第五十九話 「締切の音」
午後。
古針時計店。
ガラス越しの光が床に伸びている。
店の中では、いくつもの時計がそれぞれの時間を刻んでいる。
カチ。
カチ。
カチ。
修理台で作業していた雄一が、ルーペを外す。
カラン。
ドアベル。
女性が入ってくる。
髪は少しボサボサ。
大きなリュック。
店の中を見渡す。
数歩。
止まる。
ゆっくり口を開く。
「……ほう」
少し間。
「ここが、時間の巣か……」
「時計屋です」
オフィスチェアでくるっと回った奏が小声で言う。
「変なテンポの人来た」
女性は壁の時計を見上げる。
振り子。
掛け時計。
ショーケース。
カチ。
カチ。
カチ。
女性が言う。
「いい……」
少し間。
「この音だ……」
「人が生きている時間の音……」
「漫画に使える……」
雄一が言う。
「漫画家さんなんですか?……」
女性は胸を張る。
「いかにも……」
「我が名は――Three Crowds……」
奏が言う。
「知ってる」
少し間。
「男の作家だと思ってた」
女性は軽くうなずく。
「よく言われる……」
奏が続ける。
「“瞬殺ヒーロー”だよね」
「そうだ……」
「一発で終わるやつ」
「そうだ……」
「敵が来て」
「来る……」
「主人公が」
「殴る……」
「殴る」
「終わる」
「終わる?」
少し沈黙。
奏が言う。
「潔い」
女性は壁の振り子時計を見上げる。
カチ。
カチ。
カチ。
「時間とは残酷だ……」
「人を追う……」
「人は逃げる……」
「だが……」
少し間。
「締切は追ってくる……」
雄一
「締切は強いですね」
「強い……」
「編集が来る……」
「家に……」
「怖い……」
奏
「今は?」
女性は腕時計を見る。
「あと二時間三十二分……」
「ここに来てる場合ですか」
「いい音だった……」
女性は店内を歩く。
掛け時計を見上げる。
「時計とは……」
少し間。
「人類が作った最大の敵だ……」
雄一
「敵なんですか」
「時間を可視化する装置だ……」
「つまり……」
少し間。
「残酷……」
奏が言う。
「でも漫画描く人って」
「夜型だよね」
女性
「そうだ……」
「夜二時……」
「最も人間が神に近い時間だ……」
雄一
「神ですか」
「締切前は……」
「神になる……」
「それ以外は……」
「人間……」
少し沈黙。
奏
「締切前だけ強いヒーロー」
女性
「それだ……」
「私の漫画だ……」
雄一
「自伝だったんですね」
その時。
カラン。
ドアベル。
三雲が入ってくる。
スーツ。
ネームカード。
店の奥を見る。
止まる。
女性を見る。
女性も見る。
数秒。
「……姉さん?」
女性がゆっくり振り向く。
「血を分つものよ……」
少し間。
「妹よ……」
雄一
「姉?」
奏
「似てない」
三雲が額を押さえる。
「何してるんですか?こんなところで」
「取材だ……」
「この店はいい……」
「静かだ……」
「だが時間が多い……」
「創作向きだ……」
「やめてください」
「即答」
雄一が言う。
「Three Crowds」
「群衆ですよね」
女性は腕を組む。
「そうだ……は三つの群衆に分かれる……」
少し間。
「戦う群衆……」
「見守る群衆……」
「そして――描く群衆……」
「私は描く群衆の側だ……」
三雲が小さく言う。
「昔は」
少し間。
「Three Cloudsでした」
奏
「三雲じゃん」
三雲
「編集に変えられたそうです」
女性が胸を張る。
「Crowdsの方が強い……」
少し沈黙。
女性が時計を見る。
「締切……」
「あと二時間二十六分……」
棚の目覚まし時計を指す。
「これ……」
「買う……」
雄一
「ありがとうございます」
女性は時計を受け取る。
ドアへ向かう。
振り向く。
「また会おう!見守る群衆よ!我が戦いは続く!……」
カラン。
ドアが閉まる。
静かになる。
カチ。
カチ。
カチ。
三雲が小さく頭を下げる。
「姉がすいません」
「いえ」
「漫画家」
少し間。
「ずっとあのテンションなんだ」
「はい」
「締切」
少し間。
「強い敵だね」
店の中にまた静かな時間が戻る。
カチ。
カチ。
カチ。




