第四十一話「 家の刻み」
午前。
古針時計店のガラスに、低い光が差し込む。
白というより、銀に近い反射。
掃き掃除を終えた奏が、店の中央で一瞬だけ止まる。
「今日は静か」
「まだ十時前だ」
雄一は作業台のクロスを張り直す。工具は一直線。油差しの向きも揃える。
扉のベルが鳴った。
入ってきたのは七十代後半ほどの男性。
両手で、木枠の古い壁掛け時計を抱えている。
「すみません。これを見ていただけますか」
カウンターにそっと置く。
「父の形見でね。昨日まで動いていたんですが、今朝止まってしまって」
少しだけ照れたように笑う。
「家の壁に掛け直して、毎日巻いているんです」
雄一はうなずく。
「機械式ですね」
奏が覗き込む。
「音、薄い」
「止まってるぞ」
「止まり方が」
説明はしない。
作業台。
裏板を外す。真鍮の地板。二連のゼンマイドラム。
歯車列を目で追う。ガンギ車、アンクル。
油は固着。振り子の振れ幅が足りない。
「ゼンマイは生きてる。潤滑が落ちてるな」
依頼主が静かに言う。
「父はね、毎朝これを巻いてから出ていた人で」
一拍。
「私も、なんとなく続けているだけです」
奏が小さく言う。
「家の真ん中」
男性はうなずく。
「音がないと、落ち着かない」
清掃。再注油。
振り子を戻す。
軽く押す。
コク。
止まる。
もう一度。
コク、コク。
まだ浅い。
そのとき。
奏がポケットに手を入れる。
指先で鎖を引き、懐中時計を取り出す。
パカっ
蓋を開く。
秒針が、ほんの一瞬だけ半拍遅れる。
空気がわずかに沈む。
雄一は気づかない。
依頼主も気づかない。
カチン
蓋を閉じる。
雄一が振り子を押す。
コク、コク、コク、コク。
今度は安定する。
「戻りました」
低い振り子音が店内に広がる。
男性は木枠に触れる。
「……戻った」
小さくうなずく。
「これで、また刻みます」
奏が静かに言う。
「止まらないね」
男性はうなずく。
「ええ」
扉が閉まる。
工具を片付けながら、雄一がぽつり。
「似てたな」
「何が」
「時間の作り方が」
奏は銀色の壁を見ている。
「大きいだけ」
一拍。
「……刻み方か」
奏は答えない。
ポケットの中の重さを、指先で確かめる。
外で商店街のシャッターが上がる。
時間は、何事もなかったように進んでいる。




