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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第2部
16/89

04-アンナ・グールド

 岩魚竜いわぎょりゅうについて詳しい人物。

 『轟く雷鳴』亭の主人であるリントーに紹介されたその人物は、リョウトたちが想像していたような人物像とは随分とかけ離れた人だった。


「はい。私がリントーさんの紹介でやってきたアンナ・グールドです。よろしくお願いしますね」


 肩甲骨まで伸ばされた真っ直ぐなシルバーブロンドに藤色の瞳。身長はアリシアよりも頭一つ低いあどけない容姿。

 見た目にはどう見ても15か16歳ほどにしか見えないが、リントーによれば彼女はこれでも25歳なのだという。

 そして彼女は王立学問所に勤める研究員でもある。それも魔獣の生態の研究が専門だというから、今回の件には確かに打ってつけの人物であるだろう。

 王立学問所とは名の通り、王国が各種学問・研究を行うために設けている施設で、貴族の子女の殆どが幼少期にここに通い、文字の読み書きや基本的な算術などを習う。

 ちなみに、元貴族であるアリシアもかつては通った経験がある場所であった。

 この国の識字率はさほど高くはない。貴族はともかくとして、庶民では裕福な家の子供たちが王立学問所に通うか、私塾を開いている識者の元で読み書き計算を習う。

 中級層以下の庶民で、文字の読み書きや計算ができる者はかなり少ないのだ。

 リョウトは祖父の友人に読み書きなどを教わっているし、ルベッタも所属していた傭兵団で読み書きのできる傭兵から習っているが、これは少数派だと言えるだろう。


「はい。それでは早速、岩魚竜について解説したいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 容姿同様幼げな声でそう尋ねるアンナに、リョウトたち三人は揃って頷いた。

 それを確認したアンナは、持参した資料を開きながら岩魚竜に関する説明を始める。


「はい。まず岩魚竜は竜と呼ばれてはいますが、分類上は竜や亜竜の仲間ではなく、あくまでも魚類に分類されます。ただし、魚といっても彼らはいわゆる肺魚であり、えらではなく肺呼吸をしています。なので岩魚竜は時折水面に呼吸のために顔を出さなくてはなりません」


 リョウトを始め二人の奴隷たちは、魚が水の中でえら呼吸をしているのは知っていたが、肺呼吸する魚がいる事は初耳だった。

 だが、リョウトたちは今はその事は関係ないと判断し、アンナの解説に耳を傾ける。


「はい。彼らは実に強靭な各種のヒレを有しており、このヒレを用いて水中を力強く高速で、かつ素早く泳ぎ回ります。特に動物でいうところの四肢にあたる胸ヒレと尻ヒレは強靭で、この四つのヒレを器用に使って陸上でも短時間ながら活動できます。もちろん、水中に比べると動きは格段に遅くなりますけど」


 アンナは両手をぱたぱたと振りながら解説する。

 その姿があまりにも彼女の幼げな容姿に似合っていたので、リョウトたちは思わず苦笑する。

 そんな苦笑をかみ殺して、ルベッタが片手を上げてアンナに質問する。


「それで、岩魚竜の主な攻撃方法は?」

「はい。水中での主な攻撃方法は、その強固な身体をそのままぶつけてくる体当たりですね。この体当たりをまともにくらうと、大型の船でさえ一発で沈むと言われています。はい」

「と言う事は、陸上に上がるとまた別の攻撃方法がある?」


 リョウトの質問に、アンナはにっこりと微笑む。


「はい。なかなか鋭いですね。えーっと……確かリョウトさん、でしたね?」


 事前に自己紹介した時のことを思いだしたアンナが、岩魚竜に関する資料から顔を上げてリョウトを見る。


「あなたが言われた通り、陸に上がった岩魚竜はある意味で水中よりも恐ろしい存在となります。岩魚竜は体内に水を溜める袋を持っていて、陸に上がる前にその袋に水を溜め込みます。そしてその水を口から吐き出して攻撃して来るのです、はい」


 アンナは口を窄めてふーと何かを吐き出す仕草をする。


「はい。この吐き出された水の勢いは凄まじく、人間程度の大きさのものなら簡単に吹き飛ばしてしまいます。そして吐き出す水には二種類ありまして、一つは真っ直ぐに勢いよく吐き出す直噴射、もう一つは細かく周囲にばらまくように吐き出す散噴射です」

「確かにそれはやっかいだな」

「そうね。水中の岩魚竜と戦うか、それとも陸に誘き出して戦うか……どちらにしても戦いづらい相手ね」


 リョウトの背後に控えていたアリシアとルベッタが、アンナの説明を聞いてそう結論づけた。

 水中の岩魚竜と戦おうとするなら、こちらも船の上など足場の定まらない条件での戦いは免れない。そうかと言って陸上に誘き出せば、今度は強力な水噴射が待っている。確かにどちらで戦うにしてもやりづらい相手となるだろう。


「ま、どちらの条件で戦うかはリョウト様が決めるだろう。俺たちの役目はどちらにしろ変わらんよ」

「ええ。リョウト様の指示に従って全力で戦うのみ、ね」


 と、アリシアとルベッタは不敵な笑みを浮かべた。



 その日の夜、『轟く雷鳴』亭の酒場は大騒ぎだった。

 リョウトたちに無理な討伐を依頼したリントーが、気を利かせて景気づけにと彼らと居合わせた客たちに酒を振る舞ったのだ。

 居合わせた者たちは喜んで酒を飲み、これから岩魚竜を狩りに行くリョウトたちの前途を快く祝してくれた。

 対してリョウトもその返礼にと景気のいい唄を披露する。もちろん、今日もリョウトの喉は大絶賛である。

 だが、そんな盛況な酒場の片隅では、小さな諍いが起ころうとしていた。


「……やっぱり彼が最近噂の片赤目の吟遊詩人だったんですね……彼の左目を見た時もしかしてと思ったんですが、魔獣狩り(ハンター)だとばかり思っていたので人違いかと思いました。私、以前から噂の片赤目の吟遊詩人の唄が聞いてみたかったんです。はあぁぁ、噂通り素敵な唄声ですねぇ、はい」


 リョウトに誘われてこの宴に参加していたアンナは、テーブルの一つに陣取ってワインの入ったグラスを片手にほんのりと頬を朱に染めて唄うリョウトの姿を見入っていた。

 いや、見蕩れていると言った方がいいかもしれない。

 そのアンナの視線が急にリョウトから離れ、同じテーブルについていたアリシアとルベッタに向けられる。

 ただし、その視線は先程リョウトに向けられていたきらきらとしたものではなく、どこか敵意の篭もったぎらぎらとしたものだったが。


「聞きそびれていましたが、あなたたちはリョウトさんとはどのような関係なのですか? 見たところ単なる魔獣狩りの仲間……というだけではなさそうですけど?」

「私たちはリョウト様の奴隷よ。それがどうかしたの?」


 ワインをちびちびとなめつつ、アリシアは平然と奴隷だという事を口にし、ルベッタもその隣で豪快にエールを喉に流し込みながら頷く。


「ど、奴隷っ!? あ、あなたたち奴隷だったのっ!? だ、だけど首輪してないじゃないっ!? それとも身体のどこかに所持印を直接刻まれているのっ!?」


 だが、アリシアとルベッタがまさか奴隷だとは思ってもみなかったアンナは、思わず立ち上がってしまう程に驚いていた。

 そして、一見しただけでは二人は奴隷の証である首輪をしていないように見える。その事もアンナには疑問のようであった。

 アンナの指摘に二人は揃って己の首元の玉石を連ねた首飾りを指さした。


「これが私たちの奴隷の首輪よ。ほら、よく見て。ここにリョウト様の名前が刻んであるでしょ?」

「なかなか洒落た奴隷の首輪だろう? まあ、こんなものを奴隷の首輪にしているのは俺たちだけだろうがな」


 誇らしげに奴隷の証を示す二人。その堂々とした態度に、アンナの驚きは更に大きくなった。


「で、でも、あなたたち奴隷なのに私たちと同じテーブルで同じ物を食べて、あまつさえお酒まで……それが許されると思っているの?」


 本来、奴隷に与えられる食事は主人の食べ残しか、奴隷用の安くて味もよくない物が普通である。更に主人と同じテーブルで一緒に食事するような事もあり得ない。ましてや酒など普通は与えられもしないものだ。

 アンナが二人の食事を見て驚くのも無理はない。


「許すもなにも、主であるリョウト様が好きなように飲み食いしていいと言っているのだから、何も問題はないだろう?」

「なんですってっ!?」


 平然と言ってのけるルベッタに、アンナの顔色が酒精による赤とは別の赤に染まる。

 おそらく酒の勢いもあるのだろう。アンナの怒りは更に加速する。そして酒の勢いを得ているのは彼女だけではないようだ


「奴隷なら奴隷らしく床にはいつくばって物を食べなさいよ!」

「ふざけないで! 私たちの主はリョウト様よ! それ以外の誰にも命令される謂れはないわ!」

「そうだとも! 俺たちのご主人様はリョウト様ただ一人! それ以外の奴にああだこうだ言われたくないな!」


 三人とも既に立ち上がり、一触即発といった状態。だがそんな三人に冷水を浴びせた者がいた。

 文字通り、彼女たちの頭から水をぶっかけたのだ。

 三人はその暴挙におよんだ人物へと怒りの篭もった視線を向ける。だが、その人物が誰なのか判った途端、三人の怒りの炎は瞬く間に鎮火した。

 彼女たちの視線の先にいるのはもちろんリョウト。彼はいつになく真面目な顔で彼女たちのすぐ近くまで来ていた。


「三人とも頭は冷えたか?」


 いつになく低く冷たく響くリョウトの声。そんな声を初めて聞いたアリシアとルベッタの背中を、冷たい何かが滑り落ちていった。

 三人に着いた火が消えたと判断したリョウトは、彼女たちに背中を向けるとカウンターにいるリントーの元へと足を運んだ。


「店を汚して済まないね、親父さん。これは詫賃だ。残りは場をしらけさせてしまったお詫びに皆に何か飲ませてやってくれ」


 リョウトはカウンターに百枚以上の銀貨を置くと、再び立ったまま硬直している三人の元へと戻る。そして無言のまま三人を彼らが泊まっている部屋へと連れて行った。



 部屋に戻ったリョウトは二人の奴隷に冷たい視線を注ぐと、先程同様の冷たい声で告げた。


「酒を飲むなとは言わない。だが、酔った勢いで辺りに迷惑をかけるのは認めない。いいな?」

「は、はい、申し訳ありません」

「以後、気をつけます」


 しゅんと項垂れる二人から視線を離し、今度は呆然としているアンナへと向き直った。


「僕の奴隷たちが迷惑をかけたようで申し訳ない。そしていきなり水をかけた事も重ねてお詫びします」


 アンナへと頭を下げて謝罪するリョウト。アンナも十分に頭が冷えたようで、リョウトに謝られて逆に困惑している。

 だが一瞬だけ、彼女がアリシアとルベッタに勝ち誇ったような視線を向けたのをリョウトは見逃さなかった。


「だが、アンナさん。先程彼女たちも言った通り、彼女たちは僕の奴隷ものだ。そして彼女たちをどう扱おうが僕の自由だ。僕は彼女たちに食事などを制限するつもりは一切ない」


 きっぱりとそう言いきるリョウト。彼にはっきりと自分の奴隷もの宣言されたアリシアたちは嬉しそうに頬を染める。

 そんな嬉しそうなアリシアたちがなぜか面白くなく感じたアンナは、今度はリョウトへとくってかかった。


「ですが、リョウトさんの奴隷の扱いは間違っています! 確かにたまにご褒美として美味しい食事やお酒を与えるのもいいでしょう。ですが、それが毎日というのは度を超えています! 奴隷は奴隷らしく扱わないと、その内に言うことを聞かなくなりますよ!? それに──」


 アンナはアリシアたちが腰に下げた剣や短剣を見ながら続けた。

 彼女たちは主人であるリョウトの身を守るため、鎧は着ていなくても武器は常に携帯するようにしているのだ。


「奴隷に常に武器を与えておくのも間違っています! 奴隷に武器なんかを与えておいたら、いつ逆上した奴隷に後ろから刺されるか判らないじゃないですか!?」


 戦時に奴隷に武器を与えて戦わせる事はよくある。魔獣狩りが奴隷を従者として使う事も珍しくはない。

 だが、それでも常時奴隷に武器を与えておくような事はしない。

 それはアンナが言った通り、いつ奴隷が反逆するか判らないからだ。

 だが、リョウトはその辺もアリシアとルベッタの自由にさせていた。


「それも僕の自由だろう。僕は彼女たちを信用している」

「それにいつも後ろから刺されるのは、どちらかと言うと俺たちの方だしな。なあ、後ろから刺されるのがとっても好きなアリシア?」

「な、なんて事言い出すのよっ!? わ、私は別に後ろからしてもらうのが好きってわけじゃ……た、確かに好きか嫌いかと言われたら好きだけど……」


 真っ赤になって思わず自爆するアリシア。ルベッタはそんなアリシアを見てにやにやと笑い、リョウトも先程までの冷たさはすっかり引っ込んで苦笑している。

 そしてルベッタの言っている事が何を意味するのか悟ったアンナは、アリシア以上に真っ赤になってあたふたしていた。


「あ、あなたたち……リョウトさんとそんな事を……な、なんてうらやま……じゃなくて! なんてふしだらな……」

「そうは言うが、俺たちはリョウト様の奴隷だし? リョウト様のような若い男が二人も女奴隷を飼っているんだ。する事はするに決まっているだろう?」


 先程とは逆に今度はルベッタが勝ち誇った顔でアンナを見やる。そして彼女に見せつけるようにリョウトの腕にしなだれかかった。


「そ、そそそ、そういう行為は愛する男女がするものでしょうっ!?」


 まだ酒精が抜け切っていないのか、再び着火したっぽいアンナがむきになって反論する。だがそれは、すっかり冷静に戻ったルベッタに、更に手痛い反撃を与える事になる。


「俺はリョウト様を愛しているとも。奴隷としてはもちろんだが、一人の女としても、な」

「わ、私だってリョウト様を愛しているわ!」


 アリシアもルベッタに負けじとリョウトの腕を抱え込むようにして抱きつく。

 今なら判る。彼と初めて出会った時に抱いた気持ちが何なのか。

 どうやら自分は彼に一目惚れに近い状態だったらしい。

 そしてほんの一時別れた際、彼女は奴隷に落とされた。

 もう二度と彼と会うことはできない。そう考えた時、彼女の絶望は奴隷に落とされた時の絶望よりも大きかったのだ。

 だが実際は一日と経たない内にリョウトが目の前に現れ、奴隷に落ちた自分を買い取ってくれた。

 あの時に感じた気持ち。

 奴隷に落ちたという悲愴感は、彼のものになれたという幸福感があっさりと吹き飛ばしてくれた。

 以来、彼女の気持ちは変わらない。いや、変わるどころかどんどん大きくなる。

 そして今、その気持ちをはっきりと口にする事で、アリシアは改めて認識した。

 自分はリョウトを愛していると。

 そしてリョウトは、自分に寄り添い、はっきりと気持ちを口にしたアリシアとルベッタを抱き寄せて囁いた。


「ありがとう。僕も君たちを愛している。もちろん奴隷としてではなく女性としてだ。二人一緒、というのは少し変かもしれないけどね」


 小さな囁き。少し離れたところにいるアンナにようやく聞き取れるぐらいの小声。

 だが、抱き寄せられていた二人の耳には確かに届いた。

 リョウトは照れくさいのか、真っ赤になりながら決して二人の奴隷たちを見ようとはしなかったけど。

 嬉しそうに微笑むルベッタと、感きわまってリョウトの腕に顔を押しつけたままのアリシア。

 そんな三人を少し離れたところから見続けていたアンナ。

 彼女はこの時、一つの決心をする。

 それが岩魚竜へと挑むリョウトたちを更に苦しめる結果になるのだが、当然彼女はその事に気づく筈もない。


 『魔獣使い』更新。


 いつもここへ着ていただいてありがとうございます。

 おかげさまを持ちまして、この『魔獣使い』も着実にアクセス数が伸びております。

 お気に入り登録件数も60件近くになり、総合PV30000以上、総合ユニーク6000以上となりました。

 今後ともがんばりますので、見捨てずお付き合いください。


 よろしくお願いします。

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