第四十七話 「時計屋の前に看板娘を置いたら、客が増えた」
朝。
古針時計店。
店の前。
シャッターはもう上がっている。
白ジャージ。
袖は肘までまくってある。
奏が店の前を掃いている。
ほうきで、商店街の細かい砂を静かに集めている。
掃き終わると、今度は店のガラスを拭く。
入口のガラス。
ショーウインドウ。
白い布で円を描くように拭く。
時計の並んだショーケースが、朝の光を反射する。
商店街の朝は、まだゆっくりだ。
パン屋がシャッターを開けている。
八百屋が箱を並べている。
通り過ぎる人が、奏を見る。
一人が振り返る。
また一人が振り返る。
白ジャージ。
時計店の前。
少しだけ、目立つ。
ガラスを拭き終えると、奏は小さく息を吐く。
店の脇から折りたたみ椅子を持ってくる。
ぱたん。
店の前に置く。
そこに座る。
その時。
店のドアが開く。
雄一が出てくる。
止まる。
椅子。
奏。
沈黙。
「……何してる」
「看板娘」
「急に何だ」
確かに最近、
商店街の人にそう言われていた。
「ああ……」
「確かに言われてるな」
「でしょ」
「だから座ってるのか」
「実践」
雄一は椅子を見て、奏を見て、店の看板を見る。
「時計店だぞ」
「知ってる」
「何の宣伝だ」
奏は通りを見る。
「人って、店の中より外を見る」
「だから椅子?」
「視線トラップ」
「雑だ」
「実験」
通行人の女子高生が小声で言う。
「あの人店員?」
もう一人。
「分かんない」
「ほら」
「興味」
「違う」
奏は立ち上がる。
通行人の男性に言う。
「時計いいよ」
「営業が雑すぎる」
「歩く速さが分かる」
男性は少し笑う。
「そうですか」
そのまま店に入る。
雄一は一瞬固まる。
奏を見る。
「……入ったぞ」
「ほら」
「偶然だ」
「宣伝」
店の中。
男性はショーケースを見ている。
雄一が対応する。
外。
奏はまた椅子に座る。
背もたれにだらっと寄りかかる。
その時。
横路地から猫が出てくる。
商店街の猫、ミケだ。
奏は手を差し出す。
ミケは当然のように近寄ってくる。
頭を撫でる。
喉を鳴らす音。
白い靴がゆっくり揺れる。
数分後。
また通行人が足を止める。
「何の店?」
「時計」
「知ってる」
「でもいい」
店の中から声。
「会話になってない」
時間が少し流れる。
昼前。
奏は椅子に座っている。
ミケは膝の上。
奏は商店街を見渡している。
ミケの背中をゆっくり撫でる。
通りの人が、また一人足を止める。
店の中。
雄一がレジを見る。
レシート。
数枚。
「……増えてる」
外を見る。
奏。
猫。
椅子。
沈黙。
「……」
「ほら」
「偶然だ」
夕方。
商店街の人通りが増える。
店の前で立ち止まる人も、少し増えている。
その時。
三雲しおりが商店街を歩いてくる。
店の前で止まる。
椅子。
猫。
奏。
「……何ですかこれは」
「事故です」
「宣伝」
三雲は少し通りを見る。
人の流れ。
店。
奏。
「なるほど」
バッグから小さいメモ帳を出す。
電柱にもたれる。
通行人を数え始める。
「何してる」
「観測です」
「遅いよ」
「もうやってましたか」
「朝から」
奏はポーズを変える。
あぐら。
腕組み。
ぼー。
ミケは椅子の下に移動する。
「反応が変わりますね」
「実験するな」
夜。
閉店。
店の中。
奏。
床であぐら。
懐中時計。
パカっ
カチン
パカっ
カチン
「外じゃないのか」
「今日は店内」
「看板娘じゃない」
「休み」
振り子時計。
コツン。
コツン。
店の奥。
鳩時計が小さく鳴く。
ポッポー。
ポッポー。
「閉店の合図」
「違う」
商店街の夜は静かだ。
古針時計店の看板娘は、
今日はもう閉店らしい。




