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下町オールドクロック ― 白ジャージでだらけてる看板娘、時間を少しだけズラしてしまう時計店  作者: イシマ ヒロ
「人の時間」

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第六十七話 「柱時計がちょっと恥ずかしかった日の話」

 朝。


 開店準備を終えた直後、店の前で足音が止まった。


「……古針くん、いるか」


挿絵(By みてみん)


 会長が入口から顔を出す。


 少しだけ困った顔をしている。


「今、何時だ」


「……時計屋でそれ聞きます?」


 店の壁の時計を見る。


「九時五十分です」


 会長は腕時計を見る。


 もう一度、店の時計を見る。


「……狂ってはいないな」


「そっちも合ってますか」


「ああ」


 小さくうなずく。


「来てないな」


「誰がです」


「来賓」


 一拍。


「広場の柱時計のお披露目に来るはずなんだが、まだ来てない」


「じゃあまだ十分ありますよ」


「あるけど」


 会長は視線を少し外す。


「……何かあったのかと思ってな」


「事故とかですか」


「そこまでじゃないといいが」


 言いながら、もう一度時計を見る。


 そのとき、店の奥で椅子が回る。


 くるり。


「遅れてるね」


「見れば分かります」


 奏が懐中時計を取り出す。


 パカっ。


 朝の空気に、小さな音が混ざる。


「でも、まだ“困る遅刻”じゃない」


「いや困ってる」


「今は焦ってるだけ」


「それが困ってるんだろ」


 奏は気にしない。


 パカっ。

 カチン。


「ねえ、その人」


「なんだ」


「早く来たら偉そうなタイプ?」


「時間ぴったりだと、ちゃんとしてる感じ?」


「ちょっと遅れたら、どう?」


 会長が一瞬だけ考える。


「……場は、柔らぐかもしれん」


「納得するな」


 俺が言う。


 会長は苦い顔で小さくうなずく。


 そのタイミングで電話が鳴る。


「もしもし……ああ。もう駅前ですか。……え、出口を? 反対口……?」


 会長が目を閉じる。


「分かりました。今、迎えに行きます」


 通話を切る。


「反対口だそうだ」


「はい詰みですね」


「詰んでない」


 小さく言い返す。


 奏が立ち上がる。


 袖を少しまくる。


「行った方がよさそう」


「何が」


「このままだと、ちょっとズレる」


「何がだよ」


「いろいろ」


 それだけ言って、懐中時計を閉じる。


 カチン。


「行こっか」


「普通に?」


「普通に」


「信用していいやつかそれ」


「たぶん」


挿絵(By みてみん)


 駅前。


 反対口。


 スーツの男が、案内板とスマホを往復している。


 真面目すぎて、迷っている。


挿絵(By みてみん)


「あの人だな」


 会長が言う。


 手を上げる。


「すみません」


 男がこちらを見て、ほっとした顔になる。


 小走りで近づいてくる。


「申し訳ありません。出口を間違えてしまって……」


「いえ、こちらこそ」


 軽く頭を下げ合う。


 少しだけ空気が固い。


 その間に、奏が言う。


「ちょうどよかったですね」


 男が止まる。


「……え?」


「今くらいの方が、話しやすそう」


 会長が咳払いをする。


「わしも、少し力が入っていたかもしれん」


「少しじゃないですね」


 男が笑う。


 そこで、空気がほどける。


 三人は、福引広場の端にある柱時計の前で別れた。


 会長はそのまま段取りへ向かい、

 来賓も流れに乗るように歩いていく。


 背中は、さっきより少し軽く見えた。


 福引広場の柱時計の前に、スーツ姿が立っていた。


 手元の端末と時計を見比べている。


「……三雲ちゃん」


 三雲は気づくと、こちらに歩いてくる。


挿絵(By みてみん)


 奏の近くまで来て、少しだけ身を寄せる。


「……ちょっと大きめです」


 小声で言う。


 困ってはいるが、慌ててはいない。


 奏は柱時計を見上げる。


 ポケットの中で懐中時計を鳴らす。


 カチン。


 三雲はもう一度だけ時計を見る。


 ホッとした表情に変わった。


 それ以上は何も言わない。


 奏は何事もなかったように歩き出す。


 店に戻ると、工具の音だけが、いつも通りに鳴っている。


 油の匂い。


 奏はオフィスチェアに座る。


 くるりと半回転して、こっちを見る。


「終わった?」


「終わった」


「来たのか、その人」


「来た。ちょっとだけ遅れて」


 少し遅れて、ドアが開く。


 三雲が入ってくる。


 いつものスーツ姿。


 さっきより少しだけ表情がやわらいでいる。


「三雲ちゃん、お疲れ様」


 三雲は軽くうなずく。


 ほんの少しだけ、口元が緩む。


「ありがとうございます」


 そのまま店の時計を見る。


 小さく息を吐く。


「さっきの」


「基準内に戻ってます」


 声は落ち着いている。


 どこか機嫌がいい。


「ちょっと大きめでしたが、大丈夫です」


 それで終わる。


 奏は肩をすくめる。


「ちょっと整えただけ」


「うまくいったからいいじゃん」


 三雲はそれ以上何も言わない。


 一拍。


「……ケーキでも食べます?」


 少しだけ楽しそうに言う。


「あるの?」


「帰りに買いました」


「なんで?」


「なんとなくです」


「いいね」


 店の時計は、何もなかったみたいに進んでいる。


 少し遅れて始まった朝は、ちゃんと進んでいる。


挿絵(By みてみん)




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