第三十二話「ファイナル・カウントダウン 半拍遅延」
昼。
雄一は唐揚げ弁当を開けた。
一個目。
カリッ。
二個目。
カリッ。
三個目。
カリッ。
――ズキン。
「……っ」
箸が止まる。
向かいで焼肉弁当を抱える奏が顔を上げる。
「どうしたの」
「……歯」
「唐揚げ?」
「たぶん」
四個目。
カリッ。
――ズキィッ。
「歯っ痛ぁっ!」
弁当を閉じる。
「三個目だね」
「実況するな!」
雄一は白米だけを恐る恐る食べた。
奏は焼肉を守った。唐揚げは1つ取られた。
午後。
作業台。
ドライバーを回す。
――ズキッ。
締め切る。
一拍。
ズキィッ。
「……なんだか遅れてくるな〜」
「半拍遅延させてる」
「させるな!」
「唐揚げ直後が残ってるから」
「残すな」
「全力で遅延させようか?」
「やめろ」
「今は半拍。三日くらいまで伸ばせる」
「伸ばすな」
「大抵 夜にまとめて来る」
「時限爆弾だろ」
「献立前なら安全」
「安全じゃない」
奏は腕を組む。
「虫歯起点で献立が優しくなるのは嫌」
「そこかよ」
「蒸し野菜とかになる」
「なるだろ」
「煮物中心になる」
「歯が痛いんだぞ」
「文明レベル落ちる」
「俺の奥歯で文明語るな」
――ズキィッ。
「うわぁ……」
雄一はスマホを取り出す。
「歯医者行く」
「待って」
「待たない」
「理論上いける」
「嫌な始まり方だな」
「痛みだけ未来に送る」
「送るな」
雄一は睨む。
「なあ」
「なに」
「おまえ、本当は虫歯あるんじゃないか?
そうやって痛みとか消してるんじゃないか?」
奏が一度だけ瞬きをする。
「ない」
「即答だな」
「ない」
「微妙に消してるとか」
「やらない」
「なんで」
奏は少しだけ面倒そうに言う。
「細かいコントロール、すごく面倒」
「面倒?」
「半拍とか一拍とか、そのくらいは遊べるけど、
“痛みを一点だけ静かに消す”とか、
そういう精密なのは疲れる」
「やってるだろ今」
「これは”遊び”」
「やめて」
「うん。
だから根本治療のほうが早い 虫歯だけは治らない」
「正論だな」
「揚げ物が食べられないのは困る」
「基準そこか」
「私、虫歯はない」
「冷たい水飲め」
「いいよ」
ごく、と飲む。
平然。
「平気」
「……ほんとに無いのか」
「ない」
断言。
揺れない。
――ズキッ。
「くそ……」
雄一は予約ボタンを押す。
「行く」
「行こ」
「観測するなよ」
「観測はする」
「するな」
「痛くないから冷静」
「腹立つ」
奏は静かに言う。
「虫歯はない。でも」
「何だ」
「虫歯のせいで唐揚げ消えるのは嫌」
「そこ固定だな」
「強い献立、維持」
「まず治す」
鳩時計が、ポッと鳴く。
世界は整っている。
整っていないのは、
雄一の奥歯だけだった。
「もう……全力遅延、ほんとにやる?」
「やらなくていい!」
――一拍。
ズキィッ。
「文明痛い……」
虫歯だけは、時間操作ではどうにもならない。




