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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
18/89

06-もう一人の異能持ち

 噂は聞いていた。

 今、街で評判の吟遊詩人。髪も目も黒いがなぜか左目だけが紅い事から、片紅目の吟遊詩人と呼ばれているという。

 最近ではかつての天才吟遊詩人、アクセル・ウィードの再来とまで呼ぶ者もいるらしい。

 アクセル・ウィードとは、十年程前までこのカノルドス王国で名声の高かった吟遊詩人で、主に竜倒の三英雄の英雄譚を唄っていた吟遊詩人である。

 今ある有名な竜倒の三英雄にまつわる英雄譚は、その殆どが彼の手によって作られた唄だという。

 そんな話題の吟遊詩人。名前までは知らなかったけど、一度その唄を聞いてみたいと思っていた。

 その矢先。

 彼女の勤め先である王立学問所の同僚の女性から、魔獣の生態に詳しい人物を探しているという話を聞いた。

 聞けば、とある魔獣狩り(ハンター)岩魚竜(いわぎょりゅう)を狩る事になり、その詳しい生態や特徴を知りたいのだと言う。


「良かったらあなた行ってみれば? それなりの謝礼も出るそうだし。しかも聞いた話だとその魔獣狩り、結構いい男らしいわよ? どういうわけか左目だけが紅いのですって。なんかミステリアスよね?」


 左目だけが紅い。その同僚の言葉に、彼女の心の中の何かが反応した。

 彼女はその同僚から詳しい話を聞き、さっそく足を向けてみる事にした。

 この街にある、『轟く雷鳴』亭という宿屋兼酒場へと。



 そして宿屋の主人を介して対面したその魔獣狩りの男性。

 魔獣狩りと聞いて、大柄で野性的な男性を想像していた彼女だが、その男性は優しげな面立ちで、始めて会う彼女に丁寧に対応してくれた。

 そして聞いた通りに紅い左目。

 取り立てて美形というわけではないが、整っていると言っていいだろう容貌。優しげだがそれでいてどこか芯の強さを感じさせる立ち振る舞い。

 今まで彼女の周囲の男性といえば、研究に没頭するひょろりとしたタイプか、金銭にものをいわせたスマートだが薄っぺらな男ばかり。

 今までに出会った事もないタイプであるその男性に、彼女の心臓はなぜか全力全開で鼓動する。

 少し気になるといえば、彼の背後に控えている仲間の魔獣狩りらしき二人の女性。

 彼女たちが時折見せる、彼に向ける視線に含まれるもの。それが同じ女性である彼女にははっきりと判った。あれは間違いなく情愛であると。

 何となく面白くないな、と思いながらも、表面には出さずに予定通り岩魚竜に関する話をする。

 持参した資料を元に話す彼女の言葉を、魔獣狩りの男性は真摯に聞いてくれた。

 リョウト・グラランと名乗ったその男性に対する彼女──アンナ・グールドの関心はどんどん大きくなっていった。



 一通りの説明をした後、店の主人が居合わせた者たちに酒を振る舞った。

 聞けば、今回の岩魚竜狩りは、主人が無理にリョウトたちに頼み込んだのだそうだ。

 そしてそんな彼らの激励のため、主人が酒を振る舞ってくれたのだ。

 もちろん、アンナもリョウトに誘われてご相伴に与ることにした。元々酒は好きな方なのだ。

 宴の途中、主人に乞われてリョウトが楽器を持ち出した。途端、周囲の客から期待の篭もった歓声が上がる。

 どくん、とアンナの心臓も一際大きく鼓動した。

 そして楽器を鳴らしながら大気を震わせる彼の唄声。

 彼が紡ぎ出す唄声は確かに素晴らしかった。

 そして、リュートを弾きながら唄う彼の姿にすっかり見惚れてしまった。

 そして彼女は悟る。やはり彼が噂の片紅目の吟遊詩人なのだと。

 そして益々気になり出したのは、彼の仲間と思われる二人の女性の事。

 彼女たちは彼をどう思っているのだろうか。そして彼は彼女たちをどう思っているのだろうか。

 普段の彼女なら例え思っても口に出したりはしない疑問。だがこの時の彼女は酒の勢いもあり、その疑問を口に出してしまった。それも決して穏やかとは言い難い雰囲気で。

 結果判ったのは、彼女たちはリョウトの奴隷であるという事。

 だが、彼女たちの奴隷らしからぬ堂々とした態度が、アンナの気に触った。

 本来、奴隷とは自己主張などせず、必要な時以外は背後で黙って控えている存在なのだ。

 事実、彼女の実家にいた奴隷たちはそうだった。

 アンナの実家は貴族ではないが、それなりに裕福な家だった。曾祖父の代から続く商家で、規模もそれなりのものを誇っている。実家では十数人の奴隷を有しており、彼らを様々な仕事を行わせていた。

 彼らは現在の主人の娘であるアンナに対し、あくまでも奴隷として接していた。

 与えられた仕事のみをこなし、求められなければ口さえ開かず。

 それが彼女の奴隷に対する認識だったのだ。

 だが、彼女たちは違う。

 奴隷なのに実に自由に生き生きとしており、それどころかリョウトの奴隷である事に誇りさえ感じているようだった。

 主人であるリョウトの許しもなく口を挟み、それどころか彼をからかう素振りさえ見せる。

 そしてリョウトはそんな奴隷たちを罰する事もなく、実に楽しそうに接していた。

 その事が彼女に更なる苛立ちを感じさせ、思わずリョウトに奴隷に接する態度がおかしいと口出しまでしてしまった。

 言いきってしまえば、奴隷は所有物である。どう扱おうが主人の自由だ。それこそ鞭打って無理矢理働かせようが、リョウトのように家族として接しようが。

 そんな事は判っている筈なのに、苛立ちから口を出してしまった。

 結果、彼の奴隷たちとは険悪になり、最後には彼から水をかけられる始末。

 その後、彼らの部屋へと移動したアンナ。そこで奴隷たちの気持ちとリョウトの彼女たちに対する気持ちをはっきりと思い知らされた。

 彼らの間にある絆。それが羨ましくて仕方なかった。

 それがどんな感情からくるものか、アンナもこの時にははっきりと理解していた。

 だからだ。彼らの狩りに同行を申し出たのは。

 奴隷たちとは違う自分の価値。それをリョウトに判って欲しくて。

 少しでもリョウトに自分を認めて欲しくて。

 例えそれが彼らの足を引っ張る事になると理解していても。

 そうせずにはいられなかったのだ。

 そしてこれは、アンナなりの奴隷たちに対する女としての宣戦布告でもあった。



 そしていよいよ王都を立つ日。

 アンナが待ち合わせ場所である王都の中央広場に着いた時、既にリョウトと二人の奴隷たちの姿があった。


「はい、お待たせしました、リョウトさん!」


 明るく挨拶したアンナに、リョウトは笑顔で手を振った。背後の奴隷たちもぺこりと頭を下げるものの、どこか憮然としたものが感じられる。

 彼らはそれぞれ飛竜の魔獣鎧(まじゅうがい)の上から丈夫な革製の外套を羽織っている。一般的な魔獣狩りの旅の格好だ。

 そしてアンナも上は布製ではあるものの袖の長い厚手で丈夫なもの、下も同様のパンツにがっしりとした革製のブーツ。

 そして背には食料や着替え、その他生活用品を納めた背嚢。

 これもまた一般的な女性の旅装束といえるものだ。

 この時、リョウトたちの姿を見たアンナはとある違和感を抱いた。

 そしてすぐにその違和感の正体に気づく。

 それは彼らが携えている武器だ。

 昨日『轟く雷鳴』亭で出会った時、リョウトは双剣、アリシアは長剣と楯、そしてルベッタは弓を主な得物としていると聞いた。

 だが、本日彼らが携えていた武器はそれらとは明かに違う。

 ルベッタの弓に変化はない。実際は先日仕留めた愚鈍牛ぐどんうしの素材を用いて強化した弓なのだが、そんな事はアンナには判らない。

 本日リョウトが携えている武器は双剣ではなく、頑丈そうなメイスと方形の楯。そしてアリシアの得物は布に包まれた巨大なシロモノ。形状から判断して大きな戦斧か戦槌と思われる。

 リョウトとアリシアの武器はどちらも、魔獣素材を用いた武器──いわゆる魔獣器(まじゅうき)の類ではなく、金属製の重量のあるものだ。

 他には三人とも短剣と剣鉈と呼ばれる切っ先の尖った鉈を所持している。これらは武器として使う事も可能だが、どちらかといえば野外生活のための道具だ。

 剣鉈は薮や枝を払ったり、野営の時の薪を割ったり、仕留めた得物の牙や爪を採取する事など様々な場面で重宝する道具だ。

 短剣の方は穴を掘ったり、食事の際の調理に用いたりとこちらも色々な用途がある。


「あ、あの、リョウトさん? その武器は一体……」

「これかい? 今回の相手は岩魚竜だからね。剣類よりもこちらの打撃武器の方が効果があると判断したから、新調したんだ」


 そう言われてアンナも納得する。

 岩魚竜の鱗は極めて固い。剣や槍などの刃で相手を切り裂く武器では固い相手には効果は低い。

 だが、衝撃を武器とする打撃武器ならば、固い鱗の上からでも十分ダメージを与えられる。

 魔獣に関して研究し、実家の商家では武器も扱っていたため、アンナにはリョウトの意図が理解できた。

 実際、これらの武器は今回の狩りのためにとリョウトがリントーを通じて手配したものだ。

 だが、理解できないものもあった。


「はい、えっと……アリシア……だったかしら? あなた、その巨大なもの……重くないの?」


 アンナの視線がアリシアが背負った巨大な『金属の塊』に突き刺さる。

 柄の長さだけでアリシアの足元から腰程まであり、更にその先に打撃部分がある。

 その重量は下手をすると、当のアンナの体重ほどはあるのではないか。

 だが、アリシアはその『金属の塊』を軽々と持ち運んでいるのだ。


「確かにな。おまえ、絶対に人間としておかしいだろ?」

「失礼ね! 人間としておかしいって何よっ!?」


 アンナの言葉の尻馬に乗り、明かにからかいを含んだルベッタの呟き。

 そんなルベッタに反論しながら、アリシア自身、確かにおかしいとは感じていたのだ。


「前はそんな事なかったのに……最近──愚鈍牛を狩るちょっと前ぐらいからかしら? 妙にものが軽く感じられるのよね……これだって、全然重く感じないし」


 アリシアは背中から取り出した『金属の塊』を、両手でしっかりと保持しながら呟く。

 そしてその場で軽く振り回してみる。上段からの振り下ろし。振り下ろされた『金属の塊』は、晴眼の位置でぴたりと静止する。その際、一切ぶれる事もなく。

 そして左右へ振り回し、続けて下から上へと斬り上げる。どの動きも重量に負けて身体が泳ぐような事はなく、全てがきっちりと制御されていた。

 とてつもなく巨大な武器を見事に操るアリシア。次第に周囲に居合わせた人々からも注目を浴び、あっという間に人垣が形成される。

 その人垣の中央で、更にアリシアは数度『金属の塊』を振り回す。その都度、周囲の観客から感嘆の声が上がる。

 中にはアリシアの行為を大道芸か何かと勘違いした者もいて、数枚の銀貨を投げて寄越す者まで現れる始末。

 自分自身の力にアリシアも驚きを隠せない。

 確かにこれは、ルベッタの言ではないが異常というものだろう。

 以前、リョウトと初めて出会った頃など、当時持っていた剣と楯を十数分も振り回せば腕が重くなっていた。

 だが今は、それよりも遥かに重量のあるこの『金属の塊』を振り回しても、まるで苦にならない。


「どう思う? リョウト様」


 『金属の塊』をぶんぶんと振り回すアリシアを見ながら、ルベッタは何やら考え込んでいるリョウトに意見を求めた。


「──僕にも正確な事は判らないが……推測ぐらいなら立てられる」

「ほう。その推測とは?」

「それは──」


 リョウトはそこまで言いかけて、改めて周囲に視線を走らせる。


「──今は取りあえず出発しよう。どうやらちょっと目立ち過ぎたようだ」


 周囲の人垣は更に大きくなっていた。

 今では『金属の塊』を振り回すのを止めたアリシアに、観客から「もっと続けろ」という無責任な野次まで飛び交っている。

 それを見たルベッタも、ふうと大きく溜め息を零す。


「同感だ。リョウト様の推測は歩きながら聞かせてくれ」



「──これは僕の推測に過ぎないが……アリシア、君は異能持ちだ」


 王都を出てしばらく。

 西へ向かう街道にはぽつぽつと旅人の姿が見受けられるが、リョウトたちの周囲には誰もいないに等しい。

 そして彼らも歩きながら、先程のアリシアの異様な力に関する推測をリョウトが語って聞かせた。


「わ、私が異能持ち……?」


 リョウトの予想外の言葉に、彼の数歩後ろを歩いていたアリシアが思わずきょとんとして自分を指さす。


「え? で、でも、今まで異能なんて全然……」

「これは以前、亡くなったじいさんの友人から聞いた話なんだが……」


 俄に信じられないリョウトの言葉に、アリシアは相変わらず呆然としたまま彼の話を聞いていた。

 アリシアの横を歩くルベッタは明かに面白そうな表情を浮かべ、専攻分野が違うとはいえ研究者であるアンナまで、興味深そうにリョウトの話に耳を傾ける。ちなみに、彼女はちゃっかりとリョウトの横を歩いていた。


「異能というものは何らかのきっかけがあって目覚めるものらしい。中には生まれつき異能を持ちながらも、そのきっかけがなくて異能が目覚めないまま死んでいく者もいるそうだよ」

「じゃあ、アリシアは元々異能を持っていたが、最近までそれが目覚めなかったというわけか?」

「あくまでも僕の推測ではだけどね」


 リョウトの説明になるほどと頷くルベッタ。


「はい、リョウトさん。それでアリシアの異能とは具体的にはどのようなものなのでしょう?」


 研究者としての性か。好奇心に瞳を輝かせたアンナが、律儀に挙手しながら問いかける。


「僕の考えでは……アリシアの異能は『強力きょうりき』の異能だと思う」


 元々少ない異能持ちだが、それでも発現数の多い異能と少ない異能というのは存在する。

 『治癒』や『雷』といった異能は少ない部類だが、逆に多い部類に分類されるのが、今リョウトの言った『強力』などの身体強化系の異能だ。

 『強力』『超反射』『駿足』などといった異能が身体強化系代表例だろう。


「なるほど。アリシアは最近その『強力』の異能に目覚めたため、あんな怪力を発揮するようになったというわけだな」

「でも、その異能が目覚めたきっかけは何だったのですか? はい」


 アンナの質問はリョウトに向けられてのものだったが、それに答えたのはルベッタだった。


「そりゃ決まってるだろう。アリシアがリョウト様に教え込まれた女としての悦びがきっかけだったのさ」


 と、赤面するアリシアとアンナに向けて、ルベッタは意味もなくいい笑顔で右手の親指を立てて見せた。


 『魔獣使い』更新。


 今回はアリシアが異能に目覚めるの巻。

 もともと、アリシアには異能持ちであるという設定がありました。ただ、異能の内容までは決まっておらず。しかし、あまり強力な異能もなんだかなぁ、というわけで単純に怪力を発揮できる『強力』の異能に落ち着きました。

 まあ、地味に強力な異能ですけどね。

 そういえばアリシアにはもう一つ隠し設定があります。実は彼女、『辺境令嬢』のヒロインであるミフィシーリアとは再従姉妹に当たるんです。といっても、小さい頃に少し交流があっただけで互いに名前ぐらいしか知りませんが。

 この設定を使うかどうかはまだ未定。逆にこのまま死設定になる可能性は大。


 今後もよろしくお願いします。

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