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下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


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第九話 「三雲しおり、想定より厄介な現場」

 結論から言うと。


 この現場は、

 書類で想定できる範囲を全部踏み越えていたようだ。


 それを一番早く理解したのは、

 調整庁の若手職員――三雲しおり本人だった。


「では……こちらが、

 本件に関する一次・二次確認資料になります」


 そう言って三雲が差し出したのは――


 束だった。どこに入っていたのか


 ファイル一冊、ではない。

 クリアファイルが三つ。

 ホチキス止めの報告書。

 付箋だらけの追加資料。


 机が、ほぼ書類になった。


「……その量、店の在庫より多くないですか」


「通常です」


 三雲は即答した。

 声が真面目すぎる。


「通常でこの圧?」


「はい。

 “軽微な時間ズレ”案件の、標準構成です」


「軽微の定義、今日更新されました?」


「軽微です」


 もう一度、言い切られた。


 横を見る。


 奏が立ち上がって横から書類を覗き込んでいる。


「ふーん」


挿絵(By みてみん)


 完全に他人事だ。


「発生地点は古針時計店。

 対象は建物周辺――」


「“周辺”って、どこからどこまで?」


 奏が聞く。


「玄関?

 道路?

 駅?

 県境?」


「……県境は含まれません」


「今の間、判断した?」


「はい」


 判断が早い。


「定義上は、“影響が及ぶ可能性のある範囲”です」


「便利ですね」


 俺が言う。


「責任を取らなくていい言葉の代表例です」


「……業務上、必要な表現です」


「分かります。

 便利ですもんね」


 三雲は何も言わなかった。


「次に、確認されている時間ズレですが――」


 一度、間を置く。


「最小で、数分程度です」


「そのくらいなら、体感誤差ですね」


 俺は頷いた。


 だが。


「最大で、約十時間です」


「……十時間」


 確認するように繰り返す。


「それを“軽微”に分類した人、

 相当強いですね」


「連続した体感が十時間以内であれば、

 業務上は“軽微”に分類されます」


「……その“体感”、誰基準ですか」


「基準は、こちらになります」


 書類を一枚、指で叩かれた。


「ちなみにその基準、睡眠は含まれます?」


「含まれません」


「なんで」


「個人差が大きいためです」


「便利だな……」


 奏が、小さく頷いた。


「確かに」


「……奏」


 思わず口に出た呼び方に、

 自分で少しだけ違和感を覚える。


 三雲は淡々と続ける。


「主に夜間から早朝、

 および断続的に日中で確認されています」


「断続的、今日何回目の便利ワードですか」


「……三回目です」


「ちゃんと数えてるんですね(ホントかよ)」


「記録対象ですので」


「怖い職業だな……」


「次に、対象者の関与可能性について――」


 そこで、三雲の言葉が止まった。


 視線が、奏に固定されている。


「……?」


「い、いえ」


 慌てて書類に戻る。


「“関与の有無は断定できず”と、なっています」


「断定できないのに、この量?」


「はい」


「断定できないのに、二日連続で来る?」


「……はい」


「すごいですね」


 三雲は褒められたと思わなかったらしい。


「疑われてる自覚は、一応持っておいた方がいいですよ」


 そう言うと、

 奏は肩をすくめた。


「そっか」


 その軽さに、もう指摘する気も起きなかった。


 三雲は咳払いをした。


「仮に、対象者が原因だった場合ですが――」


「私?」


 奏。


「はい」


「どうするの?」


 三雲は資料をめくる。

 五枚。

 六枚。


「……第三対応フローです」


「要約すると?」


「“経過観察”です」


「……それだけ?」


「……はい」


「何もしない、という理解で?」


「“継続的”経過観察です」


「言い方をアップデートしただけですね」


 奏が首を傾げる。


「じゃあさ」


「はい」


「今日も観察?」


「はい」


「明日も?」


「……はい」


「一年後も?」


「……理論上は」


「長期契約だね」


 三雲のペンが、一瞬止まった。


「……記録します」


「しなくていいです」


 俺は即座に言った。


「それ、冗談なので」


「冗談も記録対象です」


「怖い職業だな(二回目)」


 俺は、小さく息を吐く。


「ちなみに」


「はい」


「このズレのせいで、気付いたら同居が始まってるんですか?」


 三雲が、ゆっくり顔を上げる。


「……最大、約十時間ですから」


「ですよね」


 奏が言った。


「自然だよ」


「自然ではありません。軽微ですが進んだり戻ったり…」


 三雲がぽつりと呟く。


「……ですが」


 一拍。


「説明は、つきます」


「説明つくの、そこなんだ」


 ――そこで。


「三雲ちゃん、大変だね」


 三雲が、ぴたりと固まった。


「……失礼ですが」


「なに?」


「“ちゃん”付けは、

 どこから出てきたのでしょうか」


「今」


「今ですか」


「うん。今の流れで」


 俺は、何も言わなかった。


 奏がそういう距離で人を呼ぶことに、

 もう驚かなくなっている自分に気づいたからだ。


 午後の古針時計店は、

 いつの間にか時計より書類の音の方が多くなっていた。


 そして俺は、

 この厄介な現場の中心にいる存在を、

 もう迷わず――


 奏だと認識していた。


 どうやらこの現場は、想定より、

 かなり厄介らしい。

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