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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

王道(?)ハピエン

誰かに愛されたい殺し屋と呪われたお嬢様の話

作者: 喜楽直人
掲載日:2026/04/28

ホーホーとフクロウの鳴く声が不気味に響く夜の森。

今宵は新月だ。月の灯りのない夜の空には常なら見えないほど小さな星すら闇夜で輝き煌めいている。

しかし、それも森の外での話だ。

鬱蒼と繁った葉たちに蔽いつくされ星明りの導きを拒む森の中を、男は一人慎重に歩を進めていった。

「くそっ。これで迷って生きて帰れなかったら化けて出てやる」

幾ら夜目に自信があるとはいえ、あまりにも暗い夜の闇の中を軽々と進める訳もない。依頼人の告げた時刻までもうそれほど猶予はないというのに、いまだそれらしい建物を発見できず、男は苛立っていた。

その時、ふいに靴の爪先に、光を感じて空を見上げた。

『森の入り口からひたすらまっすぐ奥へと進むと、樹も下生えすらない空間にぐるりと囲まれた、森の中の森へと出る』

鬱蒼と繁る森の木の葉に遮られ見えなかった星空が、両手を伸ばした程度の隙間から覗いていた。

「ここか」

『空間と言っても大人一人が両手を広げた程度しかない。その奥の森の、更に奥だ』

その言葉の通り、確かに星の光が届く下生えすらない地表には、両側に生えている樹々の木の根がぼこぼこと絡み合って浮き出てきていた。

「くそっ。歩きにくいな」

侵入されることを阻むようにでこぼこと入り組んだ木の根を踏み越え、男はなんとか奥の森に足を踏み入れる。奥の森の空気は、それまでとはまるで別の場所に来てしまったかのように、冷たかった。

「この更に奥か」

鬱蒼と繁る葉が吐き出す湿度のせいだろうか。じっとりと纏わりつく冷たい空気に顔を顰める。

男はすでにこの仕事を受けたことを後悔し始めていた。

だがこれまで受けた仕事はすべて難なく熟してきた男には、今更逃げ帰る訳にはいかない。

「なぁに、仕事自体は簡単に終わる。早く終わらせて、帰って糞して寝る。それだけだ」


そう誓ってからそれほど経たずに、それは見つかった。

『黒い屋根の、古い屋敷がある。誰も住んでいないように見えるかもしれないが、気にせず屋敷の中へ。鍵は掛かっておらん』

蔦の絡まる正門を押し開き、屋敷の敷地内へ。黒い屋根なのかは夜の闇に沈んで分かりにくいが、白壁との対比がはっきりしている。そうそう他にこの森の奥に屋敷がいくつも建っているとも思えなかった。

「たぶん、ここで間違いないんだろう。あぁそうだった」

男はおもむろに扉に手を掛けた。そうしてその扉が言われた通りに鍵が掛かっていないことを確かめると、ゆっくりと開いた。

ギギィィィ。

むわりと埃が立ちのぼった。思わず顔を顰める。

「くそ。なんだこの黴臭い屋敷は。こんなところに一人で暮らしているなんて、正気か」

小さな声で悪態を吐きつつ、首元に巻いていた黒い布を口元まで引き上げると、そのまま埃まみれの廊下を進む。

磨かれることがなくなって久しい窓から差し込むごくわずかな星灯りが、枯れた花と傾いた肖像画、そして蜘蛛の巣に捕らえられた蛾の干からびた姿をあやしく暗闇の中に浮かび上がらせていた。

大きなお屋敷だというのに、誰もが寝静まっているようで人の気配が薄い。

感覚の鋭い男でもようやく感じられるほど微かに、闇の中で眠る存在がいることを感じとることができるだけだ。

いや、この気配の持ち主は本当に人なのかもあやしいとさえ感じられる。それほど、ここの空気の淀み具合はおかしかった。

こんなところに人が生活しているというのか。騙されたのではないかと不安になった時、廊下の突き当りに、言われた通りの扉があった。

狼とそれを囲む荊が刻まれている。

両開きのその扉の奥からずっと感じていた人の気配がある。

男の雰囲気が、がらりと変わった。


扉を開いて中へ入る。その部屋は暗かった。

当たり前だ。燭台ひとつ点いていない部屋、しかも今宵は新月だ。部屋の中だけでなく窓の外ですら淡い星明りしかない。窓ガラスから差し込んでくるはずの星明りを分厚い緞帳が遮っているのだ。真っ暗な闇で、その部屋は満たされていた。いや、それだけではない。どこかで小動物でも死んでいるのか、空気が生臭い。

男は、慌てて仕事を始めたりしなかった。

暗闇の中、気配を殺して、じんわりとその目が闇に馴染むのを待つ。

しっかりと夜目が利くようになったところで、部屋の中央に鎮座している四柱式ベッドを覆っている瀟洒なレーストリムの内側へと滑り込んだ。


ベッドの中央の膨らみが呼吸に合わせて規則正しく膨らんでは沈み込む。

少女らしい控えめで厚みのない膨らみだ。ベッドカバーの上からは、銀の河のような髪が流れ出ていた。

まっすぐに天井をむいて仰向けで寝ている小さな顔は、今回の標的(ターゲット)の少女のものだった。

黒いマスクで隠した肌こそ白いが、その黒い髪と瞳は、部屋を埋め尽くす闇に溶け込む。

その隙間から目だけをのぞかせて、男は聖句の刻まれた鞘から短剣を抜いた。

夜の早い新月。すでに日付を跨いだこの時刻に起きている者など、男だけだろう。

今回の仕事は、今日という日時だけでなく使う獲物まで指定されていた。

更に、雇った実行役と直接会って、直に依頼内容を伝えたいという依頼人なんぞ滅多にいるものではない。男は初めてだった。

指示に従うのは面倒くさい。その分、報酬も高くなる。それでも依頼内容を簡素化していない。いかにも訳アリだ。

『眠っている間に殺してやってほしい。夢の国から黄泉の国へ(いざな)うように。安らかな死を』

どうしても念を押したかったのだろう、その依頼の内容を思い浮かべる。

依頼者の男の後ろには、依頼者の男の腕の中で笑う少女(ターゲット)の肖像画が掲げてあった。

慈しみあった時間はすでに過去になってしまったのだろう。こうして父親が男へ依頼するくらいなのだから。

安らかな死も何も、死んでしまったら、何も変わらない。死は死でしかない。

寝ているところを殺されよういと、起きている時であろうと、死に違いなどないのに。


ただし、依頼者とターゲットの関係を考えれば配慮が必要なのかもしれないと推測はできる。できはするが、殺したいと高額な依頼料を払っているくせになにを、と思わずにはいられない。

「馬鹿らしい」

そう、一言でいうなら馬鹿らしいに尽きる。

そうは思うが、できないならともかくできることをせずに、できなかったというのは自分の能力が低いようで気に入らない。

どんなにくだらない要望だろうと、男にとっては受け入れない理由にはならない。

そのお陰で、報酬の桁が変わるとすれば猶更だ。

「こういう仕事は、さっさと済ませるに限る。お嬢さんに恨みは無いが、これが俺の仕事なんだ。悪いな」

依頼人から用意された短剣を振り上げ、首元へと狙いを定めたところで、ターゲットである少女の目が開き、暗闇の中でまっすぐ男を見上げていることに気が付いた。

「すまないな。寝ている間に、済ませてやりたかったんだが。しくった」

「あら。まだ諦めていない人がいたのね」

驚くこともおびえることすらせずに言い返してくる少女に、男はほんの少しだけ興味を覚えた。

だから、余計なことだと思いつつ会話をする気になった。きっと、訳も分からず殺されるより心が安らぐことだろう。寝ている間にという依頼は叶わなかったが、これで少しは依頼者である父親の願いに近づく気がした。

「あぁ。お前の親父さんから、お前を殺してほしいと依頼を受けた」

「お父様が? まぁ、まだ生きていらっしゃったの。とっくに死んだものだと思ってましたのに」

「はっ、親が親なら娘も娘だな。さすが実の親から死を願われるだけはある」

「まぁ。わたくし、いま褒められたのかしら」

「褒めてねぇよ」

「あら。そうでしたか」

「じゃあな」

きらりと男が振り上げたナイフが光る。

白くて細い首にそれが刺さる瞬間、少女が笑った。

「あなたに私が殺せるかしら?」

「この状態からしくじるかよ」

言葉を告げ終わる前に、男の手に標的の肉へとナイフが沈んでいく感触が伝わってきていた。

よく研いだ刃が、つぷりと筋肉を切り裂き、深く沈んでいく。

皮膚を、肉を。

狙いすました太い血管まで到達したところで、押し込んだ刃を横へと動かした。

何の音もしない。抵抗もしない獲物を切り裂くことは、男にとってあまりにもたやすいことだった。

人を殺すというのは、簡単な仕事だ。


「辞世の句にしては、負け惜しみがひどかったな」

悪く思うなよ、と男が笑った時だった。

『それは、どうかしらね』


耳に届いたその声は、子供が笑っているようだった。

まるで鈴を転がすような愛らしい声。

血まみれになっているはずの、少女のものとは思えない。

いいや。そもそも喉を裂かれているのだ。声など出る筈もない。

なのに、どこにも血など流れていなかった。

そのことに気が付いた男が焦りの声をあげる。

「馬鹿な!」

確かにあった手応えを探して、手に握ったままのナイフへと視線をうつしたが、そこにも血などついていない。


喉を切り裂かれた少女が、男の身体の下からするりと起き上がった。

目の前にある華奢な首にはぽっかりと大きな穴が開いている。

黒い穴だ。開いた穴の中にはただ闇があった。

その闇は、少女の皮の下に隠れたがってもぞもぞと蠢いていた。

蠢いて、白い皮を引っ張り上げ、引き伸ばし、くっつき合い、それは皮に開いた穴を塞いで、更にもぞもぞと動く。

「ふう。もう慣れたけれど、やっぱり身体を切り裂かれる感触は、何度味わっても気分のいい物ではないわね」

そうしてすっかり元の綺麗な、傷一つない白い喉がそこにあって、鈴を転がす愛らしい声で男に微笑みかけたのだった。

「ごめんなさいね? 私を殺せるのは聖職者様だけだと思うのよねぇ。でもあの人たち、呪いをかけられただけの哀れな被害者(イケニエ)の命を奪うなんてって言って。私を前にすると泣くだけなのよね」

ほうっと嫋やかな手を頬にあて嘆く。

被害者(イケニエ)?」

聞き捨てならない単語に、男は眉を顰めた。

「そうよ。殺し屋さんは聞いてないの? 哀れな少女の、哀れな物語。知らないのなら、教えて差し上げるわ」


遠い遠い昔。何十年では足りないほど、ずっとずっと遠い昔。

この地方には忌神さまがいた。

ありとあらゆるものを妬み、嫉む神が坐す土地は、疑心暗鬼と不信、猜疑心に満ちていた。

天候に恵まれ収穫が上がれば、隣の土地の持ち主は自分より多く収穫できたことを僻み、自分より美しい妻を得た隣人を羨む。

いつしか人々は疲弊していく。土地を捨てる者も増えた。

そのことに危機感を覚えた領主一族は、隣の土地神に願いを掛けた。

「どうか、我が土地の新しい神として、忌神の支配に疲れ切ったわが土地を掬ってほしい」

「その変わり、我が一族は永遠の信仰を捧げる」

神の命も力の源も、信者の信仰心次第。

領主一族が揃って隣の土地神へ信仰を変えたことで、忌神はこの地を去った。

そうして新たにやってきた土地神は、その年に新たに誕生したその領主一族の中で最も年若い命、領主の末の娘へ祝福を授けた。

元々愛らしい少女であったが祝福を受けてからは美しい少女として名を馳せた。

神の祝福を受けた美しい少女の下へは10歳にして数多の縁談が舞い込む。中には王族からの申し込みもあったという。

しかし、彼女と相対した途端、人々が少女に向ける目は変わってしまうのだ。

少女らしい見目とは裏腹に、神の祝福を受けた彼女の知識は神の如き博識さを誇り、すべての民を平等に、合理的な思考で裁定を下す。

庇護欲をそそられ近寄ってきた男たちは聡明な少女との会話に鼻白み、婚姻の申し入れをうやむやにしたし、その知識を求めてやってきた者もずっと年下の幼い少女をうまく操って甘い汁を啜ろうとして来る者ばかりで、実際に自分より賢く操ることなどできない少女に激怒する始末。

そうそうしている内に、少女の成長が、ぴたりと止まった。

少女の身体は、まるで成長しなくなった。

背が伸びなかっただけではない。爪も髪も、なにもかも。何一つ、まるで変わらなくなってしまったのだ。

それと同時に、表情すら変わらなくなる。まるで、人形のように、その瞳から光が失われていく。

もう少女を見ても誰も愛らしいとも、守りたいとも思わない。

不気味な存在だと、視界に入れることすら嫌悪するようになっていったのだ。

そう。神の祝福を受けた少女は、土地神と同じで信仰心を向けられなくなったことで、与えられた祝福の力が人からすればマイナス方向へと発動するようになったのだ。

愛されなくなって成長できなくなった少女は、ずっと、そこに坐すことになった。

土地神がこの地を修めている限り。永遠に。ひとりで。



「永遠に、ひとりで?」

「えぇ」

「しかし、依頼者はお前の父親で」

「たぶん私の血族なんだと思う。土地神への信仰心を失うことはできない。そうしたら忌神が戻ってくる。そうならない為にも、今の土地神様を失うことはできない。それでも、私だけに貧乏くじを引かせていることを悔やんでいる。いたのよ、お父様も、お母様も。ううん、おじいさまもおばあさまも、たぶん、一族全員が」

「なら! 一族の人間は、お前を嫌悪したりしなかったんだろう? それじゃダメだったのか」

「ダメだったの。私たち一族はすべて土地神様の眷属となっていたから」

「あぁ。なるほど」

外からの信心が必要だったのだ。

「まぁわたくしも積極的に死にたい訳ではないの。モチロン、このまま生きているのか死んでいるのかも分からないまま、永遠のような時を一人で過ごしているのもどうかと思うのだけれど。それでも、夢見てしまうものでしょう?」

「夢?」

「えぇ、私を生涯愛して、この呪いともいうべき神の祝福から解き放たってくれる王子様が現われてくれることを」

その時、闇が支配する夜が明けた。

新月の夜が、終わる。

神の力があまねく地を守る、陽の光が鬱蒼とした森の闇を払い、窓ガラス越しに差した。

彼女を信じ、愛し、大切にして、心を捧げてくれる一族以外の存在がいなくなったせいで、人としての生活を奪われた少女が、神のあたたかな光の中で儚く微笑む。

「さぁ。悪いけれど報酬はあきらめて帰ってくれるかしら。違約金は取られないのでしょう? それでよしとして頂戴」

まるで人形のような微笑みを浮かべて少女が伝える。

だが男は、それを素直に受け入れるつもりはなかった。


「なぁ、荒唐無稽なお前の話を信じ、愛し、大切にして、心を捧げる一族以外の存在がいればいいんだよな? そうすれば、お前はちゃんと人としての生活を、送れるようになるのか」

男の問いに、少女は軽く答えた。

「そうよ」

「なら、答えは簡単だ」

男は少女の手を掴み、立ち上がらせた。

「それでさ、俺がお前を愛したら、お前は俺を、あ、あぃ……」

真っ赤になってそこから言葉が続かない男に向かって少女が笑う。


「勿論よ。私たちの子どもの名前を考えなくちゃね」









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誰かに愛されたい殺し屋と呪われたお嬢様の

『子どもの名前を考えなくちゃね』 というお題が出たので書いてみました。




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― 新着の感想 ―
>男は少女の手を掴み、立ち上がらせた。 「それでさ、俺がお前を愛したら、お前は俺を、あ、あぃ……」 幸運の女神の前髪を即座に掴んだのですわねえ。 坐して待っても己の物語は始まらない、手を伸ばさなければ…
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