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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
17/89

05-アンナの提案

 リョウトたちが泊まっている部屋は今、重苦しい沈黙が立ち籠めていた。

 部屋の中では、リョウトたち三人がテーブルについて真剣に悩んでいた。

 彼らの悩み。それは数刻前の事だった。



「はい! 私も一緒に行きますっ!!」


 互いの気持ちを確かめ合い、改めて絆を固めたリョウトとアリシアとルベッタ。

 そんな三人をどこかうらやましそうに眺めていたアンナが、突然発したのが先の台詞であった。


「一緒に行くって……まさか、岩魚竜(いわぎょりゅう)狩りに同行する……って事かい?」

「そうです、はい!」


 思わずぽかんとするリョウトたちだったが、すぐに我に返るとアンナを翻意させようと説得する。


「それは止めた方がいい。狩りに同行するのは危険だ。君は傭兵でもなければ魔獣狩り(ハンター)でもないんだ」

「ですが、私には知識があります。きっと私の知識はリョウトさんの力になる筈です」


 知識が時として強大な武器になり得る事はリョウトも理解している。

 だからと言って、自身の身を守る術もない人間を狩りに同行させるのは、足手まとい以外の何者でもない。

 魔獣は決して甘い相手ではないのだ。

 だが、結局アンナの決心を覆す事はできなかった。


「同行させてくれなければ、勝手について行くだけです。はい」


 とまで言われた事もあり、リョウトは一晩考えさせてくれとアンナに提案し、アンナもこれを了承した。

 そのアンナは、住まいとしている王立学問所の職員寮へは帰らず、今晩はこの『轟く雷鳴』亭に部屋を取って泊まっている。

 アンナがリョウトたちに就寝の挨拶を告げ、部屋から出て行った後、三人は互いに顔を見合わせて大きな溜め息を吐いた。


「……やれやれ。厄介な事になったな……」


 そう呟いたのはリョウトだったが、アリシアもルベッタも彼と同じ心境だった。



 部屋の中に沈滞する沈黙を切り裂いて、言葉を発してのはアリシアだった。


「本当に彼女、連れて行くの?」

「仕方ないだろうな。どうやら意地になっているようだし」

「意地?」

「そうだ。俺たちに対して意地を張っているのさ」


 意味が判らなかったらしいアリシアに、ルベッタは詳しく説明する。


「どうやらあの女……俺の(・・)リョウト様に気があるみたいだからな。奴隷風情である俺たちがリョウト様の傍にいる事が気に入らないのさ。そこで自分もリョウト様の役に立つ事を証明しようと──」

「そういう事だったのね。ところで今、さらっと聞き逃せない事を言わなかったかしら?」

「んー? 気のせいじゃないのか?」


 じーっと剣呑な眼で見詰めてくるアリシアを、ルベッタは涼しい顔で受け流す。

 そんな彼女たちのやり取りをよそに、リョウトはずっと腕組みしたまま考え込んでいた。


「どうかしたの、リョウト様?」

「いや、もうこの時点で最初の計画を断念しなくちゃならなくなったな、と思ってね」

「最初の計画?」

「そう。岩魚竜を狩るための計画だ。僕の考えでは、魔獣たちの力を借りて岩魚竜を陸に引き揚げ、狩るつもりだったんだが……」

「ふむ。殆どこの前の愚鈍牛の時と同じ作戦だな」


 ルベッタの言葉に、リョウトは苦笑する。自分でもこの手段ばかりに頼っているなと感じていたのだ。


「だけど、それが使えなくなった」


 どうして使えなくなったのか、とアリシアとルベッタは疑問に感じたが、すぐにその理由に思い当たった。


「彼女が同行するから……ね?」

「ああ。僕の異能はあまり他人に知られたくない。アンナの前では使いたくないんだ」


 リョウトの言葉に、アリシアとルベッタは何か重いものを飲み込んだような気持ちになった。

 リョウトの従えている魔獣。その存在はいつの間にかアリシアとルベッタにも大きなものとなっていたのだ。

 リョウトが魔獣を呼べば何とでもなる。そんな楽観的な思いが、いつしか二人の心のどこかに根を張っていた。

 だが、今回はその魔獣の力は借りられない。という事は、自分たちだけの力で岩魚竜と対峙しなくてはならない。

 当たり前といえば当たり前の事だ。だがそれでも、まるで武器も持たずに強大な魔獣と対峙しなくてはならないような不安感が二人にのしかかる。それ程までに、二人の心のどこかでリョウトの魔獣たちの存在は大きくなっていたのだ。


「明日になったら、もう少し岩魚竜の事を詳しくアンナに聞かないといけないかな」


 椅子の背もたれに身体を寄りかからせ、リョウトは天井を見上げながらそう呟いた。



「それにもう一つ問題がある」


 椅子の背もたれに寄りかからせていた身体を元に戻し、奴隷たちの顔を順に見回しながら更なる問題点を告げるリョウト。


「ローをどうするか、なんだが……」


 奴隷たちの視線がテーブルの上にちょこん、と乗っている小さな黒竜へと集中する。

 アンナが部屋に来た時は、リョウトたちの他に見知らぬ気配を感じたのでベッドの下に隠れたローだったが、彼女がいなくなるとのそのそと這い出て来て、最近では定位置になりつつあるテーブルの上に乗っていた。

 アンナは王立研究所で魔獣の研究を専攻していると言っていた。そんなアンナの眼に、幻と言っても過言ではない竜はどのような存在として写るか。想像するのは難しくはあるまい。


「もちろん、我はリョウトと一緒に行くとも。リョウトを見守る事こそ、我とガランが交わした最後の約束だからな。だが……今回ばかりは一緒にいない方がよいかも知れんな……」


 そう呟いたローはどこか寂しそうだった。

 考えてみれば、リョウトが祖父の小屋に引き取られた時、すでにローはいた。それ以来、リョウトとローは常に一緒だったのだ。

 それにリョウトとしても、ローと一緒にいたいという気持ちはある。リョウトにとってローは、アリシアとルベッタとは別の意味で大切な存在なのだから。


「……この際、あの女にリョウト様の異能やローの事を話してしまったらどうだ?」


 ルベッタのこの提案に、アリシアは露骨に眉を寄せた。


「私は反対ね。これはあくまでも私個人の意見でしかないけど、どうもあのアンナって人は好きになれないわ」

「おまえがあの女を好きになれないのは、リョウト様に色目を使うからだろう?」

「そ、それは……確かにそれは否定しきれないけど……」


 真っ赤になりながらちらっと視線を向けてくるアリシアに、リョウトは微笑みながら頷いてやる。


「だけど、ルベッタの言う方法もありかも知れないね。彼女は信用できると思う」

「まあ、基本お人好しのリョウト様ならそう言うと思ったよ。だけど、これだけは覚えておいてくれ。本当に心から信用できる人間は極めて少ないって事をな」


 肩を竦めつつもそう忠告してくれるルベッタに、リョウトは先程アリシアに向けたものと同じ微笑みを浮かべる。


「そんな事はないと思うよ? だって僕はもう二人も心から信用できる人間を見つけたからね」


 真っ正面から臆面もなくそう言い放つリョウトに、ルベッタにしては珍しく赤面しながら、照れくさそうに視線を逸らしながらぽりぽりと自分の頬を引っ掻いた。



 その後も三人──と一体──で相談した結果、リョウトの異能に関してはぎりぎりまでアンナには秘密にする事で落ち着いた。

 そしてローに関しては、一緒に旅する以上見つかるのは時間の問題であると判断し、王都から出て人気がなくなった辺りでアンナに打ち明ける事にした。

 万が一、アンナが必要以上にローに興味を示した場合、何らかの形で脅迫まがいの行為に出るのも覚悟の上で。

 そして翌朝。三人が階下の酒場兼食堂に降りると、既にアンナは待っていた。


「あ、おはようございます、リョウトさん。夕べはご迷惑をおかけしました。はい」


 テーブルについていたアンナがリョウトたちに気づき、立ち上がってぺこりと頭を下げた。

 だが、その視線はリョウトのみ向けられており、アリシアとルベッタには一瞥さえしなかった。

 二人が奴隷だから挨拶する必要さえないと考えているのか。それとも『敵』と認定したためか。

 リョウトもアンナの態度に多少感じるものはあったが、普通は奴隷にまでわざわざ挨拶しない事は知っていたので、敢えてそこには何も触れなかった。

 当然アリシアとルベッタの彼女に対する好感度は下がる一方だったが、それが普通の対応である事は心得ていたのでリョウト同様顔色も変えなかった。


「はい。それで夕べの私の提案は了承してくれました?」

「まあ、いくつかの条件付きでならね」

「はい? 条件……ですか?」


 こくん、と首を傾げながらアンナは反芻した。


「岩魚竜との戦闘に限らず、何か荒事が生じた際は、絶対に僕の指示に従う事」

「はい、判りました。条件はそれだけですか?」

「いや、他にもあるけど……今はちょっと言えないんだ。その時になったら改めて伝えるよ。それで構わないか?」

「内容次第ですけど……でも、リョウトさんの言うことならどんな事でも了承しますよ! はい!」


 そう言って満面の笑みを浮かべるアンナを、リョウトの背後からじーっと睨め付ける視線が二つ。


「あの女……にこにこと無駄に笑顔を振り蒔きやがって。明かにリョウト様に好印象を与えるつもりだな……」

「ええ。魂胆が見え見えね」

「おもしろい。これは俺たちに対する宣戦布告と受け取ったぞ……」

「私たちも遠慮する必要はないって事ね……」


 何やら物騒な事を呟いている奴隷たちを知ってか知らずか、アンナはリョウトに向けて笑顔の花を一杯に咲かせていた。



 岩魚竜狩りに出発するのは明日の早朝と決まり、本日は旅に必要なものの買い込みなどの準備を行う事にしたリョウト一行。

 アリシアとルベッタは旅の途中で必要となる食料や消耗品の買い出しに。リョウトはアンナから更なる岩魚竜の情報収集。

 リョウトとアンナが宿に残る事を知った時、アリシアとルベッタが珍しくリョウトの言いつけに渋る一幕もあったが、結局は彼の言葉に従って買い付けに出かけて行った。


「──じゃあ、岩魚竜の体長は大きくても5メートルぐらいって事かい?」

「はい。そうです。過去に6メートルを超えた個体の報告例もありますが、それは例外と考えていいでしょう。平均した大きさは4メートル前後といったところですね」


 岩魚竜の具体的な情報を聞きながら、リョウトはどのようにして岩魚竜と戦うかを考える。

 船などに乗って水中の岩魚竜と対決するとなると、リョウトとアリシアの武器ではまず役に立たない。そうするとこちらの攻撃手段はルベッタの弓のみとなってしまうが、その弓でさえ水中ではどの程度まで威力を保てるか判らない。

 かといって陸に引き揚げるにしても、今度は強力な水噴射が待っている。

 だがそれでも、リョウトは岩魚竜と戦うなら陸に揚げるべきだと判断した。

 理由は先程も言った通り、相手が水中では自分とアリシアが戦力外になってしまう事だ。

 それぐらいなら危険度は高くなるものの、陸に揚げてしまって三人で協力した方がいいだろう。

 だが、そうするにしても問題はまだ残されている。


「……どうやって岩魚竜を陸に揚げるか……それが問題だな。4メートルもある巨体では、釣り上げるというわけにもいかないだろうし……」


 岩魚竜を陸に引き上げる。その前提こそが最大の問題なのだった。


 『魔獣使い』更新しました。

 今回はリョウトとアリシア・ルベッタの間に、アンナが何とか入り込もうと決心と努力するお話。

 後半は岩魚竜に関する追加情報ってところですか。

 次回はもう少しアリシア・ルベッタvsアンナの女の戦いを描写して、いよいよ岩魚竜狩りに出発する予定。

 うん、予定。予定は決定じゃないから予定って言うんだよね?


 次もがんばります。よろしくお願いします。

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