第五十六話 「米を作ろうとする白ジャージ」
午後一時すぎ。
古針時計店。
ガラス越しの光が床に伸びている。
カチ。
カチ。
カチ。
壁の時計。
振り子時計。
ショーケースの腕時計。
いろんな時間が、静かに進んでいる。
修理台でルーペを外す。
奏でが袋を抱いて帰ってきた。
「……何だそれ」
よく見ると米袋。
五キロ。
「米」
「見れば分かる」
「もらった」
「どこで」
「佐々木さん」
「鮮魚店だろ」
「うん」
少し間。
「なんで米」
「余ったらしい」
「魚屋で米が余る理由がわからん」
奏は袋をぽんぽん叩く。
「これ、作りたいな」
「何を」
「米」
「作るな」
即答。
奏は少し考える。
「店の裏」
「狭い」
「じゃあ店」
「店で作るな」
奏は店内を見渡す。
時計。
時計。
時計。
「置く場所いっぱいある」
「置く場所全部時計だ」
「時計減らす?」
「減らさない」
その時。
ドアベル。
カラン。
商店街会長の大川が入ってくる。
「おう」
「こんにちは」
大川は店内を見回し、米袋を見つける。
「お、米か」
「もらいました」
奏が言う。
「米作ろうと思ってる」
「思ってるだけです」
大川は腕を組む。
「米か」
少し考える。
「……実はな」
二人を見る。
「鉢王子の奥に、まだ田んぼ持ってる人がいてな」
奏の目が少し上がる。
「今年も田植えやる予定だったんだが」
「うん」
「腰やっちゃってな」
「それは大変ですね」
「でな」
少し間。
奏を見る。
「どうだ?」
「うん」
「商店街で田植え、やってみないか?」
店の中が静かになる。
カチ。
カチ。
カチ。
「急に規模がでかい」
奏は少し考えている。
袖は肘までまくってある。
「田んぼ」
「ある」
「どこ」
「奥だな」
「車で二十分くらい」
奏がうなずく。
「遠くない」
「近い扱いなのか」
大川が笑う。
「面白いだろ」
「コロッケ祭の次くらいに」
「イベントになる」
奏が小さく言う。
「田植え祭り」
「名前はまだ早い」
「誰が植えるんです」
「商店街」
「雑すぎる」
奏は米袋をぽんと叩く。
「米」
少し間。
「自給自足」
「話が急すぎる」
その時。
店の奥。
鳩時計。
ポッポー。
ポッポー。
奏が小さく言う。
「いいタイミング」
「何がだ」
奏は少し笑う。
「時間ってさ」
少し間。
「追いかけると逃げるんだよ」
米袋。
時計。
静かな店。
古針時計店に、
まだ存在しない田んぼの話だけが、
ゆっくり増えていった。




