第五十四話 「奏なりの哲学」
午後。
古針時計店。
店の中には、いくつもの時計の音が重なっている。
カチ。
カチ。
カチ。
壁。
ショーケース。
振り子時計。
それぞれ、ほんの少しずつ違う時間を刻んでいる。
修理台。
雄一がルーペを外す。
壁の時計を見る。
三つ。
一つは9分進み。
一つは4分遅れ。
一つは止まっている。
「……直すか」
オフィスチェアがゆっくり回る。
奏。
袖は肘までまくってある。
脚はだらっと前に伸びている。
「ダメ」
「なぜです」
「今、時間混んでる」
「道路じゃないんだから」
奏は天井を見上げる。
「時間ってさ」
少し考える。
「揃えすぎると、怒る」
「怒る?」
「うん」
「怒る」
雄一は壁の時計を見る。
「それ、時計屋が言うことか」
「時計屋だから」
奏は椅子を少し揺らす。
「時間ってね」
「うん」
「並べると」
「うん」
「だいたいケンカする」
雄一は少し黙る。
「意味がわからない」
「同じ秒で動こうとすると」
少し手を振る。
「世界が詰まる」
「詰まる」
「うん」
「電車の改札みたいになる」
雄一は工具を置く。
「それは確かに詰まるな」
その時。
ドアベル。
カラン。
花屋の成瀬が顔を出す。
「ちょっといい?」
「どうぞ」
「今何時?」
雄一は壁の時計を見る。
進み。
遅れ。
停止。
「……だいたい三時です」
成瀬はうなずく。
「だいたいでいいんだよ」
帰る。
カラン。
静か。
カチ。
カチ。
カチ。
奏が言う。
「時間ってね」
「うん」
「人に聞くものなんだよ」
「時計じゃなくて?」
「時計は」
少し考える。
「事実」
コーヒーを一口。
「人は」
「うん」
「納得」
雄一は少し考える。
「それ、哲学か」
「生活」
ドアベル。
カラン。
惣菜屋たけだ。
「古針くん」
「はい」
「正確な時間ってわかる?」
雄一は壁を見る。
三つ。
「……三時五分くらいです」
「くらいね」
帰る。
カラン。
静か。
雄一が言う。
「今日は時間ばかり聞かれる」
奏は椅子をくるっと回す。
「時間ってさ」
「うん」
「追いかけると逃げるんだよ」
雄一が少し笑う。
「それは聞いたことある」
奏は続ける。
「でも」
少し間。
「待ってると」
「うん」
「たまに」
「うん」
「隣に座る」
雄一は黙る。
その時。
ドアベル。
カラン。
佐々木鮮魚。
「古針くん」
「はい」
「秒までわかる?」
雄一は壁を見る。
三つ。
進み。
遅れ。
停止。
「……三時五分、だいたい二十秒」
「助かる」
帰る。
カラン。
静か。
奏が言う。
「雄一」
帽子と鼻メガネ……急にどうした?
「この店」
「うん」
「時間は直すけど」
「うん」
「時間は急がせない」
「商売としてどうなんだ」
奏は笑う。
「急ぐ人は」
少し肩をすくめる。
「もう遅れてる」
雄一は小さく息を吐く。
その時。
ドアベル。
カラン。
三雲。
端末を見ながら入ってくる。
「すみません」
「はい」
「正確な時間、わかります?」
雄一は壁を見る。
三つ。
進み。
遅れ。
停止。
少し考える。
「……だいたい三時十分です」
三雲は端末を見る。
「三時九分四十秒ですね」
沈黙。
奏が言う。
「惜しい」
雄一が言う。
「時計屋だぞ」
奏は椅子をゆっくり回す。
天井を見る。
「時間ってね」
少し間。
「テンポだから」
「テンポ」
「うん」
「早すぎると」
「うん」
「曲、壊れる」
店の中。
カチ。
カチ。
カチ。
それぞれの時計が、
それぞれのテンポで動いていた。




