第四話「何事もなかった顔で一日が進む」
その日は、本当に何事もなかった。
朝、シャッターを上げると、
白いジャージの女は、もう中にいた。
「おはようございます」
雄一が言うと、
奏は椅子に座ったまま手を振る。
「おはよ。
今日、静かそう」
理由は言わない。
だが、今さら聞く気もしなかった。
午前中は、常連が二人。
一人は電波時計の電池交換。
もう一人は、目覚ましが鳴らないという相談。
どちらも、普通だ。
奏はカウンターの内側で、
椅子に座ったり、床に座ったり、
落ち着きなく位置を変えている。
「……店員みたいな顔で居座らないでください」
「居座ってはない。
配置されてるだけ」
「配置って」
「今日は、ここ」
言いながら、
奏は勝手に定位置を決めた。
昼前。
「……昼、どうします?」
雄一が聞く。
「弁当、買いに行きますけど」
「行く」
即答だった。
商店街の弁当屋で、
雄一は唐揚げ弁当。
奏は焼肉弁当。
店に戻るなり、
奏は雄一の唐揚げを一つ取る。
「ちょっ」
「一個」
二個目に手を伸ばすと、
奏が露骨にムッとした。
「それは違う」
「違うんですか」
代わりに雄一が焼肉を取ろうとすると、
今度ははっきり拒否された。
「それも違う」
「理不尽ですね」
「バランス」
何のバランスかは分からない。
午後も、特に何も起きなかった。
時計は止まらず、
客も普通で、
外の天気も変わらない。
夕方、奏はカウンターに突っ伏している。
「……帰らないんですか」
「今日は、ここ」
「昨日も言ってました」
「うん。
続いてる」
雄一は何も言わなかった。
閉店時間。
シャッターを下ろしながら、
ふと思う。
この光景を、
もう何日も見ているような気がする。
けれど、
確かめる理由もない。
奏はあくびを一つして、言った。
「大丈夫。
今日は、ほんとに何もない日」
その言い方だけが、
少しだけ気になった。




