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下町オールドクロック ― 白ジャージでだらけてる看板娘、時間を少しだけズラしてしまう時計店  作者: イシマ ヒロ
「人の時間」

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第四十二話 「五分だけ」

午後。


古針時計店。


春の光がガラス越しに店内へ入っている。


白というより銀に近い内装が、静かに光を返している。


店の奥。


白ジャージ。


奏がオフィスチェアにあぐらをかいている。


懐中時計を指で回している。


パカっ。


開く。


視線が一瞬だけ止まる。


「……ん?」


一拍。


カチン。


閉じる。


首をかしげる。


「なんか」


椅子を回す。


「今日」


「ちょっと前」


カウンターの奥。


雄一が腕時計を分解している。


「意味分からん」


店内には時計の音が重なっている。


コチ。


コチ。


コチ。


そのとき。


ドアベルが鳴った。


カラン。


「すみません」


入ってきたのは女性だった。


三十歳前後。


落ち着いた服装。


少しだけ緊張している顔。


手には小さな腕時計。


「時計、見てもらえますか」


「はい」


カウンターへ近づく。


女性は腕時計を差し出す。


古いレディース時計。


細い革バンド。


少し擦れている。


時計を受け取る。


「止まってますね」


「はい」


少し笑う。


「昨日まで動いてたんですけど」


裏蓋を見る。


「電池切れですね」


女性はほっとしたように息を吐く。


「良かった」


一拍。


「これ」


「母のなんです」


「形見ですか」


女性は首を振る。


「まだ元気です」


少し笑う。


「ただ」


「もう腕時計つけない人で」


沈黙。


女性は時計を見ている。


「昔は」


「ずっとつけてたんです」


「お仕事は」


「看護師です」


少し懐かしそうに笑う。


「夜勤ばっかりで」


「母」


「いつも時計」


「五分進めてたんです」


「どうしてですか」


「患者さんの時間」


「遅れないようにって」


沈黙。


工具を取り出す。


裏蓋を外す。


電池を取り出す。


新しい電池を入れる。


カチ。


秒針が動く。


コチ。


コチ。


コチ。


女性の表情が柔らかくなる。


「動いた」


「はい」


女性は時計を受け取る。


挿絵(By みてみん)


腕につける。


少し大きい。


女性は笑う。


「懐かしい」


沈黙。


「私」


少し照れる。


「昔」


「時計嫌いだったんです」


「どうしてですか」


「急かされる感じがして」


店の奥から声が飛ぶ。


「それ」


女性が振り向く。


「逆」


「え?」


椅子をくるっと回す。


「急かしてない」


「?」


「合わせてる」


一拍。


「誰かに」


女性は腕時計を見る。


秒針。


コチ。


コチ。


コチ。


女性は少し笑う。


「母ですね」


沈黙。


「私」


「今日」


「久しぶりに母に会うんです」


「そうなんですか」


「最近」


少し言葉を探す。


「なんとなく」


「距離あって」


「あるある」


「軽いな」


女性は笑う。


腕時計を見る。


「この時計」


「五分進んでるんです」


「え?」


「昔から」


「母」


「五分進める人で」


店の奥。


懐中時計が開く。


パカっ。


目が少し細くなる。


「……ん?」


「どうした」


「テンポ」


「は?」


「五分」


一拍。


女性を見る。


「速いのに」


少し首をかしげる。


「遅くない」


「?」


懐中時計を閉じる。


カチン。


「いいじゃん」


「え?」


指を一本立てる。


「五分」


一拍。


「勇気」


女性は少し驚く。


「五分あると」


「言える」


女性は時計を見る。


沈黙。


それから小さく笑う。


「そうですね」


腕時計を軽く押さえる。


「五分ありますね」


女性は深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


ドアへ向かう。


「大丈夫」


女性が振り向く。


「え?」


「五分ある」


女性は笑う。


ドアベル。


カラン。


女性は店の前で一度立ち止まる。


腕時計を見る。


秒針。


コチ。


コチ。


コチ。


女性は小さく息を吸う。


「……まだ」


一拍。


「五分ある」


スマートフォンを取り出す。


少し迷ってから、通話ボタンを押す。


「……もしもし」


一拍。


「今日、そっち行っていい?」


沈黙。


女性は少し笑う。


「うん」


腕時計を見る。


「五分あるから」


女性は歩き出す。


商店街の奥へ。


店内。


沈黙。


「さっきの懐中時計」


「何だった」


懐中時計を取り出す。


パカっ。


中を見る。


秒針。


静か。


カチン。


閉じる。


「戻った」


「何が」


椅子を回す。


一拍。


「五分」


「意味分からん」


「うん」


一拍。


女性が歩いていった商店街を見る。


「いいズレ」


「五分か」


「うん」


一拍。


「母のやつ」


沈黙。


椅子をくるっと回す。


「お腹すいた」


「急に軽くなるな」


「いい話のあと」


椅子を止める。


「甘いの」


「急に方向変わったな」


「ドーナツ」


「三時だからか」


「うん」


一拍。


「五分あるし」


「便利な言葉だな」


椅子がくるくる回る。


店の時計が重なる。


コチ。


コチ。


コチ。

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