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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第1部
10/89

09-異能持ち

「奴隷の解放──ですか。手段はさほど難しくはありません。ですが、それが認められるかどうか……」


 ロームには珍しく、苦虫を噛み締めるような表情で呟く。


「奴隷を解放するには、その旨を自分が住んでいる地域の統治者に伝え、それを認められれば良いのです」

「その口振りだと、奴隷の解放を認めてもらうのが難しいって事?」

「確かに、過去に犯罪を犯して奴隷に落とされたような者が、奴隷から解放されるのは難しいですが、問題はその統治者が奴隷解放の手続きを行ってくれるかどうかなのです」


 住んでいる地域の統治者とは、貴族の治める領地ならばその貴族、王国の直轄地なら国王その人か代官が統治者となる。

 当然、そのような人物は何かと忙しい──はず──ので、奴隷の解放という些細な事務手続きはどうしても後回しにされる傾向がある。

 そして奴隷の中には犯罪を犯して奴隷に落とされた者もいて、そのような者の場合解放の許可が出ない事も多々ある。

 当然その奴隷の前歴を確認するのも統治者の仕事となるし、それに奴隷は解放してもしなくても統治者から見れば然したる問題ではない。

 よって尚更後回しにされる場合が多いのだ。

 奴隷解放の申請を出しても、統治者のやる気にもよるが数年かかるのが普通とされている。


「これが、貴族や有力な商人などの申請の場合、すぐに取り扱って貰える場合がありますが……リョウト様がいくら英雄の血縁とはいえ、おそらくは後回しにされるでしょうな」


 ロームの話を聞き、腕組みをして考え込むリョウト。

 彼としてはすぐにでもアリシアたちを解放してやりたいのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 やや落胆の表情を見せるリョウトに、ロームが別の方法を示す。


「もし、リョウト様が彼女たちの早期解放を望むのであれば……方法がないわけではありません」

「……それはどんな?」

「リョウト様ご自身が、統治者となるのです」



 リョウトたちはロズロイ奴隷商を後にした。

 アリシアとルベッタの二人も、胸と腰回りだけを覆う奴隷の衣服から普通の衣服に着替え、リョウトと共に館を出てリョウトの後ろを歩いている。

 途中、町の住人の何人かがアリシアとルベッタというタイプの違う二人の美女を振り返り、その彼女たちの首に奴隷の首輪がある事に気づくと、羨ましそうな視線を彼女たちの数歩前を歩くリョウトへと向ける。

 そして彼らは「雲雀の止まり木」亭へと辿り着いた。

 ドアを開けて入口を潜ると、「雲雀の止まり木」亭の主人が相変わらずにやりとした笑みを浮かべて出迎えた。


「よう、お帰り。朝メシも食わずに飛び出していったと思ったら、奴隷を二人も買ってきたのか? まあ、おまえさんも若いからな。判らないでもねえ。しかしまあ、よく二人も奴隷を買うだけの金があったな──ん?」


 主人は親しげな挨拶を寄越すと、ふと気づいたようにアリシアに視線を向けた。


「お、おまえ、アリシアじゃねえか! い、一体いつ、奴隷になんかなっちまったんだよ!?」


 アリシアとここの主人とは以前から顔見知りである。そのアリシアがいきなり奴隷になって現われたのだから驚くのも無理はない。

 そんな主人の質問に色々あってね、と曖昧な答えを返し、アリシアはリョウトたちと共に部屋へと引き揚げようとした。


「まあ、待ちなよ。一人用の部屋を三つ借りるより、四人用の部屋を一つ借りた方が安上がりだぜ? それにそっちの方がおまえさんたちにも都合がいいんじゃねぇのか?」


 上へ上がろうとしたリョウトたちを呼び止め、「雲雀の止まり木」亭の主人は相変わらずにやりとした笑みのまま彼らにそう告げた。


 彼は昨日リョウトの唄を聞き、彼の吟遊詩人としての実力を高く評価していた。

 それにリョウトの唄は既にこの界隈で評判になっており、先程から何件も今夜もあの吟遊詩人は唄うのか、という問い合わせがきている程だ。

 だから主人としてはリョウトに気を配り、彼がしばらくこの宿に滞在して唄う事を望んでいるのだ。

 明日の明け方近くになったら、湯を張ったたらいを部屋の前に置いておいてやろう、とリョウトにしたらありがた迷惑な事をこっそり心の中で考えながら。



 今度の部屋にはベッドが四つと大きめのテーブル。そしてそのテーブルには椅子が四脚。

 テーブルの上に水差しと木製のカップが四つという、昨日リョウトが泊まった一人部屋よりも上質な部屋のように感じられた。

 その新しい部屋へと入り、取り敢えず思い思いに休息を取るリョウトたち。

 リョウトはテーブルに腰から外した紫水竜の(アメジストソード)を置くと、そのまま椅子を引いて腰を下ろす。

 ルベッタは何も言わずにベッドの一つに座り、悠然と足など組んでいる。

 そしてアリシアは。

 彼女は奴隷商の館から「雲雀の止まり木」亭に着くまでの間、ずっと考えていた事があった。

 そしてアリシアはベッドの一つ傍らに立ちながら、いかにそれを切り出そうかとちらちらとリョウトの様子を窺う。

 リョウトに一言謝ろう。彼女はずっとその事を考えていた。

 自分が奴隷として売られたのは、自分の落ち度だ。いくらリガルに騙されていたからといっても、それは自分自身の問題であってリョウトは無関係の筈。

 だが実際は、その無関係なリョウトに助けられた。しかも、彼にとって大事な祖父の形見の一つを手放してまで。

 だからアリシアは、例え許してもらえなくてもリョウトに謝ろうと思い、決心を固めて一歩彼に歩み寄ろうと踏み出す。

 だが彼女が何かを言うより早く、リョウトはアリシアに唐突に頭を下げると謝罪の言葉を発した。


「済まないアリシア。君が奴隷になってしまったのは元を正せば僕に責任がある」

「え……? ちょっと待って! い、一体何の事? どうして私が奴隷になったのがリョウトの責任になるの? それより、謝るのは私の方じゃ……」


 突然のリョウトからの謝罪にアリシアは戸惑う。ルベッタも黙ってベッドに腰を下ろしたまま、リョウトの話を聞く体制に入っている。

 そしてリョウトは語る。魔獣の森で、彼がアリシアたちをずっと見ていた事を。


「……そう……だったの……」

「うん……だから、君を助けたのは偶然じゃない。バロムの姿に怯えた君が、足でも滑らせて怪我をしていないか心配になってね。マーベクに探してもらったんだ」


 リョウトの説明を聞き、彼に助けられたのが偶然ではなく必然だったとアリシアは理解した。だが、彼の言葉の中にどうしても理解できないものも何点か含まれていた。


「えっと……ね? 今の話に出てきたバロムとかマーベクって誰? あなたの知り合いの村の人?」


 だが、リョウトはベーリル村の住人とは折り合いが悪いと言っていた筈。では一体誰だろう、とアリシアが考えていると、リョウトはとんでもない事を平然と口にしてのける。


「バロムは魔獣の森の長の飛竜の名前だよ。あいつに君たちを脅してくれって頼んだのは僕なんだ。だから君が狩りに失敗したのは僕のせいであり、その結果、君が奴隷になってしまったのも僕のせいなんだ」

「ま……魔獣の森の長っ!?」


 アリシアの脳裏に、あの時の恐怖が甦る。

 ルベッタも魔獣の森の長の事は知っていたらしく、驚いた表情でリョウトを見ていた。

 そんな彼女たちを順に見やり、リョウトは改めて口を開く。


「まず、最初に結論を言おう。僕は異能持ちだ。それもかなり特殊な異能を持っている」



 昨夜と同様、「雲雀の止まり木」亭の酒場にリョウトの声が響く。

 彼の噂を聞き付けた多くの人々が、「雲雀の止まり木」亭を訪れて彼の唄に耳を傾けている。

 もちろん酒場の片隅で、アリシアとルベッタもリョウトの唄を聞いていた。


「……正直驚いたな。少年の唄がこれ程のものとは……俺もこれまで各地を渡り歩いたが、これ程の技量を持った吟遊詩人は見たことがない」

「ええ……本当に……」


 ルベッタが感嘆の溜め息を零し、アリシアはリョウトの唄に聞き惚れる。

 今夜、リョウトが吟じているのは昨夜同様竜倒の三英雄の唄。

 だが今夜のそれは竜を倒した英雄譚ではなく、三英雄の日常生活をコミカルに唄い上げたもの。

 リョウトの声がわざと調子を外した戯けたものになる度、酒場の中に大笑いが巻き起こる。

 腹を抱えて笑い、酒杯を空け、料理を平らげ、聞こえてくるリョウトの声に再び笑い声を上げる客たち。

 そんな客たちの様子を眺めながら、アリシアとルベッタは昼間にリョウトから聞かされた話を思い出す。


「異能……か。少年は自分の異能の事を『魔獣使い』の異能と呼んでいたな……」


 ルベッタの呟きがアリシアの耳に届く。

 『魔獣使い』の異能。確かにリョウトは自分の異能をそう呼んでいた。

 彼の話によると、この異能は文字通り魔獣を使役する異能らしい。

 使役といっても魔獣を思い通りに支配するのではなく、魔獣と親しくなり願いを聞いて貰う程度の拘束力しかないそうだが。

 特定の魔獣とえにしを結び、その縁を結んだ魔獣を呼び出すことができる、とリョウトは言う。

 彼の左腕にある五つの痣は、魔獣と縁を結んだ証であり彼はこれを「縁紋(えにしもん)」と呼んでいた。

 もっとも、どんな魔獣とでも強制的に縁を結べるものではなく、あくまでも魔獣の側に縁を受け入れるつもりがなければならない。


「魔獣を使役するのではなく、魔獣と友達になる異能だと思って貰えればいい」


 とはリョウトの言である。

 そしてそんな縁を結んだ魔獣の一頭が魔獣の森の長であり、彼がつけた名前がバロムである。

 リョウトによると、バロムと縁を結んだ切っ掛けは、彼が幼い頃に彼の祖父とバロムが戦った事であった。

 激闘の末、その戦いに勝利したのは彼の祖父。戦いに敗れた飛竜は深い傷を負いながらも辛うじて生きていた。

 そんな飛竜をリョウトは気の毒に感じ、ぐったりと横たわった飛竜の傷を何とかして癒してあげたいと思った時。この時初めてリョウトの異能が開花した。

 不意に両者の間に結ばれた感応。互いの気持ちがなぜか理解でき、リョウトとバロムの間に確かに何かが繋がった。

 そしてリョウトの左腕に浮び上がる一つの痣。この瞬間、リョウトとバロムは確かに縁が結ばれたのだ。

 その後、リョウトは何頭かの魔獣と縁を結び、現在は五頭の魔獣と縁を結んでいると彼は語った。

 リョウトの左腕にある五つの縁紋。それぞれ形の異なる五つの痣が、自分と魔獣とを結ぶ絆なのだと。

 そしてそんな異能こそが、彼と彼の育ったベーリル村の村人たちの間の諍いの原因。

 村人たちは魔獣と友達のように接するリョウトを気味悪がった。

 人々にとって魔獣は脅威以外の何者でもない。そんな魔獣と親しげにするリョウトは、他者から見れば気味の悪い存在であると同時に畏怖すべき存在でもあった。

 だから村人たちはリョウトを避けた。リョウトも避けられる原因を理解していたから無理に村人に関らなかった。

 唯一人オグスという名の少年だけが、リョウトと普通に接してくれた。

 オグスは魔獣の森でとある魔獣に襲われている時、偶然居合わせたリョウトに助けられたのだ。

 今まさに自分に鋭い牙を突き立てんとしている魔獣。その魔獣をリョウトは魔獣の森の長を呼び出して助けてくれた。

 だからオグスだけはリョウトを避けない。畏れない。

 そんなオグスは、リョウトにとってかけがえのない存在だったと彼はにっこりと笑いながら言った。


「少年が怖いか?」


 思いに耽っていたアリシアの耳に、隣のルベッタの声が響いた。

 アリシアが彼女の方に振り向けば、彼女は唄うリョウトをじっと見つめている。


「……ええ。確かに少し怖い。私は魔獣の怖さをよく知っているから……」


 魔獣狩り(ハンター)であるアリシアは、魔獣の恐ろしさをよく知っている。

 それが例え彼女が駆け出しで、相対したことのある魔獣が低級のものでしかなくても。

 そしてリョウトが自分の異能を語った時、もしかしたらアリシアたちにも畏れられるのではないかと心の中で密かに怯えていた事にも彼女は敏感に気づいていた。


「でも……私はリョウトを……いえ、リョウト様を拒否したりしない。私はリョウト様の奴隷だから。主人であるリョウト様に着いて行くと決心したから」


 奴隷に売られた自分を助けるため、祖父の形見を惜し気もなく手放したリョウト。そんなリョウトの思いに応えるため、アリシアは彼の奴隷となって彼に尽くそうと決意した。

 今ならば彼女にも判る。リョウトと出会った時の自分の感情(きもち)が。

 間違いなく、自分は彼を一目見ただけで惹かれてしまったのだろう。

 もちろん、彼女とてこれまで同年代の異性と触れ合いがなかったわけではない。かつては伯爵家の令嬢として、他の貴族の令息たちとそれなりの付き合いはあったのだ。

 しかし、アリシアが知る貴族の令息たちは、見た目や家柄はともかく腹の中では何を考えているのか判らない連中ばかりだった。

 何が自分の得になり、何が得にならないか。彼らの頭にはまず第一にそれがあった。

 しかし、リョウトにはそれがない。彼はいい意味で朴訥だった。

 人を騙す事を良しとせず、例え他人でも困っている者には手を差し伸べる。例え、その結果自分が傷ついても。

 彼は魔獣の森で自分を助けてくれた。

 彼は言う。それは魔獣の森の長をけしかけた自分のせいだと。

 だけど、彼が自分を助けてくれた事は事実である。彼にとって、自分を助ける事は何の得にもならないはずなのに。それでも助けてくれた事がアリシアは素直に嬉しかった。そして、そんな彼に彼女は惹かれたのだ。

 これが彼女の知る貴族の令息たち──例えば、一緒に狩りに赴いた三人の仲間であれば、きっと自分はあの場で見捨てられただろう。仮に例え助けられたとしても、何らかの代償を求められたに違いない。

 それに加えて、今度は祖父の形見を手放してまで再び自分を救ってくれた。

 もしかすると、彼女が今抱いている気持ちは単なる恩義なのかもしれない。二度も助けられた事で恩義と愛情を勘違いをしているだけなのかもしれない。

 しかし、それがどうしたというのだ。

 少なくとも、アリシアは今までに同年代の異性にこのような想いを抱いたことはない。

 ならば。

 ならば、これが──この想いこそが自分の愛情だ。アリシアはそう思う。

 そもそも、愛情に決まった形などないではないか。ならば、これこそが自分が彼に対して抱く愛情なのだ。

 だから、自分はその気持ちに素直になろうと思う。今ではすっかりと自覚した、この胸の内の想いに。

 アリシアは、揺るぎのない決意を視線に込め、主となったリョウトを見詰めながら彼のものになるとルベッタに断言した。

 その迷いのないアリシアの言葉に、ルベッタは軽く笑みを浮かべると彼女もまた断言する。


「俺も決心したよ。俺も少年……リョウト様に着いて行こう。そして身も心もリョウト様に捧げよう、とな」

「み、みみみみ身も心も……っ!? そ、そそそそそれってつまり……っ!!」


 ルベッタの言わんとしている事を理解し、アリシアは真っ赤になりながら狼狽える。


「その通りだ。リョウト様とて若い男。女奴隷を二人も手に入れれば、当然そういう行為を求めてくるさ」


 ルベッタの挑発するような言葉は、主ではなく同僚ともいうべき少女をじっと見つめながら。


「そ、そりゃあ私だって……そ、その……リョウトが……いえ、リョウト様が求めてくるなら……その……それに応じるのは奴隷としての勤めだもの……ええ、そうよね」


 真っ赤になりながらも、そっちの覚悟も決めるアリシア。


「ほう、アリシアも覚悟完了したか。ならば今夜は二人してご主人様に可愛がってもらおうじゃないか」


 ルベッタが挑戦的な笑みを浮かべた時、酒場の中で再び大笑いが木霊した。

 アリシアにはその笑い声が、先程の覚悟を励ましているような、それでいてどこか生暖かく見守られているような気がして、再びその顔を朱に染めた。


 『魔獣使い』更新。


 まだ、王都に向かって旅立ちもしません。

 早く動けと切に願う。本当に。

 でも、あと2話はこの町にいるんだろうなぁ。


 今日は『辺境令嬢』の方も更新します。

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