第五十七話 「来る時計」
午後。
古針時計店。
カチ。
カチ。
カチ。
壁の時計。
振り子時計。
ショーケースの置き時計。
それぞれが少しずつ違うテンポで鳴っている。
修理台。
雄一がルーペを外す。
小さな腕時計を軽く振る。
カチ。
秒針が滑らかに動く。
「……よし」
修理票にチェックを書く。
その時。
店の奥。
パカっ。
カチン。
パカっ。
カチン。
雄一が振り向く。
オフィスチェア。
奏がだらっと座っている。
袖は肘までまくってある。
脚は前に投げ出している。
懐中時計。
パカっ。
カチン。
パカっ。
カチン。
雄一が言う。
「……あまり触るなよ」
奏は顔を上げない。
「なんで」
「三雲さんが血相変えて飛び込んでくる」
「“それ観測対象です!”って」
奏が笑う。
「言いそう」
パカっ。
カチン。
パカっ。
カチン。
雄一が作業台に戻る。
「それ、開け閉めして何してるんだ」
「聞いてる」
「何を」
奏が少し考える。
「時間」
「意味が分からん」
その時。
カラン。
ドアベル。
男が入ってくる。
三十代くらい。
少し遠慮がちな様子。
手には小さな箱。
「すみません」
「はい」
「時計の修理って」
「やってます」
男が箱を開ける。
中には腕時計。
古い。
銀色のケース。
擦れた革バンド。
雄一が受け取る。
「止まってるんです」
「いつからですか」
男が困った顔をする。
「分からないんです」
「気付いたら止まってて」
雄一が軽く振る。
動かない。
「落としたりは」
「ないです」
「水は」
「ないです」
男が少し言いにくそうに言う。
「……それで」
「はい」
「いつ見ても」
少し間。
「同じ時間なんです」
雄一が文字盤を見る。
9時43分。
「……なるほど」
雄一は頷く。
「分解して見ます」
「お願いします」
男は頭を下げて帰る。
カラン。
ドアが閉まる。
その瞬間。
振り子時計。
コトン。
一瞬だけ振り子が止まる。
すぐ動く。
カチ。
カチ。
カチ。
雄一は気付いていない。
店の奥。
奏だけが振り子時計を見る。
パカっ。
懐中時計が開く。
奏が文字盤を見る。
そして小さく。
「……来た」
雄一は聞いていない。
雄一は腕時計を修理台に置く。
その瞬間。
カチ。
秒針が一回だけ動く。
雄一が止まる。
「……ん?」
もう一度。
カチ。
一秒。
止まる。
雄一が裏蓋を外す。
ムーブメント。
歯車。
ゼンマイ。
油もある。
異常はない。
「変だな」
雄一が時計を手に取る。
カチ。
一秒。
また止まる。
雄一が眉をひそめる。
「……何だこれ」
その後ろ。
パカっ。
カチン。
パカっ。
カチン。
奏が静かに懐中時計を見ている。
雄一が振り向く。
「何か知ってるのか」
奏は少しだけ考える。
「うん」
「何だ」
奏が言う。
「たぶん」
少し間。
「この店に来る時計」
雄一が止まる。
「どういう意味だ」
奏は肩をすくめる。
「たまにある」
「何が」
奏が小さく言う。
「因果」
雄一が時計を見る。
秒針。
カチ。
一秒。
止まる。
雄一が言う。
「故障じゃないのか」
奏が笑う。
「時計屋っぽい」
そして言う。
「でも違う」
雄一が時計を置く。
止まる。
雄一がもう一度持つ。
カチ。
一秒。
止まる。
奏が言う。
「雄一」
「ん?」
「相性いいかも」
「何の」
奏は懐中時計を見る。
パカっ。
その瞬間。
修理台の腕時計。
カチ。
一秒。
動く。
雄一が目を細める。
「……今」
また止まる。
奏が小さく言う。
「ほら」
「同期した」
雄一が聞く。
「何と」
奏は文字盤を見たまま言う。
「時間」
店の中。
カチ。
カチ。
カチ。
壁の時計の音が重なる。
奏は懐中時計を閉じる。
カチン。
そして言う。
「これ」
「重いやつだ」




