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下町オールドクロック ― 白ジャージのだらけ看板娘・奏と、少しだけ時間が巻き戻る時計店  作者: イシマ ヒロ
「人の時間」

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第六十二話 「受付みたいな格好をしたら、時間が真面目になった」

 朝。


 古針時計店。


 ガラス越しの光が、床をまっすぐ切っている。


 カチ。

 カチ。

 カチ。


 振り子時計。

 壁時計。

 ショーケースの中。


 全部、いつも通り。


 ——のはずだった。


 作業台でルーペを外す。


 ふと。


 視界の端。


 オフィスチェア。


 そこにいる。


 でも。


 白が、ない。


 代わりに。


 紺。


「……は?」


 完全に手が止まる。


 見直す。


 もう一回見る。


 やっぱり紺。


挿絵(By みてみん)


「……誰だそれ」


 椅子の上で、だらっとしている。


 脚を投げ出して。

 肘をアームレストに乗せて。


 姿勢は、完全にいつものまま。


 でも。


 服が違う。


 紺のカーディガン。

 白いインナー。

 膝丈のスカート。


 受付にいそうなやつ。


 しかも。


 やけに整っている。


 シワがない。

 ヨレもない。

 無駄がない。


「おはよ」


「……おはよ、じゃない」


「挨拶は大事」


「そこじゃない」


 くるっと椅子を回す。


 ——音がしない。


「……今、音しなかったな」


「したよ」


「してない」


「気のせい」


「気のせいじゃない」


 一拍。


「……なんかしたか?」


「何もしてないよ」


 軽い。


 いつもの軽さ。


 でも。


 軽さの中に“揃い”がある。


「……どうしたそれ」


「今日、ちょっと仕事する日だから」


「してるだろ毎日」


「そういう仕事じゃなくて」


「どういう仕事だよ」


「ちゃんとする仕事」


「いつもちゃんとしてないみたいに言うな」


「してないでしょ」


 即答。


「してる」


「してない」


「してる」


「してない」


 三回目で、なぜか負けた気がする。


「……で?」


「こういう服ってさ」


 少しだけ間。


「時間がちゃんと並ぶんだよね」


「並ばない」


 即答。


 でも。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 ——ズレがない。


 いや。


 “なさすぎる”。


 全部の時計が、完全に一致している。


「……気持ち悪いな」


「いいことじゃない?」


「良くない」


「えー」


 椅子の上で脚を組み替える。


 その動きも、無駄がない。


「……なんでそんなピシッとしてるんだよ」


「服の力」


「服にそんな力ない」


「あるよ」


「ない」


「ある」


「ない」


 四回目でまた負けた気がする。


 ドアベル。


 カラン。


 常連の成瀬が入ってくる。


「おはよー……お?」


 一瞬止まる。


 露骨に止まる。


 視線が上下に往復する。


「……雰囲気違うね」


「夢です」


 即答。


「まだ朝だから」


「何それ」


 笑いながら入ってくる。


 でも。


 一回だけ振り返る。


「受付始めたの?」


「始めてない」


「今日だけ」


「何が」


「今日だけ」


 会話が成立してない。


「時間、何時?」


「9時です」


 即答。


「お、正確だね」


「いつも正確です」


「いや、いつも微妙にズレてるよ?」


「そんなことない」


「あるある」


 成瀬が笑う。


「この店、だいたい2分くらい未来に生きてるし」


「そんなことない」


「あるよ」


 即答される。


「……」


 時計を見る。


 9時。


 ——なのに。


 体感が、少しだけ先にある。


「……進んでるな」


「うん」


 軽い。


「こういう服だとさ」


 指先で空をなぞる。


「時間、ちゃんと仕事するんだよね」


「やめろ」


「サボらないし」


「やめろ」


「寄り道もしない」


「やめろ」


 三回目で止まる。


「大丈夫だよ」


「何が」


「終わるから」


「何が」


「今日」


 意味が分からない。


 でも。


 分からないまま流されそうになる。


「……やめろ」


「何を?」


「その、なんか……整ってる感じ」


「褒めてる?」


「違う」


 即答。


 ———


 午前。


 客が数人来る。


 全員、同じ反応をする。


「……雰囲気違うね」


「夢です」


「まだ朝だから」


 テンプレが完成している。


「受付の人いるんだっけ?」


「いません」


「今日だけ」


「何が」


 やっぱり会話が成立していない。


 でも。


 誰も深く突っ込まない。


 突っ込めない。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 時間が、揃いすぎている。


 店内の空気が、妙に“正しい”。


「……疲れるなこれ」


「でしょ」


「なんでお前は平気なんだよ」


「慣れてる」


「何に」


「ちゃんとしてる時間」


 意味が分からない。


 ———


 昼。


 弁当。


 テーブル。


 白米。


「……戻るのか」


「うん」


「何が」


「まぁ見てて」


 一口。


 もぐもぐ。


 二口。


 三口。


 その瞬間。


 カチカチカチカチ。


 店内の時計が、一斉にズレる。


 ——いや。


 “戻る”。


 さっきまでの“整いすぎ”が崩れる。


 少しだけ、雑になる。


「あ」


「ほら」


 軽い。


「……今の何だ」


「んー」


 考えるふり。


「寄ってただけ」


「寄ってた?」


「うん」


 箸を持ったまま、少し考える。


「ちゃんとしすぎる時間に寄ってた」


「……」


「で、今は普通」


「……」


 一拍。


「均しただけ」


「……戻したんじゃないのか」


「違う」


 即答。


「戻すと怒られるし」


「誰に」


「時間に」


「怒らない」


「怒るよ」


「怒らない」


「怒る」


 五回目でまた負けた気がする。


「……」


 紺を見る。


 まだ整っている。


 でも。


 さっきほどじゃない。


「……誰だそれ」


 ぽつり。


「ひどい」


 笑う。


 でも。


 少しだけ、空気が緩む。


「……夢見てる気がするな」


「かもね」


 否定しない。


 肯定もしない。


「夢ってさ」


 白米をもう一口。


「たまにちゃんとしてるよね」


「意味が分からない」


「でしょ」


 ———


 朝。


 古針時計店。


 ガラス越しの光。


 カチ。

 カチ。

 カチ。


 作業台で手を動かしている。


 視界の端。


 オフィスチェア。


 白。


 いつもの。


 白ジャージ。


 袖まくり。


 脚を投げ出している。


 少しだけ雑な姿勢。


挿絵(By みてみん)


「雄一」


「何でしょう」


「今日、時間ちょっと混んでる」


「道路じゃないんだから」


 一瞬、止まる。


「……なんか夢見た気がする」


「どんな?」


「……整いすぎてた」


「へぇ」


 くるっと椅子を回す。


 今度は。


 ちゃんと音がする。


「似合ってた?」


「……落ち着かなかった」


「それ正解」


 少しだけ笑う。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 修理台の時計を見る。


 ——全部、ぴったり揃っている。


 触っていないはずなのに。


「……」


 一拍。


「……夢か」


「かもね」


 軽く肩をすくめる。


「でもさ」


 指先で机を、とん、と叩く。


「急ぐと、時間って機嫌悪くなるよ」


「急げ」


「えー」


 いつもの調子。


 完全に戻る。


 ——ただ。


 時計だけが、やけに正確だった。

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