第六十一話 「田植え、増えている気がする」
商店街の掲示板に、白い紙が貼られていた。
《田植え体験会 in 鉢王子》
日時:今度の日曜
集合:商店街バス停前 8:10厳守(8:12発)
場所:鉢王子の端の田んぼ
服装:汚れても問題ない格好
持ち物:タオル/飲み物
内容:田植え体験
対象:商店街関係者とその家族
主催:山田八百屋店・古針時計店
発案:瀬戸奏
「主催に店名入ってるな」
「山田さんが“うちも入れとけ”って」
八百屋の山田さんがうなずく。
「やるならちゃんと主催だ」
「巻き込まれてるだけだろ」
「巻き込まれたら主催だ」
「理屈がおかしい」
「8:12発だけやけに正確だな」
「バスは正確だから」
「他が曖昧すぎる」
「余白」
「イベントに余白いらない」
当日。
バス停前。
妙に人がいる。
子ども。親。商店街の面々。
そして白ジャージ。
麦わら帽子。
すでにやる気がある。
「早いな」
「楽しみだから」
「まだ始まってない」
「もう始まってる感じ」
「やめろ」
8:12。
バスが来る。
本当に来る。
「そこだけ正確だな」
「大事なところだから」
「基準がおかしい」
バス。
揺れる。
奏だけ揺れない。
「……なんで揺れない」
「三半規管、鍛えてるから」
「どうやって」
「回転読書」
「やめろ」
「椅子で回りながら読むと、揺れがノイズになる」
「ならない」
「今は重心が素直で、バスのリズムと喧嘩してない」
「ノイズキャンセラーか」
「そんな感じ」
「体でやるな」
鉢王子の端。
田んぼ。
空が広い。
水が張られている。
「思ったよりちゃんとしてるな」
「田んぼだから」
田植えイベント開始。
山田が説明する。
「三本ずつ。間隔はこれくらい」
子どもが入る。
「冷たい!」
転ぶ。
笑う。
連鎖。
騒がしい。
白ジャージ。
しゃがむ。
泥。
苗。
楽しそう。
「楽しいね」
「まだ始まったばかりだ」
ぴ。
一本。
植える。
水が揺れる。
——遅れて、もう一度揺れる。
「……おいっ」
雄一が焦る。
「見たか」
「見た」
もう一本。
植える。
——増える。
「……」
「増えたね」
「増えたな」
周囲。
子どもが真似する。
植える。
——増える。
笑う。
「おもしろい!」
「おもしろくない」
あぜ。
三雲。
スーツ。
「……検出してます」
「無理です」
ノートを見る。
奏は止まらない。
「作業量が感情に比例して増幅しています」
「やめろその分析」
白ジャージ。
泥まみれ。
でも気にしない。
「なんかさ」
苗を持つ。
「楽しいと、増えるっぽい」
「……最悪の仕様だな……どんどん増えるぞ。」
ぴ。
植える。
——列ができる。
「……」
静か。
「上手い人みたい」
「違う」
気づく。
まだ触ってない場所。
——苗がある。
「……おい」
「うん」
「流石に植えてない場所まで生えてるって……やりすぎだろ」
「きれい」
三雲。
「全域反映」
「言うな」
山田。
拍手。
「早いねえ」
「早すぎる」
白ジャージ。
少し考える。
「じゃあ」
「もうやるなよ」
「やらない」
一拍。
「少しだけ」
「やるな」
懐中時計。
パカっ。
「やめろ」
ぴ。
一本。
植える。
——一面。
揃う。
沈黙。
「……終わった?」
三雲。
「……全域反映完了」
「完了させるな」
風。
苗が揺れる。
——遅れて揺れる。
白ジャージ。
少し顔をしかめる。
「……なんか」
「何だ」
「ちょっと重い」
「何がだ」
「時間」
「知らん……お前が勝手に……」
奏はあぜに上がる。
「帰ろ」
「逃げるな」
「お腹すいた」
「関係ない」
振り返る。
田んぼ。
完璧。
でも。
全部、ほんの少しだけ遅れている。
「……」
一言。
「今年、早そう」
「何がだ」
「収穫」
「気が早い」
歩き出す。
「白米食べよう」
「それは関係ある」
三雲。
ノートを見ながら。
「……報告が終わりません」
商店街のイベントは、成功した。
成功の定義は、誰も確認していない。




