表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町オールドクロック ― 白ジャージでだらけてる看板娘、時間を少しだけズラしてしまう時計店  作者: イシマ ヒロ
「人の時間」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/67

第五十一話 「今日はちょっとカチカチしてる」

 昼前。


 古針時計店。


 ガラス越しの光が床に伸びている。


 壁の時計。

 棚の時計。

 ショーケースの時計。

 振り子時計。


 カチ。

 カチ。

 カチ。


 店の中は、いつも通り時計の音で満ちていた。


 修理台で作業していた雄一が、ルーペを外す。


 店を見回す。


「……今日は多いな」


 オフィスチェアの上で、奏があぐらをかいて雑誌をめくっている。


「うん」


「カチカチしてる」


 雄一が言う。


「時計屋だぞ」


「うん」


「多くて当たり前だ」


 奏は雑誌から目だけ上げる。


「今日はちょっと、うるさい」


「時間が?」


「カチカチしてる」


「それはしてる」


「今日は多い」


「数は同じだ」


 奏は椅子をくるりと回す。


「外す?」


「何を」


「時間」


「具体的に言え」


「時計」


 雄一は止まる。


「店から?」


「うん」


「時計屋で?」


「今日はそういう日」


 雄一は壁の時計を見る。


 カチ。

 カチ。

 カチ。


 ……確かに今日はやけに耳に入る。


「売り物は戻せよ」


「戻す」


「絶対だぞ」


「たぶん」


「その返事やめろ」


 奏は脚立を持ってくる。


 店の壁際に立てる。


 危なっかしい姿勢で、ひょいと登る。


挿絵(By みてみん)


 白ジャージの袖は肘までまくってある。


 一段上がるたび、脚立が小さく鳴る。


 雄一が言う。


「ゆっくり行け」


 奏は上の壁掛け時計に手を伸ばす。


 白いローカットシューズのつま先で、脚立の段を軽く探る。


「取るよ?」


「落とすなよ」


「落とさない」


「その言い方が信用できない」


 奏は時計を外す。


 カチ。


 振り子が止まる。


 店の音が、少し減った。


 ---


 十分後。


 店の時計がかなり減っていた。


 壁掛けを外す。

 置き時計を箱へ。

 振り子時計を止める。


 音のするものだけ裏へ回した。


 結果。


 静かだった。


 いや。


 静かすぎた。


 外の商店街の音。

 遠くの車。

 冷蔵庫の駆動音。


 秒針の音がしない店は、少しだけ別の場所みたいだった。


 雄一が腕を組む。


「落ち着かないな」


 奏は店の真ん中を見る。


「うん」


「お前が言い出した」


「言い出した」


「責任取れ」


「今、静けさ担当」


「嫌な役職だな」


 奏は少し満足そうだった。


「広い」


「店は変わってない」


「音がないと広く見える」


 それは少し分かる。


 そのとき。


 ドアベル。


 商店街のおばさんが入ってくる。


「こんにちは」


「いらっしゃい」


「いらっしゃい」


 おばさんは店内を見回す。


「……あら?」


 嫌な予感。


「今日はすっきりしてるわね」


 雄一が言う。


「ちょっと整理してて」


 奏が言う。


「静音化」


「店で言う言葉か?」


 おばさんは笑う。


「電池交換お願い」


「はい」


 腕時計を受け取る。


 おばさんが何気なく聞く。


「今、何時?」


 沈黙。


 壁を見る。


 ……ない。


 棚を見る。


 ……ない。


 おばさんが笑う。


「時計屋なのに?」


 奏が言う。


「今日は」


 一拍。


「時間、ちょっと外してる」


「やめろ」


「面白いわね、ここ」


 ---


 しばらくして。


 奏が椅子から立ち上がる。


「昼」


「もうか」


「買ってくる」


「助かる」


 奏は白いローカットシューズを履く。


「唐揚げ」


「聞いてない」


「今決めた」


 ドアが閉まる。


 ---


 少しして。


 ドアが開く。


「ただいま」


 雄一が袋を見る。


「唐揚げか」


「正解」


 奏は袋を机に置く。


「買ってきた」


 袋を二つ出す。


「雄一はシャケ弁」


「俺決めてない」


「私セレクト」


「理由」


「安定」


「褒めてない」


 もう一つ出す。


「私は唐揚げ」


「六個入り」


「多いな」


「昼だから」


 二人で弁当を開ける。


 奏が言う。


「シャケ一個」


「早い」


「まだ何もしてない」


「する顔だった」


「シャケ一個くらい」


「ダメだ」


「ケチ」


「シャケ弁からシャケ取ったら何も残らないだろ」


 奏は弁当を見る。


「……ご飯」


「違う」


「海苔」


「違う」


「じゃあシャケ」


「だからダメだ」


 奏は唐揚げを一つ食べる。


 満足そうに頷く。


 それから店を見る。


「……やっぱ足りない」


「何が」


「時間」


「その言い方やめろ」


 ---


 ドアが開く。


 三雲だった。


「失礼します」


「いらっしゃい」


 三雲は店を見回す。


 一拍。


「……減ってますね」


「時計」


「見れば分かります」


「ちょっと外した」


「何を」


「時間」


 三雲が止まる。


「説明になっていません」


 奏が言う。


「今日は時間がうるさかった」


「時間は音量を持ちません」


「持ってる日もある」


「ありません」


 雄一が言う。


「今日は多かったんだ」


「何が」


「カチカチ」


 三雲は店を見回す。


「つまり」


「時計屋から時計を減らした」


「そう」


「理由」


 奏が言う。


「静音化」


 三雲が一拍止まる。


「家電ですか」


「店」


 三雲は腕時計を見る。


「十二時四十分です」


 奏が言う。


「ちょうどいい」


「何がです」


「昼」


「それは見れば分かります」


 雄一が言う。


「ちなみにさっき」


「はい」


「シャケ取ろうとしてた」


 三雲が言う。


「それはダメでしょう」


 奏が言う。


「ほら」


「なぜ私を味方にするんです」


 雄一が言う。


「シャケ弁からシャケ取ったら何も残らない」


 三雲は弁当を見る。


 真顔で言う。


「ご飯は残ります」


 奏が言う。


「ほら」


 雄一が言う。


「お前ら二人とも敵だろ」


 三雲が言う。


「私は中立です」


 奏が言う。


「でも便利」


 三雲が即答する。


「私は備品ではありません」


 ---


 夕方。


 時計はだいたい戻った。


 カチ。

 カチ。

 カチ。


 奏は椅子で雑誌をめくる。


「どう?」


「何が」


「時間」


 雄一は修理台の時計を見る。


「戻ったな」


 そのとき。


 店の奥から。


 鳩時計。


 ポッポー。


 三人がそちらを見る。


 奏が小さく言う。


「ほらね」


 雄一が言う。


「何が」


 奏は少し笑う。


「時間、機嫌直した」


 古針時計店は、今日もちゃんと時計屋だった。


 ただ少しだけ。


 今日は、ちょっとカチカチしていただけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ