第三十五話「 商店街の会議が二周半して猫が承認しました」
商店街会館。
長机。
折りたたみ椅子。
壁に「春の売出し会議」。
なぜか三雲も座っている。
雄一が横を見る。
「……なんでいる」
三雲は静かに答える。
「誘われました」
会長が満面の笑み。
「古針時計店さんは商店街の顔ですから!」
三雲。
「違います」
会長。
「またまたご謙遜を」
奏。
「称号、自動付与」
雄一。
「アップデートやめろ」
会長、マイクを握る。
「えー、本日は春の売出しに向けまして――」
奏の指先が机に触れる。
「えー、本日は春の売出しに向けまして――」
一瞬の沈黙。
雄一。
「……今戻ったか?」
会長が瞬きをする。
「……あれ?」
咳払い。
「えー、本日は春の売出しに向けまして――」
三回目。
少し声が弱い。
四回目。
「えー、本日は春の売出しに向けまして――」
額に汗。
奏は、わずかに口元を緩めている。
指先で机を、ほんの小さくなぞる。
「あと一周で自己ベスト」
小声。
雄一。
「記録競うな」
会場がざわつく。
会長。
「ちょ、ちょっと待ってください……」
三雲、静かに立つ。
「瀬戸さん」
やわらかいが明確。
奏は三雲を見る。
ほんの一瞬だけ、楽しそうに目を細める。
「はい」
指を離す。
空気が整う。
会長、深呼吸。
「……では街灯の件から参ります」
奏、小さく。
「畳まれた」
雄一。
「畳ませただろ」
⸻
八百屋・山田。
「商店街の街灯が白過ぎる。夜になると野菜が青白く見えるんだよ。」
奏。
「白はいい」
「売れない」
奏。
「白は余白。今ちょっとフラット。影が欲しい」
三雲は配布レジュメに鉛筆で書き込む。
《角度調整で印象変化》
整った字。
「照度は基準内です。角度を数度下げるのが妥当かと」
そのとき。
引き戸がすっと開く。
大きめの三毛猫。
ミケ。
堂々と入室。
奏。
「来賓」
雄一。
「……そう来るか」
ミケは迷わず机に飛び乗る。
「うぉっ!デカっ!」
三雲の前で寝そべる。
そして今書いたばかりの
《角度調整で印象変化》
の上を、ゆっくり歩く。
ぺた。
ぺた。
沈黙。
奏。
「承認印」
会長。
「縁起がいい!」
三雲、視線を落とす。
「……鉛筆です」
ミケが三雲の手元にすり寄る。
ほんの一瞬。
三雲の指先が、無意識に背を撫でる。
止まる。
本人は気づかないまま続ける。
「試験的に運用し、効果を確認します」
奏、にやり。
「似合う」
「何がですか」
「三雲ちゃんとミケ」
わずかに耳が赤い。
「関係ありません」
ミケは余白部分で丸くなり、
やがて静かに机を降りて去る。
会長。
「では街灯は角度調整で」
肉球付きで可決。
⸻
次の議題は「大売出しポスター案」
奏、ホワイトボードに。
《白多め》
「余白がないと安売り感。白は信用」
三雲、レジュメに追記。
《情報量削減》
山田。
「ミケ載せよう」
奏。
「足跡そのまま使う?」
会長。
「それだ!」
三雲。
「小さくなら」
即。
締め
会長。
「では最後に。えー、本日は――」
奏の指が、また机に触れる。
「えー、本日は――」
会長、ぎょっとする。
「や、やめましょう!」
自分で止める。
会場、笑う。
三雲、小さく息をつく。
「本日はありがとうございました」
拍手。
商店街らしい、控えめな拍手。
奏。
「今回は二周半」
雄一。
「数えるな」
⸻
そして有志による打ち上げ
商店街の居酒屋。
会長。
「今日は少し時間が巻きましたな!」
奏。
「春だから」
三雲、二杯で赤い。
「私は古針時計店ではありません」
雄一。
「今日十三回目だ」
一拍。
三雲、小さく。
「……商店街は、嫌いではありません」
三杯目。
机に頬をつける。
終了。
店を出る。
三雲は一瞬立ち止まる。
無意識に指先を見る。
小さな毛が一本、ついている。
「……」
何も言わず、そっと払う。
ほんの少しだけ、頬が赤い。
外。
商店街の街灯。
白い光が、ほんの少し落ち着いている。
アーケードの下。
ミケが影の境界に座っている。
会長が最後に言う。
「えー、今日は春の売出しに向けまして――」
その瞬間。
街灯が、ほんのわずかに遅れて明滅する。
半拍。
雄一がゆっくり奏を見る。
奏は一度、静かに息を吐く。
それから、目だけで笑う。
遠くで、ミケが一度だけ鳴く。




