第六十四話 「時間より強い“今だけ”」
昼。
古針時計店。
ドアが開く。
奏が戻ってくる。
「行ってたのか」
「うん、買ってきた」
「時計屋がそれ買うのか?」
「一応、敵は知っとかないと」
「戦う気か」
「うん」
「誰と」
「時間」
「ずっと戦ってるな」
⸻
箱を開ける。
中に、白いスマートウォッチ。
取り出す。
軽い。
「白か」
「黒だと強かった」
「何が」
「時間」
そのまま、腕につける。
パチン。
白いジャージの袖と、ほとんど境目がない。
「……見えないな」
「でしょ」
画面が点く。
設定画面。
「設定するのか」
「する」
指でなぞる。
スキップ。
許可。
だいたい許可。位置情報も許可。
「雑だな」
「動けばいい」
数秒。
画面が切り替わる。
時刻。
ぶるっ。
「……来た」
「何だ」
「立ってください」
「今座ったばっかりだぞ」
ぶるっ。
「水」
「忙しいな」
「見てる感じする」
「通知だろ」
「違う。いる」
「怖い言い方やめろ」
⸻
数分後。
奏は椅子に座ったまま、手首を見ている。
白い。
ほとんど見えない。
でも。
ぶるっ。
「……来た」
「何だ」
画面を見る。
「スーパーでセールだって」
「急だな」
「豚バラ安いらしい」
一拍。
「……今じゃなくてよくない?」
ぶるっ。
「“今だけ”」
「来たな」
ぶるっ。
「……おすすめだって」
「何が」
「豚バラ」
「続き物か」
「違う」
視線が少し落ちる。
「“今のあなたにおすすめ”だって」
「分かった気で来るな」
ぶるっ。
「……クーポン」
ぶるっ。
「……残り15分」
「精度上げてくるな」
奏は少しだけ黙る。
立ち上がる。
「……何だ」
「いや」
ドアのほうに一歩出てから、止まる。
「まだ行かない」
「もう行ってるぞ」
ぶるっ。
「……このあと混みます」
足が止まる。
少しだけ考える。
「……今なら空いてる」
「言い換えただけだろ」
「違う」
一拍。
「今行った方がいい気がする」
「言わされてるな」
「うん」
店の時計を見る。
さっき見たときと、同じ時間だった気がする。
一拍。
「……行くか」
「行くのか」
「ちょっとだけ」
「負けてるな」
「うん」
⸻
しばらくして。
ドアが開く。
奏が戻ってくる。
片手に袋。
「……早いな」
「近かった」
「で、それは」
「で、それは」
「豚バラ」
「……と?」
「キャベツ」
「増えてるな」
「豆腐とお菓子もある」
「さらに増えてるな」
一拍。
「こんにゃくと、キッチンシートも」
「方向が分からん」
「特売だった」
「誰にとっての特売だ」
袋をテーブルに置く。
「で、なんでこれも」
「……分かんない」
「だろうな」
「気づいたら入ってた」
「怖いな」
一拍。
「豚バラだけだと足りない気がした」
「誰の判断だ」
「……分かんない」
ぶるっ。
「……来た」
「何だ」
「レシピ」
「は?」
「おすすめの調理法だって」
「そこまで来るか」
「もう決まってる感じするね」
「何が」
「今日のごはん」
ぶるっ。
「……また来た」
「何だ」
「消費期限に注意だって」
「買ったばっかりだろ」
「うん」
一拍。
「……先に怒られてる感じする」
壁の時計を見る。
少しだけ、進みすぎている気もする。
ぶるっ。
「……来た」
「まだあるのか」
「よい夕食を、だって」
「まだ昼だぞ」
「うん」
奏は腕を見る。
白い。
見えない。
でも、いる。
「……ねえ」
「何だ」
「これさ」
一拍。
「ちょっと早いね」
雄一は袋を見る。
まだ何もしていない。
何も始まっていない。
なのに。
「……だな」
「静かなほうが、まだ分かる」
一拍。
「……運動する日につけよう」
「しないだろ」
一拍。
奏は、そっとスマートウォッチを外した。
カチ。
カチ。
カチ。




