第三十八話 「揺れ幅」
机の上。
時計はすべて伏せられている。
鳩時計だけが、何事もなかった顔で振り子を揺らしている。
三雲は端末を見つめている。
画面の波形は、細かく、しかし安定している。
「現在は安定域です」
「伏せとけば平気か」
「“いまは”です」
奏は箱を見つめる。
「どれが揺らしてるんだろ」
「推奨はしませんが、特定は必要です」
「推奨しないのにやるのか」
「分からない状態の方が、もっと推奨できません」
「じゃあ一個ずつ」
「軽いな」
「軽い。気持ちが」
「そのタグもうやめろ」
⸻
三雲が端末を構える。
「視認した瞬間に数値が跳ねます。跳ねたらすぐ伏せてください」
「はい」
「返事だけはいい」
箱を開ける。
一つ目。
“進まないけど気にするな”
一瞬だけ文字盤を見る。
空気がわずかに伸びる。
端末が小さく鳴る。
ピ。
「二秒」
「誤差だろ」
「誤差ではありません」
すぐ伏せる。
波形が戻る。
⸻
二つ目。
“音だけ元気”
見る。
ピピ。
「三秒」
「増えてるな」
「個体差があります」
「元気」
「それは違う」
⸻
三つ目。
“軽い。気持ちが”
見る。
ピピピ。
「七秒」
「軽くない」
「軽いのに」
「単体反応としては最大です」
⸻
四つ目。
“秒針だけ働く”
見る。
ピ。
「四秒」
「働き者だな」
「評価は不要です」
⸻
五つ目。
“遅れがち”
見る。
……反応なし。
「ゼロ秒」
「優秀だな」
「遅れがちです」
⸻
六つ目。
“早すぎる”
見る。
ピ。
「一秒」
「控えめだな」
「誤差範囲内です」
⸻
七つ目。
“止まりそうで止まらない”
見る。
ピ。
「二秒」
「粘るな」
「評価は不要です」
⸻
八つ目。
“重い”
見る。
……反応なし。
「ゼロ秒」
「軽くなったな」
「やめろ」
⸻
九つ目。
“戻らない”
見る。
ピ。
「二秒」
「戻ってる」
「戻っています」
⸻
十個目。
“静か”
見る。
……反応なし。
「ゼロ秒」
「優等生だな」
「沈黙しています」
⸻
最後。
古い腕時計。
“そろそろ持っておけ”
「何をだよ」
「主語がない」
「短くお願いします」
一瞬だけ文字盤を見る。
――何も起きない。
端末は静かなまま。
「……静かだな」
「変動なし」
「反応していません」
⸻
何となく、その腕時計を持ったまま
“軽い。気持ちが”の時計に近づける。
ピピピ。
波形が跳ねる。
「……十五秒」
「増えてるな」
「直前の揺れを増幅しています」
「磁石みたい」
「時間に磁石って何だ」
「距離と視認で変動幅が変わっています。離してください」
離す。
波形が戻る。
「七秒」
「戻った」
⸻
今度は腕時計の文字盤をしっかり見る。
一拍。
端末の数値が下がる。
「……三秒」
「減ってる」
「文字盤を意識している間、減衰しています」
「見てる」
「見てるだけで?」
「“意識”が条件です。視線だけではありません」
「集中?」
「その表現で問題ありません」
「じゃあ、さっきの三十分は」
一瞬だけ視線が落ちる。
「複数同時視認と、無意識増幅の可能性が高いです」
「見すぎた」
「見すぎるな」
「推奨しません」
⸻
端末を見ながら続ける。
「この腕時計は増幅源ではありません」
「じゃあ何だ」
「……揺れ幅を変えています」
「つまみか」
「ボリューム」
「表現は否定しません」
一拍。
「意識していれば減衰します」
「じゃあ、持つ」
「軽い決断だな」
「軽い。気持ちが」
「やめろ」
数値は安定域。
「現状、瀬尾さんが持つのが最も静かなようです」
「持っておけ、ってそういう意味か」
腕時計を裏向きのまま手に乗せる。
「見てる」
壁時計。
カチ。
揺れない。
鳩時計。
ポッポ。
正しい時刻。
「本格的な固定が必要です」
「改造か」
小さく頷く。
「そうですね……外部固定が必要です」
「固定?」
「……やるか」
壁時計。
カチ。
静か。




