08-暗黒竜
リョウトたちが受けた依頼にもかかわらず、その依頼対象である岩魚竜を狩りに向かったというリークスという名前の魔獣狩り。
その存在に、リョウトたち一行は頭を悩ませていた。
「雲雀の止まり木」亭の一室。リョウトたちが借りた四人部屋で、彼らはこの後どうするのかを相談していた。
「どうする、リョウト様?」
ルベッタのこの問いに、リョウトは答えもせずに渋い顔のまま考えこんでいる。
「先行したリークスとかいう魔獣狩りに、岩魚竜を先に狩られるという心配はないと俺は思うが?」
返事はなくても、それがリョウトが自分を無視しているわけではない事を理解しているルベッタは、彼の考えの一助になるのならと自分の考えを口にしていく。
「なんせコラー川は広大だ。噂を集めればある程度は岩魚竜の出現地点を絞り込めるだろうが、それでも奴は具体的な出現地点を知っているわけではないだろう。それに対して、こちらはほぼ詳細な出現地点を掴んでいる。それだけでもこちらに分があるというものだ。更に聞いた話では奴は徒歩で向かったそうだ。こちらは船の手配を済ませてあるから、数日出発が遅れても十分取り戻せる」
「それよりも、私は別の事が気になるわ」
「別の事だと? それは何だ、アリシア?」
「そのリークスって魔獣狩りなんだけど……本当にバロステロスと何か関係があるのかしら? というより、本当にバロステロスは生きているのかしら?」
暗黒竜バロステロス。
40年程前にこのカノルドス王国を蹂躙した悪魔とも魔神とも言われる破壊の化身。
その暗黒竜が生きているかもしれない。
そう思うだけで恐ろしさが背中を駆け上がる。
これはアリシアだけではない。この国に住む者は誰でも同じような思いをするだろう。
現にアンナは露骨にぶるりと震え、ルベッタでさえ苦虫を噛みしめたような顔をしている。
涼しい顔をしているのはリョウトぐらいだった。
「バロステロスが本当に生きているかどうか……リョウト様は何か知らないか?」
リョウトはバロステロスを倒した三人の英雄の血縁者である。その彼なら世間で交わされている話よりも具体的な事を知っているのでは、とルベッタは思ったのだ。
そしてそのリョウトは、何ともあっさりととんでもない事を口にした。
「え? 生きてるけど?」
何を当然な事を聞くのだ? と言いたげなリョウトの口調。そのため、彼の言っている事の意味を理解するまで、アリシアたち三人は少しばかりの時間が必要だった。
しばらくぽかんとしていた三人。やがて意を決したかのような思い詰めた表情でルベッタが口を開いた。
「ほ、本当なのか? 本当にあの暗黒竜は生きているのか?」
「ああ、生きている。だけど安心していい。あいつは今、その力の殆どを自ら封印しているから」
「自ら封印……だと?」
力の封印。それは例のリークスという名の魔獣狩りが言っていた事と一致する。
「じゃ、じゃあ、本当に……そのリークスって人に暗黒竜の封印があると言うの……?」
真っ青な顔で呟くアリシアに、リョウトは彼女を安心させるように微笑む。
「それはない。それだけは断言できる」
きっぱりと言い切るリョウト。そんな彼の様子を見て、アリシアとルベッタはほぅと安堵の溜め息を吐く。
「はい、あのー……。ちょっといいですか?」
アンナが小さく挙手しながら不思議そうな顔をして割り込む。
「先程から聞いていましたが、どうしてリョウトさんはバロステロスが生きていると断言できるのですか? 世間一般では暗黒竜は死んでいるとされています。かの竜倒の三英雄に敗れて。なのにどうして生きていると? 何か確たる証拠でもあるのですか? はい」
この質問に、今度はアリシアとルベッタが不思議そうな顔をした。
「ああ、そうか。おまえは知らなかったんだな」
「何がですかっ!?」
納得顔で頷くルベッタの態度が、アンナの気に触る。
どうしてもアンナには、アリシアとルベッタが奴隷らしく振る舞わない事が馴染めない。だからついつい気を荒げてしまう。だからと言って、二人をどうこう言うことはできない。あくまでも彼女たちはリョウトの奴隷であり、所有者であるリョウトが何も言わない以上、彼女に口出しする権利はないのだ。
「リョウト様のお祖父様は竜倒の三英雄の一人、「双剣」のガラン・グラランなのよ。だから世間一般よりもバロステロスについて詳しくても不思議ではないでしょう?」
「が、ガラン・グラランの孫っ!? リョウトさんがっ!?」
アリシアの答えに、アンナの瞳に宿る光が一際輝いた。
普段からリョウトを見るアンナの瞳には、眩しいものを見るようなうっとりとした熱が感じられていた。そしてリョウトが三英雄の血縁だと判った途端、その熱は更に大きなものになった。
「すごいですっ!! さすがはリョウトさんですっ!! はいっ!!」
「バロステロスを倒したのは僕じゃなくて爺さんだ。僕は英雄でも何でもないよ」
アンナの熱の篭もった視線に、リョウトは辟易した顔で告げる。
だが、それでもアンナの瞳から熱が失われるような事はない。
「それで、バロステロスが生きているのは間違いないんだな?」
「ああ、間違いないぞ」
ルベッタの念押しに答えたのは、リョウトではなく彼の肩に止まっていたローである。
ローに関しては、当初の予定通り王都を出てからアンナに説明した。
その際の、熱く自分をじーっと見詰めるアンナの視線に、ローが怖がるようにリョウトのフードの中へと逃げ込む一面もあったりしたが。
「生前のガランはいつも言っていた。自分は『竜斬の英雄』ではなく、『竜倒の英雄』だとな」
「そういえば、俺が初めてリョウト様と出会った時も、そんな事を言っていたな」
「つまり、ガラン・グラランたちは暗黒竜を倒しはしたけど、殺してまではいなかったって事なのね?」
アリシアの言葉に、リョウトとローは揃って頷いた。
「とはいえ、バロステロスが生きているなんて絶対に他では言わないでくれ。下手したら騒ぎになりかねない」
リョウトの申し出に、今度はアリシアたちが頷く番だった。
夜更けの「雲雀の止まり木」亭の一室。
ランプの灯りを最低限に絞った薄暗い部屋の中で、リョウトはテーブルにつき、そのテーブルの上に陣取ったローと話をしていた。
アンナは一人部屋を別に借りていてここにはいないし、アリシアとルベッタは一つのベッドで裸のまま寝息を立てている。
彼女たちはリョウトに何度も昇天させられ、気を失うように眠っていた。おそらくこのまま朝まで起きることはないだろう。
「何か気になることでもあるのか?」
テーブルの上にちょこんと乗ったローは、友であるリョウトを見上げる。
「ああ……封印の事だけど、アリシアたちにも言わない方が良かったかな?」
「気にする必要はあるまい。仮に封印の存在が誰かに知れたとしても、誰にも封印を解くことは適わん。そもそも、あの娘たちがおまえの意に沿わぬ事をするとは思えん」
「確かにアリシアとルベッタはそうだろうけど……アンナは……」
「やれやれ。相変わらずの朴念仁めが」
ローはテーブルの上で呆れたようにうずくまる。
「あの娘たちを得た事で、そちらも進歩したかと思ったが……全然変わらんな、おまえは」
「どういう意味だい?」
「どうもこうもあるか。少なくとも、あのアンナという娘もおまえの意に沿わぬ事はせんと言う事だ。それだけ判ればさっさと寝ろ。明日はいよいよ岩魚竜を探すのだろう?」
ローの言葉に憮然としながらも、リョウトは了承の返事をして空いているベッドの一つに潜り込む。
そしてしばらくして彼が寝入ったのを確認すると、ローはむくりと首だけを起こした。
「なぁ、ガランよ。おまえは我にリョウトを見守るように言ったな。いや、リョウトの子や孫までも見守ってくれと。我にそんな事を頼むよりも、おまえはなぜ人間の雄雌の交流という奴を教えてやらなんだのだ。竜である我でさえ、あの娘がリョウトをどう想っているのか気づくというのに、あやつはそれに全然気づいておらんぞ?」
寝ているリョウトをじっと見詰めていたローの視線が、つぅと横に流される。
その先で気持ちよさそうに寝ているのは、ローにとっても既にリョウトと同じぐらい大きな存在になっている二人の奴隷たち。
「だが、少なくともリョウトが子を成さないという事だけはなさそうだ。もしかすると、お主の曾孫は思いの外早く生まれるかも知れぬぞ、ガランよ?」
かつての友を思いながら、ローは再び目を閉じた。
目蓋の裏に浮かび上がるのは、かつての友との出会い。
それは激しくも痛ましい出会いであった。
だが、それがどうしたとローは思う。
出会いがどれだけ酷いものであろうとも、ローはガランという掛け替えのない友を得る事ができた。
今ではリョウト以外にもアリシアやルベッタという存在がいる。
ならば、今の自分は決して捨てたものではない。
辛い出会いを乗り越え、その先にはとても楽しい毎日があったのだから。
そしてその楽しい毎日は今でも続いている。
かつての友はこの世を去った。だが、その血脈は受け継がれて行く。
自分は一人ではない。その思いが全身を駆け巡る。
思えば自我というものに目覚めて以来、幾星霜もずっと一人きりだったこの自分が、だ。
孤独という最大の敵と決別した事を実感しながら、ローは心穏やかに眠りについた。
『魔獣使い』更新しました。
えー、今回はちょっとばかり短めで。
次回はようやく岩魚竜が姿を現します。そして噂の妄想野郎も登場。
できれば、今週中にもう一度更新する予定です。ええ、更新できるといいなぁ。
でもその前に『辺境令嬢』を書かなくては。
今後もよろしくお願いします。