第四十四話 「通常営業が分からなくなった日」
朝。
古針時計店は静かだ。
銀基調の内装。
壁時計の規則正しい音。
落ち着きすぎた空気。
奏がカウンターに突っ伏している。
「あのね 雄一」
「なんだ?」
「ねえ雄一、最近この店の客層、経験値高すぎない?」
「事実だな」
「あと説明くさいの」
「誰がだ」
「全体的に」
「曖昧だな」
奏は横を向く。
「なんか三雲ちゃんも普通にいるし」
三雲がぴくっと反応する。
「どういう意味?」
「いや、なんかさ」
奏が手をひらひらさせる。
「もっとこう……非日常ポジじゃなかった?」
三雲が黙る。
一拍。
「……それ、私も思ってるの」
雄一が目を細める。
「何をだ」
三雲が静かに言う。
「私が毎朝ここに普通に立っていること自体、おかしいのよ」
奏がきょとんとする。
「え」
「本来なら、もっと距離がある立場なの」
「距離?」
「観測側と現場は、本来混ざらない」
奏が言う。
「でも毎日いる」
「いるわね」
「普通に会話してる」
「してるわね」
三雲が小さくため息をつく。
「慣れって怖いのよ」
雄一が言う。
「今さらだろ」
「だからこそよ」
三雲が腕を組む。
「普通にいること自体が、本来は違和感なの」
奏が真顔になる。
「じゃあ今日からたまに消える?」
「消えないで」
「即答」
奏が言う。
「私の挿絵も少ないの」
「知らん」
「回転読書は全く流行らないし」
「自業自得だ」
「ちょっと回るだけなのに」
「ちょっとが危ない」
奏が天井を見る。
「なんか最近、画面が渋い」
「画面と言うな」
「色味が落ち着きすぎ」
「時計屋だぞ」
奏が立ち上がる。
「動きが欲しい」
「嫌な予感しかしない」
ポケットに手を入れる。
懐中時計。
パカっ。
カチン。
雄一が低く言う。
「やめろ」
パカっ。
カチン。
三雲がすぐに反応する。
「理論上、店内の時計には反応しない」
「安定域だ」
「揺れない配置」
パカっ。
カチン。
奏がにやり。
「でも雰囲気は揺れる」
「雰囲気を揺らすな」
急に必死になってパカパカパカ。
三雲が叫ぶ。
「やめてぇ〜!」
「安全域をギャグに使わないでぇ〜!」
奏が止める。
カチン。
静寂。
三雲がしゃがみ込む。
「分かってるの……」
小さく言う。
「理論は通ってる。でも未知はゼロじゃない」
雄一が言う。
「おまえが言うと重い」
「重いのが仕事よ」
ドアベルが鳴る。
若い少年。
「あの、壁掛け時計でオススメないですか?」
三人、同時に振り向く。
奏、小声。
「若い人」
雄一、小声。
「偶然だ」
少年が続ける。
「部屋に時計ないと、時間なくなりそうで」
三雲が即座に言う。
「それは正常よ」
雄一が頷く。
「好きなら置けばいい」
白い壁掛け時計が一つ減る。
少年が帰る。
静寂。
奏がぽつり。
「三雲ちゃん、普通だったね」
三雲が言う。
「普通でいるのも、努力なのよ」
雄一が言う。
「努力の方向がおかしい」
奏はカウンターに座る。
足をぶらぶらさせる。
「私さ」
「なんだ」
「退屈なのが嫌らしい」
雄一が即答。
「知ってる」
三雲がため息をつく。
「だから世界を揺らすのやめて」
奏がにやりと笑う。
「ちょっとだけ」
時計は刻む。
普通にいる三雲。
普通にいる店。
でも。
少しだけ、揺れている。




