第四十三話「空気」
昼。
鉢王子駅前商店街。
朝の買い物客が引き、夕方の買い出しにはまだ早い。
商店街全体が、一度だけ呼吸を整える時間。
古針時計店。
白と木目の店内。
蛍光灯の光が静かに落ちている。
入口の横。
竹ぼうき。
開店前の掃き掃除は、朝に終わっている。
店内。
カウンター横。
ノートPC。
数字が並んだ帳簿画面。
白ジャージ。
あぐら。
「終わった」
「早いな」
「毎日そんな増減ないし。数字のテンポも大体おんなじ」
「仕事をリズムで説明するな」
ノートPCが閉じられる。
懐中時計。
パカっ。
カチン。
また開く。
パカっ。
「仕事しろ」
「した。帳簿も付けたし掃き掃除もしたし、いまは店番」
「店番の姿勢じゃないだろ」
「店番に姿勢あるの?」
「少なくともあぐらではない」
懐中時計。
パカっ。
「いま商店街吸ってる」
「吸ってない」
外から声。
「白ジャージ!」
店の外。
山田商店の山田。
「トマトいるか!」
「二個で」
「早いな」
「今日はパスタ」
「俺作るのかよ」
「あと玉ねぎ」
「増えた」
「甘み」
「ナス」
「さらに増えた」
「油吸う」
「ズッキーニ」
「どこから出た」
「水分」
「パプリカ」
「まだ増えるのか」
「色」
「きのこ」
「終わらんな」
「旨味」
「ほうれん草」
「なんでだ」
「緑」
「バジル」
「最後に急に本格」
沈黙。
「三雲ちゃんも食べるから」
沈黙。
「いるのか」
「います」
入口。
三雲しおり。
端末。
「朝からいます」
「知ってる」
山田が腕を組む。
「麺は?」
「パスタはある」
少し沈黙。
「……確かにあったな」
山田。
「あとで持ってく!」
山田は去る。
ドアベル。
チリン。
近所の主婦が入ってくる。
「こんにちはー」
白ジャージが手を振る。
「どうも。いま休符」
「なにそれ」
「商店街の呼吸。昼は一回静かになる」
主婦が笑う。
「今日もいるのね」
「だいたいいる。いないときはリビングでテレビ観てる」
「この子いると安心するのよ」
「どうしてですか?」
主婦が少し考える。
「看板娘でしょ」
沈黙。
懐中時計。
パカっ。
「違うと思う」
「違います」
「え?」
白ジャージが壁を指す。
「看板あそこ。私は展示」
「それは違う」
主婦が笑う。
「でも商店街で有名よ」
「有名?」
「商店街の会合でも何回か見た」
「なんで覚えてる」
「白ジャージ目立つのよ」
懐中時計。
カチン。
「思ってたより観測されてる」
「普通に見えてるだけだ」
主婦は帰る。
ドアベル。
チリン。
静かになる。
少しして。
ドアベル。
チリン。
山田。
「持ってきたぞ」
袋。
野菜。
ごろごろ。
ころころ。
「……」
「多いな」
「パスタ」
「俺作るのかよ」
三雲が野菜を見る。
「頂きます」
「まだ作ってない」
「予約です」
懐中時計。
パカっ。
「看板娘ではない」
「そうだな」
「看板でもない」
「そうだな」
少し考える。
「……」
「なんだ」
「空気」
「店のか」
「商店街の」
「でかいな」
懐中時計。
パカっ。
「今や日本の」
「広がったな」
白ジャージ。
口角が少し上がる。
ニヤっ。
懐中時計。
パカっ。
「いや世界の」
懐中時計を軽く前に突き出す。
「凸」
三雲が腕を掴む。
「やめてください」
「まだ世界しか言ってない」
「そこが危ないんです」
「宇宙は?」
「論外です」
白ジャージ。
くる。
くる。
「宇宙を目指す」
「何してる」
「回転読書」
「流行ってない」
懐中時計。
カチン。
沈黙。
外では、商店街の音がまた少し戻っている。
昼の呼吸が終わり、
人の流れがゆっくり動き始める。
白ジャージ。
あぐら。
懐中時計。
パカっ。
「空気」
「宇宙やめろ」
最近の古針時計店の昼は、だいたいこんな感じだ。




