第三十三話「準速という優しさ」
俺たちは商店街を通って鉢王子駅に行く。
柱時計のゼンマイを受け取りに、秋歯原まで行くためだ。
「都心ってさ、ちょっと速いよね」
「電車は同じだ」
「空気が」
意味が分からない。
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中央線は定刻で来る。
ドアが開く。
乗る人、降りる人。
一瞬だけぶつかる。
肩が触れ、鞄が当たり、足が止まる。
だが次の瞬間、
流れはすっと整列する。
きれいに、揃う。
「ほら」
奏が言う。
「何が」
「ちゃんと戻る」
「人間だ」
「歯車みたい」
やめろ。やっただろ。
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御差ノ水駅乗り換え。
空気が少し変わる。
揺れが一瞬、薄くなる。
「今、0.2秒軽い」
「気のせいだ」
「うん、たぶん」
たぶんじゃない顔をするな。
乗り換え案内板。
総歯線 秋歯原方面
「歯が多い」
「元から多い」
「街の話」
分からない。
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秋歯原。
駅名標がやけに精密。
改札でも人がぶつかる。
一瞬乱れ、
すぐ整う。
列が完璧に揃う。
揃いすぎる。
「今日、噛み合いすぎ」
「整ってるだけだ」
「強い」
何がだ。
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ゼンマイ受け取り完了。
帰りの総歯線。
ドアが開く。
今度はぶつかり方が強い。
列が揃わない。
足並みが半拍ずれる。
「多いね」
「何が」
「ズレ」
発車ベルが早い。
アナウンスが遅い。
揺れが二重。
奏が目を細める。
「整える?」
「聞く前に触るな」
空気が、少し静かになる。
すぐまた崩れる。
また整える。
また。
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国分時を過ぎる。
表示が一瞬消える。
戻る。
また消える。
今度は半拍遅れて戻る。
奏が小さく息を吐く。
「名前は良いのにね」
「何が」
「国分時」
「駅だぞ」
「国の分と時間だよ」
また表示が揺れる。
「なんか、ちゃんとしてそうじゃん」
「してないのか」
「今日はちょっと散ってる」
また整える。
車内が一瞬だけ静かになる。
すぐにまたズレる。
「もったいない」
「駅に期待するな」
「期待じゃないよ」
目を細める。
「惜しいだけ」
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鉢王子に着く。
ドアが開く。
一瞬ぶつかる。
すぐ整う。
自然に。
「やっと丸い」
「丸いって何だ」
「無理してない」
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店に戻る。
秒針は、いつもの音。
カチ、カチ、カチ。
奏は椅子に腰かけ、袖を少しまくる。
「触りすぎだろ」
「うん」
目を閉じる。
呼吸が秒針と揃う。
「ちょっとだけ充電」
「何をだ」
「準速」
「充電に速度あるのか」
「急がないやつ」
数秒。
目を開ける。
「もう平気」
「早いな」
「準速だから」
またそれか。
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時計は回る。
街も回る。
今日は少しだけ、触りすぎたようだ。




