第四十九話 「初めて時計を買う高校生」
午後。
古針時計店。
昼の光がガラス越しに店の床へ伸びている。
壁の時計。
ショーケースの時計。
振り子時計。
カチ。
カチ。
カチ。
雄一がショーケースの中を整えている。
店の奥。
修理場から持ってきたオフィスチェア。
奏。
白ジャージ。
袖は肘までまくってある。
椅子にだらっと座っている。
懐中時計。
パカっ
カチン
パカっ
カチン
ドアベル。
チリン。
男子高校生が入ってくる。
制服。
少し緊張している。
店内を見回す。
時計。
時計。
時計。
「いらっしゃいませ」
「あ、えっと……」
壁の時計を見る。
振り子。
ショーケース。
少し沈黙。
椅子から声。
「時計?」
「はい」
「腕時計ですか」
「はい」
「初めて?」
男子高校生が少し驚く。
「……分かります?」
「だいたい」
椅子から声。
「初回」
「ガチャじゃない」
男子高校生は少し笑う。
「ここ……ガチャ要素あるんですか」
「無い」
「でも初回はだいたい普通の引く」
「やめろ」
雄一はショーケースを開ける。
いくつか並べる。
「このあたりがよく出ます」
「当たり枠?」
「だからガチャじゃない」
男子高校生は一本ずつ見る。
黒い文字盤。
白い文字盤。
革ベルト。
金属ベルト。
少し長い沈黙。
椅子から声。
「デート?」
男子高校生が固まる。
「やめろ」
「……はい」
少し沈黙。
「バレるんですね」
「だいたい」
「時計買う高校生はだいたいデート」
「統計取るな」
男子高校生は時計を見る。
「遅刻したくなくて」
「遅刻はするよ」
「するな」
男子高校生は少し笑う。
「大人もします?」
「する」
「するな」
男子高校生は時計を一つ手に取る。
シンプルな腕時計。
ブルーの文字盤。
革ベルト。
「これ……」
「いいと思います」
「高くないですか」
「普通です」
椅子から声。
「時間は同じ」
「価格は違う」
男子高校生が笑う。
「深いですね」
「深くない」
男子高校生は腕に当ててみる。
「なんか……急に大人っぽい」
「腕時計はそういう装備」
「装備言うな」
男子高校生は少し悩む。
「……これにします」
「ありがとうございます」
レジ。
袋。
時計。
男子高校生はまだ少し緊張している。
椅子から声。
「今日?」
「え?」
「デート」
「……はい」
「余計なこと聞くな」
「重要」
男子高校生が少し笑う。
「重要なんですか」
「大人はそこを見る」
「見なくていい」
男子高校生は時計を腕に付ける。
秒針。
カチ。
カチ。
男子高校生は時計を見る。
「なんか……いいですね」
「慣れます」
椅子から声。
「少年」
男子高校生が顔を上げる。
「はい?」
「時間ってさ」
「言うな」
「追いかけると逃げるんだよ」
「言った」
男子高校生は少し笑う。
「お姉さん、いいこと言いますね」
少し沈黙。
奏の椅子がゆっくり回る。
奏は少し嬉しそうな顔をする。
口元だけ、ちょっと満足そう。
「お姉さん?」
雄一が言う。
「大して歳変わらないだろ」
男子高校生が少し慌てる。
「いや、なんかこう……」
奏は少し考える。
さっきより少し機嫌がいい。
「たぶん私の方がだらけてる」
「関係ない」
男子高校生は笑う。
「覚えておきます」
「覚えなくていい」
男子高校生は店を出る。
ドアベル。
チリン。
店の外。
商店街の午後。
男子高校生は時計を見る。
少し歩く。
また見る。
また歩く。
店の中。
雄一がショーケースを閉める。
「いい時計」
「普通だ」
奏はまだ少し機嫌がいい。
「初回」
「だからガチャじゃない」
振り子時計。
コツン。
コツン。
古針時計店の午後は静かだ。




