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下町オールドクロック  作者: イシマ ヒロ


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第七話「古針雄一、だいたい察がつく(午前)」

午前中の店は、静かだった。


 時計の針の音と、

 工具が触れる音だけが続いている。


 椅子には、白いジャージ。

 あぐら。

 雑誌。


 いつも通りの光景だ。


 修理台に向かう。

 分解途中の腕時計。

 朝から続けている作業の、続きを拾う。


 調子は悪くない。


 ……はずだ。


「ね」


 奏が言った。


 雑誌は開いたまま。

 ページも、姿勢も変わらない。


「昨日来た人さ」


「うん」


「調整庁だって」


「言ってたな」

 俺は、手を止めずに答えた。


 ネジを一本締める。

 感触は問題ない。


「役所か何かか?」


「うん」


(……やっぱり知ってたのか)


 特に隠す気もなさそうだった。


「どんな?」


「……まあ、ああいうとこ」


 説明はない。

 だが、迷いもない。


「時間っぽかった」


「名前がな」


「うん」


 それで十分、という調子だった。


 会話が、

 そこで一度切れる。


 店内には、

 針の音だけが戻ってくる。


 ――と思った、その瞬間。


 店内の時計が、

 一斉に小さく鳴った。


 ちり、ちり、と。

 音が重なる。


 次の瞬間、

 壁の時計も、棚の置き時計も、

 針の位置が、ほんの少しだけ揃っていた。


 揃いすぎていて、

 逆に不自然だった。


「……ん?」


 思わず、顔を上げる。


 だが、

 次に見たときには、

 もういつものバラバラに戻っている。


(……気のせい、か?)


 首を振って、

 作業に戻った。


 考えない方がいい。

 こういうのは。


「……普通さ」


 奏が言った。


「役所の人って、

 あんな感じだっけ」


「どんな」


「用があるようで、

 何も言わない感じ」


 奏が、

 小さく笑う。


 それで終わるかと思ったが、

 終わらなかった。


「でもさ」


「まだあるのか」


「雄一、

 全然驚かなかったよね」


 工具を置く。


 一拍。


(……なんだか分かってきた)


「普通はあるでしょ」


「そうか?」


 奏は、少しだけ首を傾げる。


「“時間整合調整庁”だよ?」


「長いな」


「そこじゃない」


「覚えにくい」


「……そこでもない」


 奏は、雑誌を閉じた。


 間が空く。

 それで話は終わったらしい。


 修理を再開する。


 また一つ、

 飛ばしたくなる工程が浮かぶ。


 やらない。


 理由は分からないが、

 やらない方がいい。


 結果、

 針は素直に揃った。


 ――その感触が、

 さっきの揃い方と、妙に重なった。


(……待て)


 ここ数日の違和感。


 時計のズレ。

 時間の感覚。

 妙に早かったり、

 やけに長かったり。


 そして今の、揃いすぎた針。


 視線を上げる。


 奏は、何事もなかったように雑誌を読んでいる。


(……能力、か)


 そう呼ぶしかない何かが、

 あいつにはあるような気がする。


「……おい」


 思わず声が出た。


 奏は、雑誌から目だけ上げる。


「なに」


「この数日間の違和感、やっぱり全部お前のせいか」


「たぶん」


 即答だった。


「即答するな!」


「悩むと余計ずれるんだから」


 工具を置く。


「……やっぱりな」


 気まずくなったのか、

 奏は椅子に座ったまま、勢いよく回り始めた。


挿絵(By みてみん)


「だって、細かいのは無理だし。

 私、そういうの雑音に聞こえるんだよね」


 奏は肩をすくめる。


「でも、壊れてないでしょ。

 たぶん。今のところは」


「今のところ?」


「目立つとこは」


 ……それを言われて。


 ふいに、

 調整庁の声が頭に浮かんだ。


『……こちらの建物周辺で

 軽微な時間のズレが確認されまして』


 抑揚のない、

 やけに丁寧な言い回し。


(……そういうことか)


 軽微。

 ズレ。

 放置。


 全部、今の状況に当てはまる。


 ページをめくる音。

 時計の音。


 午前中の店は、

 相変わらず静かだった。


 ……静かすぎるくらいに。


 ただ。


 揃いすぎた針の感触だけが、

 まだ、店の奥に残っていた。

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