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下町オールドクロック ― 白ジャージでだらけてる看板娘、時間を少しだけズラしてしまう時計店  作者: イシマ ヒロ
「人の時間」

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第六十話 「全部同じ時間なんだけど?」

 午後の古針時計店は、いつも通り静か――のはずだった。


 カチ、カチ、カチ。


 重なり合うはずの秒針の音が、なぜか一つに揃っている。


 雄一はルーペを外し、顔を上げた。


 そして、そのまま動きを止める。


「……なんだこれ?」


 壁の時計も、ショーケースの中も、振り子時計も。


 すべて同じ時刻を指していた。


 秒針まで、ぴたりと一致している。


 カチ、カチ、カチ。


 音も一切ズレない。


「気持ち悪いな」


 一拍置いて、ぽつりと付け足す。


「……拍手みたいだな」


「誰も褒めてないよ」


 店の奥から気の抜けた声が返ってくる。


 オフィスチェアにだらっと座っていた奏が、視線だけこちらに向けた。


「んー? 何が?」


「全部揃ってる」


「いいことじゃん」


「よくない」


「なんで?」


「よくないからだ」


 短いやり取りのあと、奏はゆっくりと時計へ目をやる。


 そして、小さく頷いた。


「……あー」


「ちょっと揃えすぎたかも」


「やったのか?」


「軽くね」


「軽くでこれになるのか?」


「なるね」


挿絵(By みてみん)


 あっさりと言い切られる。


 雄一はもう一度店内を見回した。


 どこを見ても同じ時刻。


 一秒の狂いもない。


「直せるか?」


「直せるよ」


「じゃあ直せ」


「でも」


 奏は少しだけ首を傾げる。


「これ、綺麗なんだよね」


 一拍。


「たまには、揃ってるのも悪くない」


「綺麗すぎるんだよ」


「うん」


 あっさりと肯定しながら、椅子を軽く回す。


「だからちょっと様子見」


「様子見でいい状態じゃない」


 カチ、カチ、カチ。


 やはり、揃っている。


 そのとき、ドアベルが鳴った。


 カラン。


 常連のおばちゃんが入ってくる。


 一歩入ったところで足を止め、店内を見回した。


「……あら?」


 雄一は一瞬だけ身構える。


(気づくか)


 しかしおばちゃんは、壁の時計を見て笑った。


「揃ってるねえ」


「そこか」


「気持ちいいわね」


「そういう問題じゃない」


 満足そうに頷く。


「うちも揃えようかしら」


「やめてくれ」


「今日はいい日ね」


 そのまま帰っていった。


 カラン。


「いい日判定されたぞ」


「よかったじゃん」


「よくない」


 奏はくるりと椅子を回す。


「でもさ」


 少しだけ声の調子が変わる。


「揃いすぎるとさ」


 一拍。


「逆にズレるんだよね」


「何言ってるか分からない」


「分からなくていいやつ」


 即座に切られる。


 雄一がため息をついた、そのとき。


 ――カチ。


 ほんのわずかな違和感。


 振り子時計に視線を向ける。


「……今、ちょっと早くなったか?」


「なってないよ」


「いや、なった」


「気のせい」


「全部同時に気のせい起きるか?」


 奏は肩をすくめる。


「まあ」


 少しだけ笑った。


「ちょっと先で揃ってるだけ」


 一拍。


「便利でしょ?」


「どこがだ」


「意味が分からない」


「分からなくていいやつその2」


 ちょうどそのとき、再びドアベルが鳴る。


 カラン。


 三雲だった。


 店に入るなり、ぴたりと足を止める。


「……なんですかこれ?」


「見ての通りだ」


「見て分かるやつじゃないです」


 店内を見回し、一歩前に出る。


「誤差ゼロ……?」


 小さく呟いたあと、きっぱりと言った。


挿絵(By みてみん)


「逆に異常です」


「そう言ってる」


 三雲は端末を取り出し、画面を確認する。


「……観測値、安定しすぎています」


「安定が異常なのか?」


「はい」


 即答だった。


 奏が気のない様子で声をかける。


「三雲ちゃん」


「はい」


「これさ」


「はい」


「ちょっと揃えすぎた」


「ちょっとでやる範囲じゃないです」


「そう?」


「そうです」


 三雲ははっきりと言い切る。


「現場が壊れてます」


 一拍。


「どう報告すればいいんですかこれ……」


「正直に言え」


「正直に言うと怒られるやつです」


「知ってる」


「じゃあ嫌です」


「我慢しろ」


 カチ、カチ、カチ。


 完全な同期。


 三雲は顔を上げる。


「……外は?」


 すぐにドアへ向かう。


 カラン。


 そして、すぐ戻ってきた。


「全部です」


「だろうな」


「商店街全域、同期しています」


「だろうな」


 三雲は深く息を吐く。


「……報告案件です」


「どうぞ」


「今します」


 その場で端末に打ち込み始める。


 その横で、奏は椅子を回しながら伸びをした。


「んー……お腹すいた」


「今か?」


「今だよ」


「この状況で?」


「こういう時ほど、ちゃんと食べた方がいい」


「理屈が雑すぎる」


「雑でいいやつ」


 立ち上がる。


 白ジャージが軽く揺れた。


「田植え、楽しみだし」


「急に未来の話をするな」


「今の話だよ」


「違うだろ?」


「タイミングあるじゃん」


 少しだけ振り返る。


「逃したくないし」


 雄一はもう一度時計を見る。


 全部同じ時刻。


 なのに、どこかほんの少しだけ先を指しているような気がした。


「……戻さないのか?」


「んー……そのうち戻るよ」


「信用していいのかそれ?」


「半分くらい」


「低い」


「じゃあ食べよ」


 奏はそのまま歩き出す。


「白米」


「結局そこか」


「大事だよ」


 ドアに手をかける。


「こういう時ってさ」


 少しだけ笑う。


「テンポ、崩した方がいいから」


 カラン。


 二人は外へ出た。


 商店街。


 時計はすべて同じ時刻を指している。


 人はいつも通り歩いている。


 誰も気にしていない。


 けれど。


 風だけが、ほんの少し遅れて吹いた。


 白い旗が、ワンテンポ遅れて揺れる。


 奏はそれを見て、小さく言う。


「ね」


「何だ?」


「今くらいのズレがさ」


 一拍。


「一番いいんだよ」


 雄一は何も言わない。


 奏は前を向いたまま続ける。


「揃いすぎると」


 少しだけ笑う。


「育たないから」


「何の話だ?」


「さあ」


 即答だった。


 そして、少しだけ足を速める。


「田んぼ見に行こっか」


「今か?」


「今」


 空を見上げる。


「水、いい感じな気がする」


 店内。


 誰もいない。


 時計だけが、揃ったまま進んでいる。


 カチ、カチ、カチ。


 ほんの少しだけ先へ。


 遠くで、誰かが「今年はいける」と言った気がした。

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