第五十三話 「時間を聞かれる店」
午後。
古針時計店。
店内には、いくつもの時計の音が重なっている。
カチ。
カチ。
カチ。
修理台で作業していた手が止まり、ルーペが外される。
ショーケースの奥。
オフィスチェアに座ったまま、椅子がくるっと回る。
袖は肘までまくってある。
脚はだらっと前に伸びている。
「雄一」
「何でしょう」
「今日、時間混んでる」
「道路じゃないんだから」
その時。
ドアベル。
カラン。
花屋の成瀬が顔を出す。
「ちょっといい?」
「どうぞ」
「今何時?」
壁を見る。
時計が三つ。
微妙に違う。
一つは九分進み。
一つは四分遅れ。
もう一つは止まっている。
「……だいたい三時です」
「だいたいかぁ」
帰る。
ドア。
カラン。
椅子が少し揺れる。
「だいたい三時」
「仕方ないだろ」
「時計屋なのに」
「修理中だ」
その少し後。
またドア。
カラン。
惣菜屋たけだ。
「悪い悪い、今何時?」
作業台の上の小さな時計を見る。
「三時過ぎです」
「助かる」
帰る。
カラン。
椅子がまた回る。
「三時人気」
「人気って何だ」
その数分後。
ドア。
カラン。
佐々木鮮魚。
「今何時?」
今度は振り子時計を見る。
「三時前です」
「お、まだ余裕ある」
帰る。
カラン。
しばらく静かになる。
カチ。
カチ。
カチ。
「……」
「……」
「今日は何なんだ」
椅子がゆっくり回る。
「時間ってさ」
「何だ」
「たまに混むよ」
「だから道路じゃない」
その時。
ドア。
カラン。
三雲が入ってくる。
スーツ姿。
首から青い紐のネームカード。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「ちょっと聞いていいですか」
「どうぞ」
「今何時ですか?」
少し考える。
壁を見る。
ショーケースを見る。
振り子時計を見る。
「……三時です」
椅子が軽く揺れる。
「だいたい」
腕時計を見る。
「あ、本当だ」
「腕時計あるじゃないですか」
「確認です」
「観測」
「やめろ」
店内を見回す。
壁の時計。
振り子時計。
ショーケース。
作業台。
全部、微妙に違う。
「確かにこれは……」
「自由時間」
「違う」
その時。
店の奥。
鳩時計。
ポッポー。
一瞬、静かになる。
「……三時ですね」
椅子がゆっくり回る。
「ほら」
「何が」
「今日、三時多い」
「意味が分からない」
しばらくして。
ふと視線が上がる。
店の壁の一番高いところ。
黒い丸時計。
古針時計店の**基準時計**。
三雲がそれを見る。
「……三時七分ですね」
沈黙。
椅子が少し揺れる。
「雄一」
「何だ」
「さっき三時って言ってた」
「……」
作業台の上の工具を整える。
「だいたいだ」
「見てない」
「忙しいんだ」
「時計屋」
「分かってる」
その時。
また鳩時計。
ポッポー。
椅子がゆっくり回る。
「だいたいそれ」
「雑すぎる」
カチ。
カチ。
カチ。
古針時計店の午後は、
だいたいこんな感じだ。




