇鯨がマーベクという名を持ち、リョウトに呼ばれた事を知っている。

 マーベクは水中に存在した何かの影の中から現れて、岩魚竜を咥えて水面を飛び出し、そのまま空中で陸へと放り投げ、再び影の中へと姿を消したのだ。

 そうする事がリョウトからの指示だった事もローは予測できたが、その事をアンナに語ったりはしない。


「さて、アンナよ。ここから岩魚竜をよく観察し、何か気づいた事があればそれをリョウトに知らせるのがお主の役目だ。今は闇鯨の事は置いておき、岩魚竜の動きに集中すべきだ」

「は、はい、そうでしたね」


 アンナは腕の中のリョウトの外套をぎゅっと抱き締める。そしてローに言われた通り、岩魚竜へと注意を集中させた。



 胸鰭と尻鰭に相当する二対四本の鰭に力を込め、ぐっと身体を落とす岩魚竜。

 そしてその大きな口が開かれ、駆け寄ってくる魔獣狩り(ハンター)たちへと向けられる。


「水噴射が来ますっ!! 注意してくださいっ!! はいっ!!」


 背後よりアンナの大声。

 その声が耳に届いた瞬間、リョウトは前方を走るアリシアとリークス、そして背後のルベッタに指示を飛ばす。


「散れっ!!」


 リョウトの指示に瞬時に反応するのはアリシアとルベッタ。リークスもアリシアが岩魚竜の正面から右側へと回り込むのに合わせて一緒に移動する。

 そしてリョウト自身も左へステップを踏んだ瞬間、それまで彼がいた場所をもの凄い勢いの何かが真っ直ぐに突き抜けた。

 その正体はもちろん、岩魚竜が吐き出した水の噴射だ。

 予想より遥かに勢いの強い水噴射に、リョウトたちはその威力を再認識する。

 確かに今の一撃をまともに喰らえば、人間など簡単に吹き飛ばされるだろう。あの噴射だけは正面から受けてはいけない。

 四人はその思いから散開しながら岩魚竜へと殺到する。

 リョウトたちのフォーメーションは岩魚竜を中心として右にアリシアとリークスのツートップ。

 彼女たちから少し離れた所にリョウト。その更に背後にルベッタ。

 役目としては、先鋒の二人がアタッカー。中堅のリョウトが司令塔とサブアタッカーを兼任し、後衛のルベッタが牽制と援護。

 そのリョウトたちの先手を取ったのはルベッタだった。

 彼女は弓の威力が最も発揮される距離まで近づくと、その場で制動をかけて停止し、矢筒から矢を抜き取って弓を構えて矢を番える。そして弦を引き絞るとそのまま矢を解放。

 横構えの独特の構えから弾き出された矢は、先程水噴射が通った軌道をそのまま逆に迸り、岩魚竜へと至る。

 だが、ルベッタは見た。

 岩魚竜の水噴射の的にならないよう、矢を射た直後にすぐ移動する。そうしながら、彼女は先程の矢が岩魚竜の頭部に命中するも、かつんという軽い音と共に弾かれたのを。

 ルベッタは舌打ちしつつ、第二第三の矢を弓に番えると、一瞬だけ立ち止まってそれらを放つ。

 だが第一射と同様に、矢は岩魚竜の固い鱗に弾き返された。それでも構わず、ルベッタは次々に矢を番えては打ち出していく。

 岩魚竜の意識は、自然と遠方から小煩く攻撃を繰り返すルベッタへと向けられた。

 遠方からの矢の攻撃は岩魚竜には蚊に刺された程度でしかない。だが、鬱陶しいのも事実であった。

 そして、それこそがルベッタの狙いなのだ。

 岩魚竜の意識を自分へと向けている隙に、先鋒のアリシアが岩魚竜へと辿り着く。

 アリシアは走りながら、岩魚竜のために用意した武器の先端に巻き付けていた布を毟り取る。

 今回、彼女のが用意した武器は言うなれば棹状武器(ポールウェポン)である。

 それも棹斧(ポールアックス)と呼ばれる、長い柄の先に巨大な斧の刃を取り付けた武器だった。

 柄だけでも彼女の身長以上の長さがあり、加えて先端の斧部分は鋼製で、それだけでもアリシアの身長の半分ほどの大きさがある。

 柄と斧、両方合わせればゆうに3メートルを超えるその超質量武器を、アリシアは腰撓めに構えて走り、武器の間合いに入るや否や、それを横凪に思いっ切りふるう。

 『強力(きょうりき)』の異能で強化された腕力に加え、腰の回転と踏み込みの勢い、そして超質量を誇る棹斧の遠心力を加えたアリシアの一撃は、岩魚竜の胸鰭近くに命中し、そこを覆う岩のような強固な鱗を見事に打ち砕いた。



 『魔獣使い』更新しました。


 本来なら『怪獣咆哮』の方を更新したかったのですが、相変わらず『怪獣咆哮』は進まず……途中で『魔獣使い』の方を書き出したら一気に書けてしまいました。よって、こちらが先に更新する事に。


 本編もようやく岩魚竜との交戦開始。そしてアリシアの新武器も公開。

 3メートル以上もある長柄の武器を固い的にぶち当てたら、真っ先に柄が折れるんじゃね? という突っ込みはなしの方向でひとつ。

 ちなみに、岩魚竜のイメージはシーラカンスのような魚を想像してもらえれば、と。


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