第六話「調整庁が頭を抱えている日」
時間整合調整庁・内部会議は、定刻ぴったりに開始された。
開始時刻が守られたという一点において、
本会議はすでに一定の成果を上げている。
「それでは、
本日の議題に入ります」
進行役の男が、資料番号を確認しながら口を開いた。
「案件番号27348-1
古針時計店(駅前商店街所在)周辺における
時間的連続性欠損事案について」
スクリーンに簡易図が表示される。
四角で囲われた建物。
矢印。
備考欄。
――夜間帯 → 朝方帯(連続性未確認)
「まず、
暫定的な整理結果からご報告します」
進行役は、感情を挟まずに言った。
「現時点において、
本件は
緊急対応案件には該当しません」
会議室に、短い沈黙が落ちる。
「……確認ですが、
時間欠落は発生していますよね」
「はい。
発生は確認されています」
「欠落規模は?」
「実測では一日あたり約十時間程度ですが、
夜間帯に集中しており、
二日から三日間続いています」
誰かが、わずかに眉を動かした。
「……それを
“軽微”に分類した理由は?」
「昼間帯への影響が
限定的なためです」
納得はされないが、
否定もされない。
「対象者は二名です」
「第一対象者、瀬尾奏。
時間操作痕跡を伴う者です」
「操作精度は?」
「粗雑です」
「相当?」
「相当です」
評価欄には、
【粗雑(要留意)】と淡々と記されている。
「第二対象者、古針雄一。
一般人です」
「能力反応は?」
「現時点では未検出です」
「では、
懸念事項は何ですか」
進行役が、一拍置いた。
「行動選択の妥当性が高すぎます」
次の資料が映る。
立ち位置。
視線。
移動経路。
どれも、説明可能な範囲だ。
だが、外し続けている。
「能動的介入は?」
「ありません」
「指示誘導は?」
「ありません」
「では――」
「不適切な接触を、
すべて回避しています」
空気が、わずかに重くなる。
「偶発では?」
「偶発にしては再現性が高すぎます」
「能力の可能性は?」
「断定不可です」
「本人の自覚は?」
「ありません」
「……厄介ですね」
誰かが、小さく言った。
「粗雑な時間操作主体と、
高精度で回避行動を取る一般人が
同一生活圏内に存在しています」
「補足しますと、
準同居状態です」
「居候ですね」
「居候です」
「居候は現行法上、
時間犯罪には該当しません」
異論は出なかった。
「生活状況について、
補足報告があります」
別の職員が資料をめくる。
「生活リズムは
非常に良好です」
なぜか、少し空気が緩んだ。
「昼食内容も確認されています」
「第一対象者、瀬尾奏は
駅前で購入した焼肉弁当を
高頻度で摂取しています」
「……焼肉弁当?」
「はい。
カロリーは高めです」
一瞬、沈黙。
「それは、
時間ズレと関係あるのか?」
「直接的な因果関係は
確認されていません」
「では、なぜ報告に?」
「生活の安定度が
非常に高いためです」
「安定度……?」
「食欲が安定しています」
誰も反論できなかった。
「なお、参考情報ですが」
職員はさらに資料をめくる。
「第二対象者、古針雄一は
唐揚げ弁当を選択しています」
「唐揚げ弁当……」
「ただし、
第一対象者が唐揚げを一つ取得しています」
沈黙。
「結果として、
第一対象者のカロリー摂取量は
第二対象者を上回っています」
「……そこまで把握してるのか」
「把握しています」
会議は、何事もなかったように続行された。
「対応方針について
ご意見はありますか」
「刺激しない」
「不用意な接触を避ける」
「追加観測は最小限」
「……それ、
実質何もしないのでは」
「リスク低減措置です」
即答だった。
「不測事態発生時の対応指針は?」
「現時点では未策定です」
「未策定は一番怖いですね」
「ただし、
現状は安定的に推移しています」
「安定、してますか?」
「生活リズムは良好です」
「評価軸、そこなんだ……」
「以上を踏まえ、
本件の整理区分は――」
ペンが走る。
「異常なし」
「備考は?」
「“ただし要注意”」
全員が無言で了承した。
「……本件、
継続的な担当者を設定しますか」
進行役が顔を上げる。
一瞬の沈黙。
そして――
視線が、一点に集まった。
三雲だった。
「……え、
私ですか?」
「若手職員」
「女性」
「業務負荷、比較的軽」
「こういう案件、向いてそう」
「……それ、関係ありますか」
思わず、誰かが口にした。
「ないです」
即答だった。
「……異論は?」
誰も発言しない。
三雲は一度だけ息を整える。
「……承知しました」
「では、
本案件の継続担当は
三雲しおりとします」
議事録に、淡々と記載される。
「以上で、
本日の議題は終了です」
会議は予定通り散会した。
廊下に出てから、誰かが呟く。
「……結局、
何を決めたんだ?」
「異常なしにした」
「それで、
世界は守られるのか?」
「少なくとも、今日は」
誰も、それ以上言わなかった。
今日もまた、
世界は平穏に推移している。
その裏で――
時間整合調整庁は、
極めて真剣に、何もしない判断を下していた。




