第五十五話 「腹時計の正確な人たち」
午後一時すぎ。
古針時計店。
壁の時計。
振り子時計。
ショーケースの腕時計。
カチ。
カチ。
カチ。
修理台で作業していた雄一が、ルーペを外す。
「……多いな」
入口のガラス越しに、人影。
カラン。
惣菜屋の店主が入ってくる。
「今何時?」
雄一が壁を見る。
一時七分。
十二時五十六分。
止まっている。
「……バラバラだな」
カウンター横。
小さな電波時計。
雄一がそれを見る。
「一時三分です」
店主がうなずく。
「よし」
腹をぽんと叩く。
「ほら」
カラン。
魚屋が入ってくる。
「今何時?」
「一時三分です」
魚屋が頷く。
「やっぱり」
「何がやっぱりですか」
惣菜屋が言う。
「腹、一時三分」
花屋が言う。
「俺も」
魚屋が言う。
「魚屋も」
雄一。
「そんな精度あるんですか」
奥。
オフィスチェア。
奏がだらっと座ったまま椅子をくるっと回す。
袖は肘までまくってある。
「すごいね」
少し考えてから言う。
「でも」
全員見る。
「コロッケ揚がるの、一時」
一瞬、沈黙。
雄一。
「三分早いじゃないか」
惣菜屋。
「揚げる準備」
花屋。
「店出る時間」
魚屋。
「歩く時間」
奏。
「腹、先読み」
雄一。
「高性能だな」
その時。
鳩時計。
ポッポー。
ポッポー。
全員見る。
一時。
沈黙。
惣菜屋。
「……負けた」
魚屋。
「三分」
花屋。
「惜しい」
奏。
「次がんばろ」
雄一。
「競技じゃない」
惣菜屋が言う。
「ちょっと待ってて」
カラン。
出ていく。
数分後。
カラン。
大きな紙袋。
机に並ぶ。
コロッケ。
唐揚げ。
とんかつ。
メンチ。
店の空気が一瞬で変わる。
雄一。
「ここ時計屋なんですけど」
その時。
奥の扉。
ガラ。
奏が出てくる。
両手。
炊飯器。
どん。
テーブルに置く。
湯気。
蓋を開ける。
ふわ。
白いご飯。
雄一。
「……何で持ってきた」
「自慢」
しゃもじ。
よそう。
よそう。
よそう。
紙皿に山。
花屋。
「準備いいな」
魚屋。
「主食」
惣菜屋。
「完璧」
奏がまた奥へ戻る。
ガラ。
戻ってくる。
マヨネーズ。
醤油。
ソース。
机に並べる。
ぽん。
ぽん。
ぽん。
雄一。
「食へのこだわり!」
店内、少し笑う。
花屋。
「コロッケにはソースだろ」
魚屋。
「魚は醤油」
惣菜屋。
「唐揚げマヨもある」
奏。
「全部いける」
奏がまた奥へ。
ガラ。
戻ってくる。
ボウル。
山盛りキャベツ。
皿。
きゅうり。
机に置く。
「野菜も食べなきゃダメ」
一瞬。
静寂。
花屋。
「母ちゃん」
魚屋。
「給食」
惣菜屋。
「ありがたい」
雄一。
「急に健康管理」
さらに。
奏が思い出したように言う。
「あとこれ」
テーブルに置く。
味噌汁。
雄一。
「増えるな」
カラン。
三雲が入ってくる。
店内を見る。
惣菜。
ご飯。
味噌汁。
キャベツ。
「……何ですかこれ」
「昼」
「店ですよね?」
「店です」
皿を受け取る。
コロッケ。
一口。
頷く。
惣菜屋が言う。
「一言」
全員見る。
「500円な」
雄一。
「商売した」
奏。
「米はサービス」
しばらく。
静かな咀嚼音。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の音。
唐揚げが減る。
コロッケが減る。
味噌汁も減る。
カラン。
ドアが開く。
大きな声。
「おお、いるな!」
町内会長。
店内を見回す。
惣菜。
ご飯。
味噌汁。
「……昼か!」
「違います」
会長が笑う。
「いいじゃないか」
コロッケを見る。
「一ついいか」
「500円です」
「商売上手だな!」
コロッケを一口。
うなずく。
「うまい!」
奏がきゅうりの皿を差し出す。
「野菜も食べなきゃダメ」
「母ちゃんか」
店内、少し笑う。
その時。
店の奥。
鳩時計。
ポッポー。
全員、顔を上げる。
魚屋がふと言う。
「明日は刺身にするか!」
一瞬。
店内が止まる。
そして。
「おおお!」
「いいね!」
「最高!」
「刺身!」
全員。
「バンザイ!」
雄一。
「ここ時計屋なんですけど」
静かな午後。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の音。
テーブルの上には、
コロッケ。
唐揚げ。
キャベツ。
きゅうり。
味噌汁。
そして、
炊飯器。
雄一は店内を見回した。
古針時計店は
シルバー基調の静かな店のはずだった。
少なくとも、
午前中までは。
どうやら午後になると、
昼ごはんの匂いがする時計屋らしい。
壁の時計は、
もう二時を少し過ぎていた。
そして多分、
明日も一時三分には
誰かが「今何時?」と聞く。




