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下町オールドクロック ― 白ジャージのだらけ看板娘・奏と、少しだけ時間が巻き戻る時計店  作者: イシマ ヒロ
「奏という日常」

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第三十四話「鏡に映ったあなたと二人」  

 朝。洗面所。


「……」


 雄一、沈黙。

 鏡の中。


 丸い。


 顔も腹も、全体的に丸い。


「……太ってる」


 横。

 白ジャージが限界まで主張している。

 奏も、丸い。


 銀髪。青い目。

 だが今日はフォルムが凄い。


挿絵(By みてみん)


 二人、同時に腹を触る。


 むに。


 ぷに。


 沈黙。


「俺も太ってるじゃないか!」


「うん」


「即答するな」


 奏、腹をぽん。


 ぶるん。


 鏡の中でワンテンポ遅れて、


 ぶるん。


「ねえ」


「何だ」


「今日、重力ちょっと強め設定じゃない?」


「設定にするな」


「昨日と今日のあいだ、圧縮された感じ」


「唐揚げだな」


 一拍。


 奏、視線を逸らさず。


「焼肉かもしれない」


「俺の弁当だ」


「共有財産」


「違う」


 ジッパーを握る。


「いくよ」


「やめとけ」


 ギチ。


 止まる。


 奏、深呼吸。


 全力。


 ギリギリギリ。


 バチバチ……


 ジッパーの取っ手が腹の頂点で止まり、腹の下から開いてしまう。


挿絵(By みてみん)


 沈黙。


 奏、取っ手を拾う。


「……耐久値」


「ゲームにするな」


 雄一も上げる。


 ギチ。


 止まる。


 奏、にやり。


「同志」


「巻き込むな」


 二人、鏡を見る。


 丸い。


 並ぶ。


 腹同士、軽く接触。


 ぽよん。


「反発係数ゼロ」


「物理で遊ぶな」


 その瞬間。


 奏が両手を広げる。


 照明は普通の蛍光灯だが、

 本人だけライブ会場。


「♪ 鏡に映った あなたと二人〜」


 雄一、即座に。


「歌うな」


 奏、止まらない。


「♪ 情けないようで たくましくもある〜」


「たくましくはない」


「♪ そんな私もいる〜」


「いるな」


 奏、鏡に顔を近づける。


「♪ 体重計より 正直なビジュアル〜」


「オリジナル入れるな」


 床がミシッと鳴る。


 鏡の中の二人が、わずかに膨らむ。


 ぶるん。


 ワンテンポ遅れて、


 ぶるん。


 奏、小声。


「時間、太ってる」


「腹がな」


 さらに膨張。


 白ジャージが悲鳴を上げる。


 雄一、叫ぶ。


「STOP THE ZIPPER!」


 奏、かぶせる。


「STOP THE 焼肉!」


 鏡が歪む。


 二人の丸さが極まる。


 奏、最後に高らかに。


「♪ 鏡に映った あなたと二人〜!」


 暗転。


 ――


 目が覚める。


 天井。


 朝。


 雄一、腹を触る。


 普通。


 洗面所へ。


 奏がいる。


 いつもの白ジャージ。


 いつもの体型。


挿絵(By みてみん)


 銀髪にドライヤーを眠そうに当てている。


 奏が鏡越しに、わずかに口を開く。


「♪ 鏡に――」


「歌うな」


 奏、少しだけ笑う。


「……昨日、何食べたっけ」


「唐揚げ」


「焼肉」


 一拍。


 奏。


「共有財産」


 雄一は思った。


 やめとこう。

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